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第一部前編 九十九話 使者(レーベ視点)

(レーベ)


「変じゃないかな? 大丈夫?」



 エリザは不安そうに尋ねる。


 甲冑を着ていても、今日のエリザは女らしい。ライラに薄化粧を施され、焦げ茶色の髪は後ろで綺麗に編み込まれている。



「大丈夫。可愛い」



 ライラは微笑んだ。

 あと三十分で九時になる。


 村に着いてから丸一日が過ぎた。

 今はバルバソフの天幕でエリザを使者として送り出す前の打ち合わせ中だ。


 レーベはアスターの横で小綺麗にされたエリザを見守った。

 

 中央にバルバソフが座り、左右にユゼフとアスター、正面にエリザとライラが立っている。他の盗賊達は彼らを取り囲むようにして、様子をうかがっている。

 

 ユゼフはさっきから口に手を当て、何度も欠伸をしていた。


 

 ―――これからエリザさんが危険にさらされるっていうのに

 

 レーベは憤りを抑えられなかった。


「ああ、緊張する」


「エリちゃん、いつもより可愛いよ」

 


 強張(こわば)った表情のエリザにラセルタが笑いながら言う。


 アスターが口を開いて何か言おうとしたので、エリザは手を前に出して制した。



「おっさんは何も言うなよ。どうせムカつくこと言うに決まってんだから」


「まだ何も言っていないのにひねくれた娘だな。さっき言われた事、ちゃんと覚えているか? ちゃんと滞りなくできるか?」


「分かってるよ。くどいな。城に着いたら白旗を掲げて大きな声で名乗りを上げる」


「門塔から番人が顔を出したら、だ」


「はいはい、分かった、分かった」


「女好きの奴みたいだから、ニコニコして愛嬌振りまいとけばいいんだよ」

 

 バルバソフが適当に言う。


「お前、緊張で顔が強張ってるぞ。もっと自然にしろ」


とアスター。


「……もう、みんなうるさいな」

 

 

 エリザはウンザリした顔で肩をすくめた。

 

 レーベはアスターの横で手元の時計を何度も確認していた。時計を見た後、さっきから欠伸(あくび)ばかりしているユゼフに軽蔑の視線を送る。ユゼフは目をそらした。



「嫌なら行かなくてもいいんですよ。僕達は元々無関係なんだから」


 レーベの言葉に慌てたのはアスターだ。


「おいおい、今更やめるとか言うなよ。相手に約束取りつけてるんだから」


「アスターさんみたいに面白半分でここまでついて来た人とは違うんですよ」


「……面白半分て、お前」


 エリザが二人の間に割って入った。


「言い争いはしなくていい。あたしは大丈夫だ。引き受けたからにはちゃんと最後までやる」

 

 子分の一人がバルバソフに耳打ちをした。


「おい、そろそろ時間だぞ」



 バルバソフは膝を叩いて言った。エリザの気が変わる前にさっさと送り出してしまいたいようだ。



「ちょっと待ってくれ」

 


 ユゼフが手を上げたのでバルバソフは顎をしゃくって早く済ますよう促した。

 

 ユゼフはエリザに向き直った。



「なるべく余計な事は言わないように。こちらの情報はあまり知られたくない。俺達の人数や武装や編成に関する事は一切口にするな。それと言葉遣いと立ち居振る舞いにも気をつけろ。貴族の娘らしく礼儀正しく上品に振舞うんだ。何がきっかけで怒るか分からないからな……」



 ―――何を偉そうに……昨日、エリザさんのことを傷つけておいて、謝りもせずに

 


 レーベの怒りは頂点に達した。

 

 エリザと恋人関係にありながら、この村の生き残りであるライラという娘にも手を出そうとした。


 昨日の晩、エリザが声を押し殺して泣いていたのをレーベは知っている。



「エリザさん、もう行きましょう。僕が付いて行きます」

 

 話を遮り、外へ出るよう促す。


「おい、まだ話は……」


「もういいでしょ。どうせああしろ、こうしろ言うだけなんだから」


 

 レーベはエリザの腕を引っ張った。

 エリザがバルバソフの方を見ると頷いたので、ライラにも目で合図しレーベと共に外へ出た。


 天幕の外には城まで供をするため、ダーラとミラードが待っている。


 レーベが振り返ると、アスターが後ろにいた。



「供をするのはダーラとミラードだ。危険だからお前は行かんでよろしい」


「いやです。僕は付いて行く」


「わがままを言うんじゃない」

 

 

 レーベは首を振って頑として譲らなかった。アスターにひっぱたかれるかもしれないと思ったが……


 命を救った一件からレーベとアスターの関係は対等になっていた。一方的に力で言うことを聞かそうとしても反発を強める。アスターもそれぐらいのことは学んだのか。



「分かった。私がレーベと一緒に行こう。ダーラとミラードは残ってバルバソフに伝えろ」



 短い緊張の後、すんなり承諾した。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 エリザとライラに付き添ってアスターとレーベは城へと続く丘を登った。

 

 丘を登って城までは大体十五分くらいだ。

 歩きながらレーベはユゼフへの不満を爆発させた。



「ユゼフさん、冷たくないですか? 見送りにも来ないなんて……エリザさんはあの人のために行くのに」


「いいんだ。ユゼフは反対してたし、あたしが自分で決めたことだ」

 

 そう言うエリザの表情は少し淋しそうだ。


「男とはそういうものだ。お前も成長すれば分かる」

 

 アスターの言葉にレーベは睨み付けて返す。


「僕はあんたらみたいなロクでもない大人にはならないから」


 

 黒い城は近くで見ると塗料で塗られている訳ではなく、城壁の全てが黒く光沢のある石で造られていた。



「黒曜石か?」

 

 アスターが訊ねると、ライラが頷いた。


「そうです。綺麗でしょう?」


「ああ、見事だ」

 


 あのような硬い石を加工して積み上げるのは、相当の技術と労力がいる。その昔、エゼキエル王の拠点の一つに全て黒曜石で造られた城があったというが……

 

 レーベはその美しく荘厳な城にしばらく目を奪われていた。その黒い石は月や星の出ていない夜より深い黒色をしているのに神秘的な輝きを放ち、まるで生きているかのような力を感じさせる。

 

 見とれている間に城門の前までたどり着いた。

 

 城門のすぐ横にある高い塔を見上げながらエリザは白旗を振った。しかし、何者の気配も感じられない。



「おおーい! エリザベート・ライラスだ!」

 

 大声で怒鳴ってもみるが、反応はない。


「もう約束の時間なのに誰もいないのか……」

 


 エリザが不安そうな表情をした時、ライラが肩をトントンと叩いた。

 

 示された方を見ると、城壁に沿って向こうから歩いて来る影が見える。ウェーブした長い黒髪を腰まで垂らし、濃緑のガウンを着た娘は遠目からでも美しいレディであることが分かった。



「イザベラだわ!」

 


 ライラは興奮して叫び、手を振った。

 イザベラは微笑んで手を振り返すと、ゆっくり優雅にこちらへと歩いて来た。

 

 彼女はまるで避暑地に遊びに来た貴族の娘のような雰囲気で、魔物のうろつくこの場所には似つかわしくなかった。


 イザベラが近くまで来ると、ライラは駆け寄り彼女の両手を握り締めた。 



「無事だったのね!」


「あなたも。他の村の人達は?」


 ライラが首を振ると、イザベラは口に手を当て涙を浮かべた。


「ごめんなさい……」


「イアン様は? 本当に無事なの? サチとニケは?」


「イアンは無事よ……後で話すわ……先にご挨拶をしないと」


 イザベラはそう言うと、近くまで歩み寄ったエリザ達へ丁寧にお辞儀をした。


「ご無礼を致しました。イザベラ・クレマンティと申します」


「エリザベート・ライラスと申します。ユゼフ・ヴァルタンの使者として参りました」


「レディ・エリザベート、城内へご案内いたしますね。お待たせして申し訳ありませんでした……あの、失礼ですが、こちらの方は?」

 

 どう見ても従者には見えないアスターへイザベラは目線を送る。


「私はダリアン・アスターと言う。名前位は聞いたことがあるだろう。宰相クレマンティ閣下のご息女よ」


「父の事をご存知なのですね、アスター様。カワウとの戦争で貢献された方と存じております」



 イザベラは微笑んだ。イザベラの雰囲気が余りにも穏やかでゆったりとしていたので、緊張していたエリザの顔は緩んだ。



「城の中へお連れするのは、レディ・エリザベートだけと申し付けられておりますので、付き添いの方々はここまででお願い致します。ライラは一緒に来ていいわ。後で話を聞かせてね」

 


 イザベラはアスターに向かって丁寧なお辞儀をし、エリザとライラを伴って城壁に沿って歩き出した。別の入口が裏手にあるのか、しばらくすると三人の姿は消えた。


 三人の姿が消えると、レーベはうっとりした状態で口を開いた。



「すごく綺麗で優しそうな女の人でしたね」


「どこが? 私には相当イカれた女に見えたぞ」


「アスターさん、感覚おかしい……」


「この場所をどこだと思ってる? 貴族の避暑地ではない。我々はバカンスに来ているのではない。血を流しに来たのだ。このような場所で緊張感のない奴は馬鹿か気狂いだけだ」


「もう、ひねくれた考え方やめた方がいいですよ」


「人質の癖に自分を捕らえている男と親しくする女は信用出来ない……それはそうと、待ってる間に城の周りを調べるぞ。付いて来い」

 


 アスターはイザベラ達が消えた方へと大股で歩いて行った。

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