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第一部前編百話「アキラの部隊」の前後①(アキラ視点)

(アキラ)

 

 暗闇にようやく目が慣れてきた。

 アキラは鉄格子の向こう、通路の左側からほんの僅かな光が入ってきているのに気付いた。 



『出入口はあっちだな』


 

 夜の国カワラヒワで育ったので暗い場所には強い。

 

 手足を動かすと重い鎖がジャラジャラ音を立てた。両手両足に(かせ)をはめられ鎖で繋がれている状態だ。


 肩や胸に受けた傷がズキズキと痛む。気絶している間に手当てを受けたのか、肩を触ればガーゼの感触を感じた。



『ここは、どこだ?』



 アキラは懸命に記憶の糸を手繰(たぐ)った。




 人の顔をした(からす)に襲われ、気球は降下せざるを得なくなった。魔物は物凄い速度で飛び回り、気嚢(きのう)(あな)を開けたのだ。


 

『急降下していく気球の中で、もう駄目かと……』

 


 幸い、墜落したのは柔らかな湿地帯だった。

 誰も怪我をせずに済んだのは奇跡的だったと言える。

 

 しかし、気球から這い出し一歩踏み出すと、ぬかるみに足を取られた。


 容易に動けない状態。次の一歩を踏み出すには、泥から足を抜かなければならなかった。

 

 アキラは全員の無事を確認してすぐにこの場を離れようと思った。

 

 そんな状況下……

 刃物のような突風がアキラ達を襲った。


 淀んだ空気を斬るように、ヒュンヒュン飛んでくる。触れれば、皮膚は切れ血が滲む。

 

 足の自由を奪われたアキラ達はかがむか、腕で防護した。



 ―――ヤバいかもしれない



 直後、予感は的中した。

 風が止まると同時に女の魔人が沼地に降り立ったのである。

 

 魔人は美しい女の顔をしていた。


 頭にバイソンの角を生やし、黒い翼を背中から生やしている。服は着ていない。


 白く豊満な乳房を揺らしながら近付き、長い舌を出して唇を舐める。


 下腹部から下はゴワゴワした毛で覆われており、その毛深い下半身から鳥の足がニョッキリ生えていた。


 魔人の周りには先ほどの鴉達が飛び回っている。



「旨そうな若い男ばかりじゃないか」

 

 

 魔人は嬉しそうに言った。

 そして、物色するように盗賊達の周りを低空飛行すると、アキラの前に降り立った。

 

 アキラは五首城での戦いを思い出した。

 あの時、感じたのに近い邪悪さだ。

 

 剣を抜く。

 

 こんなにも足場が悪ければ、思うように戦えないだろう。動かず、相手が向かって来た時に剣を振るうしかない。



「お前達の中で頭は誰だ?」


「俺だ!」

 

 アキラが叫ぶと魔人は残念そうな顔をした。


「なんだ。一番玩具にちょうど良さそうな奴が頭か……あたいは若くて綺麗な男をいたぶって殺すのが大好きなんだ……ほら、この鴉どもも妖精族の男を使って作ったのさ。可愛いだろう? 


でもせっかく見付けた上物は殺せない。イアン様が生きたまま連れて来いと言ってるからな。ちゃんと連れて来ないとキスしてもらえない」

 

 魔人はもう一度舌なめずりをした。


「連れて行くのは腹拵(はらごしら)えをしてからだ。お前はそこで大人しく待ってな!」

 


 そう言うと、真っ黒な翼を広げアキラの後ろにいた仲間の一人、カスラーに飛びかかった。

 

 肩に食らいつき肉を食い千切る。魔人の口は血まみれになった。

 辺りにカスラーの悲鳴が響き渡ると、魔人は嬉しそうな声を上げた。



「いい声で鳴くねえ。最高だ。若い男の肉は旨い」


「やめろ……」

 


 恐怖より怒りが勝っていた。

 この化け物は大切な仲間に……カスラーに痛みと恐怖を与えて楽しんでいる。

 

 アキラはブーツと足の隙間へ剣を差し込んだ。左右に動かし、内側から切って足を抜く。

 

 裸足の方がまだましだと思った。以前、遊びで水上をトカゲのように歩く練習をしたことがある。


 トカゲの亜人ラセルタは水上を走る事ができた。それで、コツを教えてもらったのだ。たぶんやり方は泥の上でも変わらないはず。



『水面を足で弾き飛ばすように強く叩く。それを高速で……』

 


 半日練習したが、結局まぐれで一回、二キュビット(九十センチ)だけ歩く事ができた。カスラーと魔物までは四キュビットぐらいだ。 

 

 アキラは脱いだ片方のブーツを二キュビット先へ投げた。そして丁度ブーツの所へ足が着くように飛ぶ……



『よし! うまくいった!』

 


 アキラが強くブーツを踏みつけるとブーツはズブズブ泥へと埋まっていった。


 足を取られる前、ジャンプしてカスラーに食らいつく魔人を斬りつける。


『やった!!』


 鮮やかな血飛沫が派手に飛び散る。

 足はまたズブズブと泥に奪われていった。


『駄目だ。距離が足りない』


 アキラは魔人の肩から腰まで切りつけたが、手応えは浅かった。


「いってえな! お前、大人しく待ってろと言っただろうが!!」



 魔人は美しい顔を醜く歪め、牙を剥いてアキラに飛びかかった。


 アキラは後ろにいた者達に逃げるよう目で合図を送る。飛びつかれた衝撃で剣は泥へ落ちてしまった。


 あっけなく、アキラは泥の中に押し倒された。


 時間稼ぎがどれだけ出来るかは分からない。だが、取り合えず足場のしっかりした所へ出て戦える状態にしないと……



「俺が目当てなら俺だけ食えばいい」

 

 アキラは言った。

 魔人は長く黒い爪をアキラの肩に食い込ませる。


「だ、か、ら、お前は殺しちゃいけねえんだって」


「じゃあ、死なない程度に食えばいい」


「死なねえ程度ってどんぐらいだ?」


「血を吸う程度であれば……やばくなったら教えるから」


 この提案に魔人は気を良くしたのか、唇を歪ませて不気味な笑みを浮かべた。


「それなら、お前で楽しませてもらおう」

 

 

 そう言って、アキラの肩に食い込ませた爪を真っ直ぐ胸まで掻き下ろした。

 肉を引き裂かれ、激痛が全身を駆け巡る。アキラは唇を血が滲むまで噛んだ。



「あれ? さっきの奴みたいに叫ばないんだ」

 

 魔人は意外そうな声を上げる。


「叫べよ。声を上げろ。楽しませないなら他の奴の所へ行くぞ」

 

 アキラは唇を噛んだまま、魔人を睨み付けた。

 

『楽しむ事に気を取られて、隙だらけだ』


 押し倒された場所から手を伸ばせば届く距離に剣は埋もれている。


「叫ばないのはムカつくが、血は旨そうだ」


 魔人はそう言うと、アキラの肩をペロペロとなめ始めた。


『もう少しだ……もう少しで手に届く……』

 

 我慢出来なくなった魔人は傷口に唇を当て、ちゅうちゅう吸い始めた。


「ああ、旨い。止まらない」

 

 魔人は血塗(ちまみ)れの顔を上げ、喉を鳴らした。


「まだ飲んでも大丈夫だ」


「……でも別の楽しみ方もやりたいな。お前が完全に弱る前に」


 魔人は手をアキラの股の方へと伸ばした。


「快楽を教えてやる。魔人の女とやった事はないだろう?」

 

 アキラは背筋に悪寒が走るのを感じた。


「化け物とはやらない。出来ない」


「そんな事言うな。気持ち良くしてやる。キスは好きか? 人間は皆好きみたいだな」


「……そうだ、お前の名前を教えてくれ」


「アイローだ」


 魔人はそう言うなり、アキラにキスをした。

 そして長いキスの後、不意に唇から離れると言った。


「可愛い奴。イアン様の命令がなければ、お前をあたいのペットにしてやるのに……」


「イアン……イアンの家来なのか?」


「そうだ……」

 

 

 アイローが答えた瞬間、分厚い大剣が二つの乳房の間を貫いた。


 これは兄から貰った剣、「兄弟(ブラザー)」だ。子供の頃は大きすぎて扱いづらかったが、今では一番の相棒になっている。


 斬る事を前提に作られた剣だから刺すのは得意ではない。だが、厚みのある太い刀身が肉体を貫いた時、致命傷を与える事が出来る。

 

 アイローは驚いて目を見開いたまま、硬直した。ポタポタと滴った血がつばに描かれた双頭のイヌワシを汚す。



「汚しちまって悪いな、「兄弟」」

 


 アキラは足でアイローの腹を蹴りながら起き上がり、剣を抜いた。アイローの体からは血が噴水のように吹き出す。


 しかし、泥の中へ倒れると思ったアイローは倒れなかった。傾いた体を羽ばたくことで直したのである。

 

 そして、地の底から沸き起こるような身の毛もよだつ悲鳴を上げた。



「ギィヤアアァァァアアアアアアアーーーー!!!」



 アキラは風と音の衝撃波で吹き飛ばされ、再び泥の中へ突っ伏した。

 

 間髪入れずにアイローは飛び掛かってくる。アキラには倒れた状態から態勢を直す時間がない。



「よくもやったな!! このクソガキが!! ぶっ殺してやる!!」

 


 アイローはアキラの右腕を足で踏みつけようとした。剣は手から離れてはいなかったが、握る手に力が入らない。

 肩と胸の傷は思いのほか深く、手が痺れているのだ。


 アイローは足の鉤爪で剣の柄をアキラの手の上からがっちり掴み、踏みつけた。体重の重みで剣は泥へ沈んでいく。



「もうオモチャは使えねーぞ」

 

 アイローは牙を剥いて迫って来た。


『ああ、そうだ。こいつは化け物だ。人間であれば一撃で倒せたんだが……時間稼ぎは……間に……合ったか……』



 遠のいていく意識の中でアキラは仲間のことを案じた。

 

 アイローは先ほど引き裂いたのとは反対側の肩に噛み付いて血を吸い始める。背中には爪が食い込んでいるが、もう痛みは感じない。



 ──これ以上、血を吸われたら……もう……駄目……かも……



 そこで意識は途切れた。

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