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第一部前編 八十七話 作戦決行(アスター視点)

(アスター)


 作戦は夜、決行された。

 

 そう、夜。定石だが。

 グリンデル王国を通る時に攻撃されては、元も子もない。月が出ない日を選び、出立を二日遅らせた。


 こういった細かい段取りはアスターが口を出さなくとも、ユゼフは大体決められた。



『初めてにしてはまあまあじゃないか』



 と、アスターはほくそ笑む。

 

 まず、盗賊達はモズのソラン山脈にある虫食い穴からグリンデルへ移動。そこで気球に乗り込む。


 当初、五基の予定だった気球を六基に。人員は増やさず、荷物を載せるためにもう一基増やした。

 

 虫食い穴は鳥の王国と魔国の国境に近い。国境を警邏するグリンデル兵に見つかると厄介だった。


 ユゼフの話だと、グリンデルに援軍を依頼しているという。援軍を主国(鳥の王国)へ送っていたとしたら、グリンデルの国境は厳重に警備されているはずだ。


 グリンデル兵と接触せずに行けるかどうかは、運に任せるしかなかった。


 幸い、グリンデル側の虫食い穴は森の中の洞窟にあった。気球の準備をする間、この洞窟内で盗賊達を待機させることができたのである。五十五人もの人数を目立たせず、作業できたのは場所のおかげだ。


 グリンデルに到着したら、洞窟出口回りを簡単に整地する。それから気球の気嚢にガスを入れた。気球のセッティング部隊はこの日の為、何回も練習していたので一基につき二十分ほどで離陸することができた。

 

 しかし、森の中だから場所が限られている。一度に何基も飛ばせないのはこの場所のデメリットだった。一基ずつだから、六基を離陸させるには二時間もかかる。その間、待たされる後続部隊はヒヤヒヤさせられた。これは精神衛生上、良くない。


 ちなみに、気球に入れるガスは高価な紫ガス※だ。これはモズの錬金術師達の間でだけ流通する代物である。水素の倍の価格だが、安全面を考慮し、こちらを選んだ。

 

 先鋒部隊はユゼフを部隊長とし、エリザとラセルタが一緒に乗り込む。次はバルバソフの隊、その次に燃料などの荷物を積み込んだアスターとレーベの気球、後に二基続き、最後に本隊長のアキラが乗り込む。


 全ての気球が離陸するまで、滞りなく事が運んでいく。

 

 こういうのは運もあるのだ。

 初っ端からトラブルが続けば、大抵上手くいかない。


 アスターは内心ホッとしつつ、安堵するには早いと気を引き締めた。


 他の気球とは使い鳥で連絡を取り合っている。だが、真っ黒な気球は暗闇に溶け込み、前後が全く見えなかった。一基、はぐれてしまったら、二度と戻れないだろう。


 月のない夜。星すら雲に覆い隠されている。

 夜霧に紛れて移動するにはとても良い環境だが──

 

 風向きはあらかじめ確認してあるから方角は間違っていないはず。アスターは自らに言い聞かせた。揺るぎない自信というのは大切だ。指導者にとっては特に。



「アスター、前方に合図の光が!!」

 

 盗賊の一人が叫んだ。



「おお、いよいよか」

 


 アスターは笑みを浮かべた。

 先鋒隊が最初に魔の国へ入ったら、次の部隊に光の札で合図を送る。順番に後ろの気球へ合図を送っていくよう取り決めていた。

 


「なんだ? まだ膨れているのか? ついて来たからにはちゃんと仕事をしろよ?」

 


 アスターは後ろで(うつむ)いているレーベに声をかけた。ランタン一台の弱い明かりでも、ふくれているのは分かる。



「別に僕でなくても出来るし……」


「そういう問題ではない。練習ではなくて本番でやることに意味があるのだ」


 

 元々、レーベはついて来る予定ではなかった。

 

 本人も最初、その気は無かった。それなのにエリザが行くことになると、突然行くと言い出したのである。


 そうと言い始めたら、周りが止めても聞く耳持たず。自身の有用性を早口でまくし立てるので、アキラも仕方なく了承した。

 

 確かに魔術を使える者が居てくれたら助かる。だが、レーベはまだ子供だ。


 普通より賢いといってもまだ十二歳。実戦経験は当然ない。練習で「魔法使いの森」にいる魔獣と戦わせたが、魔の国にいる魔物とは比べ物にならないだろう。



「お前に何かあっても誰も助けない。自分で何とかするんだ。いいな?」

 


 アスターはレーベに言い聞かせた。

 レーベは頷き、


「見捨ててもらっても構わないです」と。



『勇気は認める。子供にも関わらず、強い大人にもはっきりと意見する。それは立派だ。しかし……』

 


 アスターはユゼフから預かった魔瓶をレーベに渡してから謝った。



「その、なんだ……体が未発達だと言ったのは悪かった」

 

 

 気球を離陸させてから、暇だったのでアスターとレーベは下らないお喋りをしていた。その時、レーベが性体験をしてみたいというので、体が未発達だから無理だとアスターは答えたのである。それからずっとふくれている。



『やっぱり子供だな……』

 

 アスターは心の中で苦笑した。



「アスターさんだって初体験は十二の時だったって、言ってたじゃないですか?」


「……それはまあ……言葉のあやというか……」


「え? 嘘だったの?」


「そんな事はどうでもいい。合図があってから五分は過ぎた。早く魔獣を出せ」


「だから、出すだけなら誰でもできるっつうの!!」



 レーベは立ち上がり、魔瓶を乱暴に床へ叩きつけた。

 

 白い煙が立ち上がり、空気をビリビリ震わせる。咆哮と共に姿を現したのはグリフォンだ。

 

 上半身は鷲、下半身は獅子。

 獣は翼をはためかせ、凶暴な目つきでこちらを見る。鋭い(くちばし)を開き、真っ赤な舌を出して再び咆哮した。


 指示を待っているのだ。レーベはケシの花の香りをグリフォンに嗅がせてから古代語で指示した。



『この匂いの元へ進め!』



 グリフォンが前方へ飛んで行くと、アスターとレーベはグリフォンに装着したハーネス※をゴンドラに取り付けた。


 途端に向かい風を感じる。暗闇の中でも気球がスピードを出したのが分かった。

 

 ここまでは手順通りだ。

 前方の気球が光の札を貼ったら、こちらもゴンドラの後ろ側に貼る。次、前方にぶつからないよう、グリフォンに指示を与える……


 他の気球ではグリフォンの操作を魔力の高い亜人が担当している。ユゼフがある程度訓練しているとはいえ、弱い人間には従わない。

 

 アジトに居た盗賊の三割は亜人で、ユゼフに対して畏敬(いけい)の念を抱いていた。

 

 その証拠に、四十五人もの亜人が魔国への同行を希望した。

 魔甲虫が体内に入った時、水中に入れる以外の治療法はない。泳げない亜人は圧倒的に不利だ。危険な上、確実に報酬を得られるかも曖昧。頭領であるアキラからはちゃんと説明していたにもかかわらず。

 

 希望したのは亜人含め、六十二人。その中から身体能力の高い者、魔力の強い者、特技を有する者、精神力の強い者四十九名を選抜した。


 それに頭領のアキラ、副頭領バルバソフ、盗賊ではないユゼフ、アスター、エリザ、レーベの六人を加えた五十五人で魔の国へ向かうことになったのである。



「ランタンが消えてしまった。火を付けろ!」

 


 担当が慌てて火打石を打ち、火をおこそうとした。しかし、手が震え、火はつかない。


 レーベが横からスッと現れ、魔法でランタンに火を灯した。



「おお偉いぞ、レーベ。即座に対応するとは大したものだ」



 アスターに誉められ、レーベは照れ笑いした。



「こんなの大したことないです。赤い炎だから」


「でも、出遅れた仲間の手助けをすぐにしたのは偉い。自分の担当以外でも、ちゃんと関心を持って行動するのは良いことだ」


 アスターはレーベをべた褒めした。



『子供は褒めて伸ばさないと……』

 

 

 教育するに当たって、自尊心を奮い立たせるのは重要だ。褒めることによって自己肯定を高め、成功体験を植え付ける。その積み重ねが大きい進歩に繋がるのだ。


 前方を飛ぶ気球の赤い灯りがチラチラ揺らめいている。


 ゴンドラが引っ張られている感じが強い。スピードを出し過ぎては、気嚢(きのう)やゴンドラと繋がっているワイヤーに負担をかける。最悪、破損したら困る。



「ブッラデオス!」

 

 

 アスターはグリフォンに向かって、スピードを(ゆる)めるようにと叫んだ。


 古代語の単語は数個しか知らない。

 上手く伝わるか不安だったが……


 ユゼフの調教が良かったのだろう。言葉は無事グリフォンに届き、傾いていたゴンドラは元に戻った。

 

 先頭のユゼフの気球が解放したダモンを追いかける。他の気球がその後に続いた。


 芥子(けし)の花か肉桂(ニッキ)の樹皮をそれぞれのゴンドラの前後に貼ってある。香りを追わせるようにと。芥子と肉桂(ニッキ)の香りを交互に取り付け、グリフォンが誤って後部の気球へ向かわないようにした。


 今のところ作戦通り。だが、いつ崩れてもおかしくない。緊張感は常にある。ピリピリした空気は大好物だと、アスターはニヤリ笑った。

 

 見ると、レーベが交差させた両腕を抱え込んで少し震えている。風は先程より落ち着いているが……



「どうした? 寒いのか?」


「アスターさん、何も感じないんですか?」


「ん? 何をだ?」

 


 レーベは答えず、一緒に乗っている盗賊達を顎でしゃくった。

 

 荷物運搬用の気球なのでアスターとレーベの他、乗っているのは亜人三人だけだ。その三人共が震え、処刑室に入れられたかのような表情を浮かべている。



「何なんだ? お前ら? 私には分からん」


「羨ましいです。その鈍感さが……」

 

 レーベは震えながらも、憎まれ口をたたいた。



「さっき、グリフォンがスピードを弱めた時から恐ろしいほどの邪気をビリビリと感じてるんです。空気がまるで違う」

 

 レーベの言葉に他の三人も頷いた。



「上空は瘴気(しょうき)の影響はないはずだがな。念のため、ガスマスクを着けるか?」


「瘴気の話ではないです。底知れぬ闇のような、巨大で邪悪な気配です……」


『よく分からんが……魔力の高い者達は何か感じるらしいな。私にはそういう神秘的能力は皆無だから何も感じん』

 


 アスターは震える盗賊達を見やった。亜人の盗賊達は全員若い。まだ二十代に満たないくらいの見た目だ。盗賊なのだから戦い慣れてはいるんだろうが、こういった経験は初めてのようだ。


 これは良くない──アスターは思った。

 彼らの表情は緊張ではなく、恐怖だからだ。恐怖は人を弱くする。

 

 その時、レーベが叫んだ。



「アスターさん、伏せて!!」


 

 アスターが伏せると同時、頭上を物凄い速さで「何か」が通り過ぎて行った。ゴンドラと気嚢(きのう)を繋ぐワイヤーをかいくぐり、あっという間に闇の中へと消えていく。


 アスターは無意識の内に叫んでいた。



「レーベ! 点滅信号だ! 点滅信号を後方部隊へ送れ!!」


 

 レーベは頭を低くしたまま、ゴンドラの後部に張った光の札を点滅させた。


 それが終わると、一同はゴンドラの底に座り込み、互いの無事を確認した。ようやく安堵の溜め息が洩れる。



「レーベ、よくやった!」

 

 アスターはレーベの頭を撫でた。



「でも、後ろの気球、大丈夫ですかね? 信号が間に合っているといいんだけど」


「大丈夫だ。凄い速さで移動していたが、光よりは遅い。それより……」


 アスターは皆の顔を見回して言った。



「いいか、お前ら。よく聞けよ。今のレーベの行動だ、今のレーベの行動が良かったのだ」

 

 

 盗賊達の顔付きは危機を逃れた直後だから、先ほどより恐怖感は薄れている。若干の興奮状態にあった。



「怖いのは分かる。それは私も同じだ。恐怖はそこに危険があることを教えてくれる。大切な感情でもある。だが、怖れから動けなくなってしまうのは危険だ。


 レーベは攻撃を受けた時、咄嗟の判断で後方へ合図を送った。仲間の為にだ。これで後方部隊は移動位置をずらすなどして難を逃れることができる。


 仲間を助けることは、自分を助けることにも繋がる。助けられる者を助けられない奴は自分も死に追いやるからな」



 そこでアスターは言葉を切り、彼らがちゃんと聞いているか顔を確認した。

 盗賊達はもう震えてなかった。静かに頷いたり、真剣な面持ちで耳を傾けている。



「シリン、キュロス、ジャメル、レーベ」

 

 アスターは一人一人の目を見、名前で呼んだ。



「四人とも大切な命だ。だが、(はかな)いのが命というものだ……魔の国へ入ってお前達の何人かが生き残れるかは分からない。


 お前達も人を殺したことがあるから分かるだろう。殺す時は一瞬だ。同じように殺される時も一瞬。


 生死を分けるのは強さだけではない。冷静な判断と仲間を思いやる心だ。我々は一人で戦うのではない。チームで戦うのだから、お互い助け合わなければいけない。まあ、時に見捨ててやることも必要ではあるが……」

 


 アスターは髭を弄りながら、朗らかに笑った。レーベだけは何か言いたそうにアスターを睨んでいる。



「いいか、恐怖を感じても支配されるな! どれだけ恐ろしい目にあっても、目を反らすな! どのように動けばいいか常に思考し、即座に自分の出来ることをしろ! 以上!」



 パキッと総括を終えたら、もう前を向く。反省やら鼓舞やらは短時間で済ませる。戦中はスピード勝負だ。アスターは説教好きに見えて、ちゃんとわきまえていた。


 いつの間にか、空が白み始めている。



 ──待っていろ。化け物どもめ



 アスターは灰色の大気を睨んだ。



 

※ハーネス……胴体に取り付ける獣をコントロールするためのロープ。

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