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第一部前編 百十一話 明日を勝ち取れ(ユゼフ視点)

(ユゼフ)


「来るぞ!」

 


 アスターの叫ぶ声が聞こえた。

 角笛の音が空気を切り裂く。

 今度は陸地からの攻撃だ。


 湖に面したオレンジ色の屋根の家。

 その屋根でアスターと見張りの三人は、城の様子を(うかが)っていた。



「おい! ビビってる奴はいないか? もしいたら、化け物の代わりにこの私が叩き斬ってやるからな!」

 


 アスターは地上で待機している先鋒隊に怒鳴っているようだ。

 ユゼフがラセルタとレーベを連れて到着すると、丁度アスター達が屋根から飛び降りる所だった。


 アスターはユゼフ達の姿を確認し、にんまり笑う。



「間にあったな」

 


 城へと続く丘の下ではジャメルを中心にアスターとユゼフの合同隊が隊列を組んでいる。

 アスターの隊のジャメルは黒髪に耳の尖った亜人だ。


 機転が利くからなのか、剣の腕が立つからなのかは分からないが、アスターはジャメルを大層気に入っていた。

 

 正面から彼らを迎え打つのはたったの二十五人。


 先鋒はジャメル、シリン、キュロス、ザール、サム、ミラード、アルシア、ダーラ、ファロフ、ラセルタ、レーベ、アスター、そしてユゼフ。


 先頭にジャメル、アスター、ユゼフが立ち、その後ろで二列に並んだ。レーベは一番後ろに控えている。

 

 皆、装備はいい加減だ。


 胴鎧だけの者、甲冑を着てはいても、兜と胴鎧が揃いではなかったり、ほとんど普段着の者もいる。ユゼフは下に鎖帷子(くさりかたびら)を着ているだけで、ラセルタとダーラに至っては素肌にベストを着ているだけだった。


 ユゼフは皆の顔を見回した。

 

 多分自分もそうだろうが、皆緊張で顔を強張(こわば)らせている。

 アスターだけが嬉々とした表情で近くにいたアルシアに声をかけた。



「おいアルシア、何頭くらいだっけ?」


「二百頭はいたと思う」


「化け物二百頭にこれから二十人程度で挑もうって訳だ」

 

 アスターはフフッと笑った。


「アスター、こんな時に笑ってられるのはあんただけだぜ」


 ジャメルが忌々しそうに言ってから、皆に向かって声を張り上げた。

 

「お前ら! 今まで何人殺した?」



 突然の問いかけにすぐに答える者はいない。

 

 少し間を置いてから、


「三十人くらいか……」

 

 ザールが最初に答えると次々に皆答え始めた。


「二十人」


「五十人」


「四十五人。これは斬っただけの数だ」


「百人!」

 

 ラセルタが叫ぶと、ジャメルが怒鳴った。


「嘘つけ!」



 皆、声を立てて笑った。

 笑い声が収まると、ジャメルは再び口を開いた。



「こんだけ殺して、でも……俺達はまだ、生きてる」


「……まだ、生きてる」

 


 狐耳のダーラが繰り返すと、隣にいたファロフも同じように繰り返し、それは全員に伝染していった。



「まだ生きている」


「まだ……生きてる」


「まだ生きてる!」


「俺達は盗賊だ! 殺しのプロだ。敵が化け物だろうが、人間だろうが関係ねえ。目の前にいる敵は斬り倒す!」



 ジャメルが大声を張り上げると、皆は(とき)の声を上げた。


 先ほどまで、場を支配していた緊張がいつの間にか解けている。

 ユゼフも緊張から解放され、心地よい昂揚感に包まれていた。



 ―――戦いとはこういうものなのか



 この短いやり取りは、計算してではなく本能的にとった行動なのかもしれない。

 それでも皆の緊張を和らげるには絶大な効果を上げている。

 

 ユゼフは頭の下がる思いでジャメルを見た。

 

 ……と、アスターがジャメルに巨大な体をぶつけた。



「おい、ジャメル、今のは私が仕切るところだろうが!」


「いいだろ? いつも美味しい所を持ってくのはアンタなんだから……」

 

 ジャメルはよろめきながら言った。


「アスター、いつでもアンタの思い通りになると思ったら大間違いだ。世界はアンタの為に回っていない。世界は皆のものだ」



 アスターはチッと舌打ちすると、大剣を抜いた。

 

 それが合図だった。

 皆が一斉に剣を抜き、アスターは大剣を顔の前に立てる。



「ラヴァーよ。血をすすれ!」

 


 刃に口づけしてから構えた。


 黒獅子の大群が土埃を上げながら、丘を下ってくるのが見える。



『いよいよだ……』

 


 ユゼフは目を閉じた。

 アスターのよく通る声が耳元に響いてくる。



「今までお前らは恵まれていなかった。家族に先立たれ、捨てられ……世間からも爪弾きにされ……だが、それは今日で終わりだ」

 


 すぐ近くまで獣が迫って来たのをユゼフは感じた。

 きっと、ここにいる全員は……助からないだろう……



「運命を我が物にしろ!! 明日を勝ち取れ!」

 


 アスターの怒鳴り声が響き、ユゼフは目を開けた。


 黒獅子の大群は丘を降りきる直前で止まり、一斉に口を開けている。

 

 ユゼフ達はその様子を睨みつけ、剣を構えた。


 口を開けた状態のまま、獅子達はしばらく止まっていた。炎を飛ばすには「溜め」が必要だからだ。

 


 三列目に獣達の大将である黒獅子天子はいる。馬ではなく、巨大な赤毛の狼に乗って周りより高い位置からユゼフを見ていた。

 

 ユゼフと目が合った黒獅子天子は顔を空に向け、村の端まで届くほどの咆哮を轟かせた。

 それを皮切りに獅子の口から次々と火の玉が飛び出す。


 ヒュンと風を切り、こちらへ向かって来る火の玉を見てもたじろぐ者は誰一人としていない。


 飛んでくる火の玉が目前に迫っても、ユゼフ達は体勢を崩さず、前を睨みつけたまま動かなかった。



「アスピダ!」



 背後からレーベの呪文を唱える声が聞こえ、薄い緑色を塗ったように視界の色が変わる。


 瞬間、火の玉は眼前で弾き飛ばされた。数個城の方まで飛んで行ったが、ほとんどは丘の傾斜にぶつかり燃え上がる。


 アスピダは緑色の透き通った防護壁を出現させる魔術である。

 

 この魔法の盾は邪気を含む攻撃は跳ね返せても、魔物の肉体は簡単に通してしまう。火の玉が出せなくなると、黒獅子達は一斉に攻めかかって来た。


 火の玉は飛ばすのに「溜め」が必要だから接近戦では使えない。最初の攻撃を防いでから接近戦に持ち込めばいいというのはレーベの案だ。



「主よ、我に精霊の力を授けたまえ! 闇を断ち切り、邪悪な者を蹴散らす力を!」

 


 後ろでレーベの呪文を叫ぶ声が聞こえる。

 

 この地がそうさせるのか、黒獅子天子の咆哮を耳にしたせいなのか……獣達を目前にするとユゼフは身体中の血が沸き立つような感覚に襲われた。


 怒りなのか、憎しみなのか、闘争本能なのか、それともその全部なのか。



「ヒュドル!!」



 レーベの呪文が響き渡り、皆の剣は聖なる水をまとう。

 

 刹那、ユゼフは獣のような猛り声を上げた。


 先程の黒獅子天子より大きく、地を震わせ、天を衝くほどの咆哮を……

 

 黒獅子達は赤い獣に乗った天子を除いて、伏せて頭を垂れた。

 盗賊達はそのまま群れに突っ込み、獅子達に斬りかかった。

 

 ユゼフの咆哮に恐れをなしている所、不意打ちを食らわしたため、一気に何頭もの獣の首が

飛ぶ。

 

 更に民家の影に身を潜めていた、カレンとビジャンの隊が横から突撃すると、獣達は湖の方へ追いやられて行った。


 猛り声を上げた後、自分に対して平伏している黒獅子達には目もくれず、ユゼフは真っ先に黒獅子天子の所へ向かった。


 向かう途中、アスターの怒鳴り声が耳に入る。



「くそっ! 耳がおかしいぞ。ユゼフの奴め」




 ユゼフの咆哮は打ち合わせにはない行動だった。自分でも何であんな行動を取ったのか、よく分からない。

 

 だが、気にしている余裕はなかった。

 

 ユゼフは黒獅子の群れを一気に走り抜けた。

 黒獅子天子の元にたどり着くなり、天子が乗っている大狼の心臓へ狙いを定める。瞬時に刃は心臓を貫いた。

 

 赤い獣は最後の叫びを上げながら崩れた。

 抜く時に飛び散る血は一瞬だ。


 獣からは落ちず、黒獅子天子はコウモリの翼を広げる。

 飛びながら腰に吊るした剣を抜き、上から斬りかかって来た。

 

 それをユゼフは鋼鉄のバスタードソードで受ける。金属同士がぶつかり合う衝撃音は手に振動として伝わった。



 ―――ビリビリくる



 黒獅子天子の剣は真っ黒だが光沢があり、よく見ると黒い城と同じ黒曜石で出来ていた。

 

 重く、勢いのある剣は足を地面に沈みこませるほどだ。



「王の肉叢(ししわら)よ、大人しく我について来るがよい。御身にはなるべく傷を付けたくないのだ」



 黒獅子天子は鍔迫(つばぜ)り合いの状態から一瞬、すうっと後ろに飛んで下がった。ユゼフが起き上がる間もなく、また黒い剣を加速させ叩きつけてくる。

 

 !!??


 キィーンでもカァァーーンでもない。

 金属の発する高音が瞬時、違う音に変わった……何かが崩れる音……明らかに先程の衝撃音とは違う。

 

 ユゼフの剣は真ん中でポッキリと折れた。

 最初の一撃で亀裂が入っていたのだろう。いとも簡単に折れてしまった。

 

 黒獅子天子の胴を蹴りつけ、ユゼフはゴロリと転がる。次の攻撃から逃れようとした。

 

 だが、起き上がった所で後ろからガッチリ抱き抱えられた。気付くと身体は空中に浮かんでいる。



「離せ!!」



 足をばたつかせても、ガッチリと固定された両脇はピクリとも動かせない。

 地面は足下からどんどん遠退き、やがて戦場が全て見渡せる所まで来た。

 

 仲間達は打ち合わせ通り、黒獅子の群れを湖近くまで追いやっている。後はユゼフが合図さえすれば片がつくのだ。


 彼らは知らない。

 頼みの綱であるユゼフが上空にいることを。


 獣に腕を噛みつかれている者、飛びかかられた状態から剣を相手の喉元に突き刺している者……あれはラセルタだ。


 肩を噛みつかれ、身体ごと振り回されている者がいる……あれは、アルシア……早く戻らねば、皆の元に、早く……


 その時、アルシアに食らい付いている黒獅子に背中から剣を突き刺した男の姿が見えた。

 血にまみれた巨体はまるで鬼神のようだが、それはアスターに間違いなかった。



「アスターさん!!」

 


 ユゼフは上空から声を振り絞った。

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