第一部前編 百十五話 アスターとみんな③のあと(バルバソフ視点)
(バルバソフ)
バルバソフはエリザの無事を確認した後、館の北側へ向かっていた。外周壁と内周壁の間にいたシャドウズという魔物はもういない。
本体が忙しいため、使い魔は引っ込めているのかもしれない。いよいよ戦が始まったようだから。
冷たい黒曜石の城壁に体をくっつけると、規則的な振動音が伝わってきた。
『なんか変な感じだぜ。心臓が拍動してるみてえだ』
シャドウズに切られた傷は浅く、血はもうカラカラに乾いている。気温はそんなに高くないのに、緊張のため汗は止まらなかった。
『エリザは無事王女に会えただろうか……顔に傷が残らなねえといいが……』
エリザと別れてしばらくしてから火の玉が飛んで来た。戦いはもう始まっている。
仲間の事が心配だった。その場に居れないジレンマがバルバソフを苛立たせていた。
さっき王女達と別れた扉を通ると、フッと息を吐く。
ここでミリヤにキスをされた。
『本当に可愛い女だぜ』
つい、ニヤケ顔になってしまう。
まさかのサプライズに気持ち良くなり、やる気は上がっていた。
郭内に入ればすぐそれに気付いた。館の北側の壁に石煉瓦で作られた小屋のような建物が見える。
『まさか、あれか?』
ゴミ用の焼却炉と言っていたが……大き過ぎる。だが、近付くにつれて疑念は確信へ変わっていった。
石煉瓦を積んで作られた「それ」には大きな煙突があった。炉の口はとても広く、人一人は簡単に入れる。中を覗いてみると、灰に交じり白い物が見え隠れしていた。
『骨だ』
灰の山に埋もれている肋骨や手の指骨は、明らかに動物でなく人間のものだ。
『どこがゴミ用だ? 死体焼き場じゃねえか……』
焼却炉近くの地面に鋳鉄でできた扉があった。錠は外されてある。欠けた月の周りを花と葉が囲んでいる絵。扉に描かれた模様はどこかで見たような気がした。
扉は思ったより分厚く重かった。
ズズズズズッ……
こすれる音と共に動かすと、
「アナン様!!」
石階段にアキラが立っていた。突然差し込む光に耐えきれず、手の甲で目を覆っている。
イザベラは錠を開けたと言っていたから、逃げる途中だったのだろう。
「……バルバソフか」
「よくご無事で」
「お前も……」
再会を喜んでいる余裕は二人にはなかった。
目を明るさに慣らす時間もない。
眩しそうに目をしばたたくアキラとバルバソフは並んで歩き始めた。
「今、アスターの指揮のもと丘の下で戦っています。王女と王子はエリザ、ホスローと気球で逃げたはずです」
「……そうか。牢の錠を外してくれたのは誰だろう?」
「イザベラという人質の娘です。イアン・ローズに協力していたのがこちらへ寝返りました」
「カレン達は無事皆の所にたどり着けたのか?」
「はい。瘴気を吸ったためにベフナムとバーバクは高熱を出して臥せってます。あとアラムが死にました」
アキラは一瞬眉をしかめ、無言で歩き続けた。バルバソフはアキラの心情を察知し黙り込む。
アラムは一番最初の襲撃で死んだ。
気球が墜落し、黒獅子に襲われる中で……
きっと死人はもっと出ている。アラムは頼りになるいい奴だったが、いちいち悲しんでいられない。
バルバソフは黒曜石でできた館の外壁に手をついてすぐに離した。
邪悪だ。
この城全体が……城壁に囲まれたこの空間全てが化け物の腹の中みたいに邪悪だった。
二人は北側の壁を左に曲がって館の裏側を歩いた。幸いにも辺りは無気味なほど静かで、人気もなければ化物の気配もない。
※見にくい場合、みてみんで画像拡大してください。
「この建物は正面以外に出入口はなさそうですね」
「ああ……」
「イザベラの話ではイアンは魔物を連れることはなく、クリープだけ連れるか、単独行動が多いようです」
「クリープ?」
「イアンの家来です。大した男じゃねえっすよ。印象の薄い優男で名前さえもない浮浪者です」
「魔物を操っているのはイアンではないのか?」
「違うとは聞いてますがね。イザベラからは聞き出せませんでした。イアンはユゼフの話だと普通の人間みてえだから、他の何者かの力を借りていると思われます」
アキラは立ち止まって考えている。
何も考えないで取り合えず館の周りを調べながら歩いたが、皆の元に戻るべきか、このままイアンを探して捕らえるべきか、決めなければいけない。
「あ! もしかしてあれか?」
バルバソフはある物を見つけて急に走り出した。黒い壁が途中からステンドグラスに変わっている。
「確か、ケルビムの車輪の下に……」
神々しいメシアの姿を描いたステンドグラスの下をバルバソフは注意深く触って調べた。
濃い青色のガラスが一枚、嫌な摩擦音とともに外れる。
「ユゼフから聞いたんです。ここからイザベラが忍び込んだと。ここは玉座の間と繋がってます」
それは人が一人、やっと潜り抜けられるぐらいの通り道だった。そのぽっかり空いた穴に頭を突っ込み、バルバソフは中を確認する。
「今は誰もいません。どうします?」
アキラは頷いた。
「だがバルバソフ、お前は通れるかな?」
アキラは何とか通れるだろうが、体格のいいバルバソフにその穴は狭かった。
「そんなに厚いガラスではないから、中に入って割る物を探そうか?」
「そうですね。待ってます」




