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第一部前編百話「アキラの部隊」の前後②(アキラ視点)

(アキラ)


 室内が松明の明かりで満たされ、眠っていたアキラは瞼を開けた。

 

 光が目を刺す。

 鋭い痛みに耐えられず、再び瞼を閉じた。 

 

 今度はゆっくりと、開ける。

 

 足が見える。

 誰かが鉄格子の向こうに立っていた。アキラは恐る恐る顔を上げた。



『赤毛!? イアン・ローズ!?』

 


 目の前にいるのは背の高い、見るからに貴公子といった風体の男だ。冷たい表情でこちらを見下ろしている。



『ユゼフから聞いていたイメージとは違う』

 


 イアンはダモンに似ていると聞いていたので、もっと醜い男を想像していた。


 それにユゼフの話では喧嘩っ早いガキ大将のような感じだったので、大柄でガッチリとした体格だと思っていたが……そこに立っている男は背は高いものの、スラッとした痩せ型だ。


 袖や前立に細かい装飾の施されたジュストコール(上衣)をまとい、まるで絵本から出てきた王子のように見える。

 

 顔立ちは目が大き過ぎる気もするが、バランスは取れており美男子と言ってもおかしくなかった。


 ボンヤリ眺めていると、「ギャーッ」と一声、けたたましい鳴き声が沈黙を破った。


 姿を現したのはダモンだ。



「ダモン、こいつの名前は?」


「アキラ! アキラ! アキラ!」 

 

 ダモンは叫びながら鉄格子に足を引っ掻け、羽をバタつかせる。


「ふーん。アキラっていうんだ」


「……お前がイアン・ローズか?」


 アキラが問いかけるとイアンは眉間に皺を寄せ、険しい表情になった。


「口の聞き方を知らない奴だ」



 アキラは子供の頃、教え込まれた礼儀作法を思い出そうとして……やめた。

 今、自分は盗賊であり、イアンは敵なのだから正しい作法は必要ない。



「俺はアキラ・アナン。盗賊の頭領だ」


「頭領? お前が!?」

 

 イアンは鼻で笑うと言った。


「まあ、ユゼフがお前達の頭だったら噴飯(ふんぱん)ものだがな。お前、幾つだ?」


「十八だ」


「年齢よりは大人びているか……どうやって盗賊の頭になった?」


「それまで頭領だった男を倒した。顔の傷はその時負ったものだ」


「剣は?」


「両手剣だ。気球が墜落した泥地にそのまま置いてきてしまった。ブーツと一緒に泥の中に埋まっていると思う」


「では、後で取りに行かせよう。お前の腕前が見てみたい」



 アキラは自虐的な笑みを浮かべた。 


 肩と胸の傷はじくじく痛む。正面の傷の痛みが強いため忘れていたが、背中にも傷を負っているはず。


 血が沢山抜けたせいで頭はぼんやりしている。背後の壁に体を支えてもらわねば、すぐにでも倒れてしまうだろう。自分でも重傷だということぐらい分かっていた。

 

 イアンは錠を開けると牢の中へと入って来た。手には何かお椀のような物を持っている。警戒している様子は全くない。


 アキラは足を動かそうとしてみたが、痺れて力が入らなかった。立ち上がるのは無理そうだ。



『くそっ……怪我が浅ければ鍵を奪って逃げてやるのに……』


 イアンはアキラの真ん前まで来ると、膝をついてかがんだ。

 

 ―――え??


 戸惑っているアキラの前にイアンは椀を差し出した。


「さあ、飲め」


 椀の中には赤黒い血のようなものが入っている。


「何だ、これは?」

 

「薬のようなものだ……これを飲めば傷は治る」

 

 アキラがイアンの顔と椀の中身を交互に見たので、イアンは笑って言った。


「心配するな。毒ではない。まだお前から何も聞いていないのに殺すはずがなかろう。死なれたら困るからこれを与えるのだ」


「……でもこれは、まるで……」


 椀からは生臭い獣のような臭いがする。


「安心しろ。お前を襲ったアイローのものではない。別の者からとったものだ……そうだな……魔物どもの親玉の血だ。これを飲めばたちどころに傷が治って回復する」

 

 イアンは椀を口に当てようとしたが、アキラは顔を背けた。


「ふん、そうか。わかった」

 

 イアンは腰に下げていたダガ―を抜き、アキラの頸動脈に押し当てた。

 

 ひんやりとした鉄の感覚が首の皮膚を通して、脈打つ血管にまで伝わる。


 首を少しでも動かせば、刃が血管に食い込む。逃げ道をなくした上でイアンは椀をまたアキラの口元へと持っていった。



「さあ、飲め、飲むんだ」

 

 イアンが椀を傾ければ、血はアキラの口の中へと流れていく。

 

 ―――気持ち悪い……


 

 しかし、それが一旦口の中に入ると嫌悪感よりも本能が表出した。

 気付くと、アキラはぐびぐびと喉を鳴らし貪るようにそれを飲んでいた。




 全て飲み干したところで、イアンが尋ねる。



「気分は?」



 アキラは頷き、袖で口を拭った。


 不思議な事に、さっきまで自分を苦しめていた体の痛みや足の痺れは消えている。

 

 イアンは手に持ったダガ―をクルクルと回し、おもちゃにしながら尋ねた。



「では質問タイムにしよう。まず、知りたいのはお前達の人数だ」


「それは話せない」



 アキラはイアンを観察しながら答えた。先ほどまで感じていた体の不自由さは嘘みたいに治っている。


 イアンから警戒心は感じられない。もしかしたら、鍵を奪って逃げられるかもしれない。


 だが、アキラの考えに勘付いたのか、イアンは鍵をダモンに(くわ)えさせた。


 ダモンは勢いよく羽をばたつかせる。


 羽が数本、アキラの前を舞った。

 それがヒラヒラと床に落ちる頃には、ダモンは鉄格子の外へと……飛んでいってしまった。



「これでダモンが静かになった」


 イアンがアキラに向き直る。


「お前は自分を犠牲にして仲間を逃がすような奴だ。刃物で脅されようが口を割らないだろう……だから質問を変える」

 

 イアンはダガ―を鞘に収めた。


「お前の話を聞きたい。生まれはどこだ? 剣は誰に教わった?」

 


 アキラは少しためらってから話し始めた。話す事でイアンからも何か聞き出せると思ったからである。



「生まれはカワラヒワのラール地方、森に囲まれた暁城だ。父の名はリュカ・アナンという。ラール地方一帯を治める侯爵だ。剣は城の剣術指南から教わった」



 それを聞くと、イアンは顔を歪め口の端から八重歯を出した。



「つまらないホラ話をするんじゃない」


「本当だ」


「お前みたいな下賤で頭の悪そうな盗人が貴族の血統の訳がない」


「信じてもらえないなら仕方ないが……俺は私生児だ。母は身元不確かな女で父の正式な妻ではなかった。父の……その……父が囲っていた……」


「親父の情婦だったって訳だ」

 

 「私生児」という言葉を聞くと、イアンの顔つきが変わった。興味を持ったようだ。


「弟と腹違いの兄がいる。俺が十歳の時に母は弟を連れて城を出、兄は母を探すと言って姿を消した。


その後、父は結婚して継母が弟を産んだ。俺はアナンの城に居づらくなり十五で家出したんだ。


しばらくモズやカワウをうろついて……盗みをしたり、魔物退治の礼金を貰ったり、貴族の警護、傭兵隊に入っていた事もある、まあ色々やって……一年前に盗賊達と出会い、今に至るという訳だ」



 イアンは少し離れた所に腰をおろし、好奇に満ちた目で話をジッと聞いていた。


「なかなか面白い人生を送っているな。俺の身近にいたなら家来にしてやったのに……」


 

 イアンの表情は意外にも楽しそうだった。アキラは言うか迷っていたが、思いきって言うことにした。



「兄の名はカオルという」


 イアンの顔色が変わった。


「カオル・ヴァレリアン……家を出る前、母はヴァレリアン家と縁があると話していた。だから間違いないと思う」


「……弟がいるなんて、聞いてない」

 

 イアンは無遠慮にアキラの顔をジロジロと見た。


「確かによく似ている……すごくよく似ている。最初お前を見た時、頭にカオルの事が浮かんだ。だが、カオルとお前みたいなゴロツキとの関係は考えもしなかった」


「兄の事を教えてほしい。今、どこで何をしているのか……」


「お前の兄は裏切り者だ」


 ダモンから聞いていたその言葉を聞くと、アキラはがっくりと肩を落とした。


「教えてやろうか? お前の兄が何をしたか……カオルが下手しなきゃ、俺達はこんな場所にいなかった」



 イアンは自分達がシーマの城を包囲している間にグリンデルから援軍が来たこと。その時、王城を任していたカオルがグリンデルのオートマトンに恐れをなし、無抵抗で開城したいきさつを話した。



「俺の腹心が籠城するよう(ふみ)で指示を出していた……たった一日だ……たった一日籠城すれば、オートマトンは動かなくなったのに……俺達は勝てたのに……臆病者のカオルのせいで全て台無しになった」

 

 イアンは話している内に怒りが沸いてきたのか、口調が激しくなっていった。


「お前の兄は臆病者の裏切り者だ! 子供の頃からずっと側に置いて取り立ててやったのに! オートマトンの姿にびびって、俺を裏切って……一日も経たぬ内に自ら城を明け渡したのだ!」

 


 イアンは拳を振り上げ、足を踏み鳴らす。

 アキラはイアンの迫力に圧倒されて下を向くしかなかった。



「……兄のしたことは本当に申し訳なく思う」


「……申し訳なく? 申し訳なく、だと!?」


「兄の代わりに謝らせてくれ」


「謝って済む問題じゃない!」


「でも、兄は元々そんな卑怯者ではない。きっと何か事情が……」


「償え! お前が兄の代わりに!」



 イアンは叫んで刀を抜いた。

 

 ギラリと光を放つその刀は弓のように反っている。イアンのように細身で美しかった。



「お前を殺して、首をカオルに送りつけてやる!!」

 


 叫ぶイアンの目は本気だったので、アキラは覚悟を決めて瞼を閉じた。

 

 シュッ……と刀が顔の真ん前、鼻に触れそうな位置で空を斬る。


 一瞬だけ……

 金属の気配はそれで終わった。


 アキラが目を開けると、イアンは背を向け刀を鞘へと収めているところだった。



『あれ?』

 


 先ほどの目付きは本気で殺そうとしている目だった。

 

 今は背を向けているので、表情をうかがい知ることはできない。が、先ほどとは打って変わって、落ち着いた声をイアンは出した。



「食事の用意をさせよう。俺の家来が帰ってきたら、そいつに尋問させる」

 



 イアンが牢を出ようとした時、左の方の通路から鉄扉を開け閉めする音が聞こえた。



「クリープ!」



 イアンが呼ぶと、泥だらけで眼鏡をかけた男が姿を現した。男は静かにイアンの傍まで近付き耳打ちする。



「分かった。すぐ行く」

 

 イアンの顔に悪意の込もった笑みが浮かんだ。


「これから戦になる」

 

 

 ダモンが飛んで来て、イアンの掌に鍵を落とす。くちばしが自由になったダモンは、


「イクサ、イクサ、イクサ、イクサ……」


 と繰り返した。

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