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第一部前編八十五話「エデン犬」の後 兄弟①(アキラ視点)

(盗賊の頭領アキラ)


 アキラは一人、部屋の中をグルグルと歩き回っていた。元々考えることは苦手だ。体を動かす方がいい。


 魔国へ出立する日まで三日を切った。


 バルバソフは町へ足りない物を買いに行き、ユゼフ達は湖のほとりで葬式をしている。

 

 参列者はエリザ、レーベ、ラセルタ、そしてアスターの四人。ラセルタはすっかりユゼフに懐いてしまった。その内、盗賊もやめてユゼフの従僕になるつもりなのかもしれない。


 アキラは特に咎める気もなかった。

 家来達が自分の道を見つけて、辞めたいのであれば、それを無理に止めはしない。


 通常、反社会的な集団から脱退するのは困難と思われがちである。モズの盗賊はうまく統率されている上に自由な気風だった。頭領のアキラはこだわりを持たない。


 元々、行き場のない者や窮屈な社会に順応できない者の集まり。無理に縛り付けては可哀想だ。



 葬儀に並んだ遺体は三つ。

 イアン・ローズの弟アダム。

 ユゼフの兄ダニエル・ヴァルタン。

 学匠シーバート。


 これから危険な場所へ乗り込んで、お姫様を助けに行く。時間だって余裕ないのに、わざわざ遺体を集めたのである。



 ──全く、ユゼフって奴は


 

 変な所で生真面目なのだ。 

 融通が利かないというか。


 神学校に通っていたから埋葬の手順は分かっているそう。祈りの言葉も完璧だ。なぜこんなままごとじみたことをするのか、アキラには理解しがたかった。


 学匠シーバートやイアン・ローズの弟はユゼフからしたら他人である。聞いた話によると、兄のダニエルとも兄弟仲は良くなかったらしい。仲が悪いという訳でもないが、私生児のユゼフは使用人のような扱いだったという。


 それでも、この三人の葬儀を仮でいいからしたいと言って聞かなかった。

 これはケジメなんだと、きっちり済ませなければ次に進めないんだと……そう言って。


 普段は大人しく鈍臭いのが、こうと言ったら頑として譲ろうとしない。その頑固さがアキラは嫌いじゃなかった。


 ユゼフのイメージは当初抱いていたのと、まるで違う。

 家来達を殺った鮮やかな手口やカワウの王子を暗殺したことから、冷酷でもっと気の強い奴かと思っていた。


 相反して当のユゼフは穏やか、物腰も柔らかい。あのアスターとも喧嘩せずにうまくやっている。


 年齢が近いこともあり、ユゼフとアキラは打ち解けて仲良くなった。

 

 無論、盗賊達の中にはユゼフを快く思ってない者も少なからずいる。五首城での被害が大きかったからだろう。

 あの時、連れていた兵の半数、五十人以上が犠牲になった。ほとんどは魔国から来た魔物にやられたのだが、状況的にユゼフのせいだと思われても仕方なかった。


 ユゼフの依頼をアキラが引き受けたのは、兄に会えるかもしれないと思ったからである。

 兄はこれから対峙するイアン・ローズの家来。魔国まで付き添っている可能性もあるし、そうでなくともイアンは居所を知っているはず。

 

 ユゼフが仕えているシーマ・シャルドンは国王側の連合軍を指揮しており、イアンとは敵対関係にある。国王は大怪我をしていて長くは持たないだろうという話だった。


 国王が亡くなった後、シーマが第一王女のディアナと結婚して王権を引き継ぐことになる。(ゆえ)にディアナ王女を守ることは重要。絶対に引き渡さなければならない。



 ──謀反人であるローズに勝ち目はないという話だが……この話をどこまで信じて良いものやら……ローズが捕らえられた場合、兄はどうなるのだろう? 



 ユゼフを助けることで、シーマに協力する。そうすればもしもの時、兄が罰せられるのを防げるかもしれない──そう思ったのである。




 アキラは八年前に「壁」が現れた時のことを思い出した。

 

 「壁」が現れる一週間前。

 寝ているアキラの横で母が兄に話していた。

 その言葉が今でも耳に残っている。



「カオル、おまえがまだお腹にいる時、時間(とき)の壁を通りお母様はアナンの城に来たのよ。そして十年経った今、また主国へ帰らないといけない。一番下のロリエはまだ小さいので一緒に連れて行くけど……カオル、おまえはアキラとここに残りなさい。おまえ達のことは愛しているけど、お母様は戻らないといけない」



「どうして?」

 

 カオルの不安そうな声が聞こえた。



「おまえ達が大人になった時、分かるわ」


「そんなの嫌だ! 行かないで、母上!」


「しぃーっ、アキラが起きるでしょう? そんなに残るのが嫌なら、他の方法もある」

 


 しばらく母の声は消え、何かを考えている様子だった。



「お前とアキラは別々の所に居た方がいいかもしれない。何かあった時に両方死なれては困るから」

 


 そう言う母の声は冷たかった。少しの優しさも感じられないほどに。



「こうしましょう。お母様がいなくなったら、お前は主国、鳥の王国へ行きなさい。時間の壁が現れる前にね。私がいなくなってから一週間以内に行くのよ。そして、内海を挟んで北にある……へ行くのです。スイマーに虫食い穴があるからそこを通って……の家臣であるヴァレリアン家はお母様と縁がある。マダムヴァレリアンに今から書く手紙を渡して。そうすれば、お前は来る日までその家で守られることになる」



 母はくぐもった声で、時々カオルの耳に口をつけて話していたため、重要な箇所は聞き取れなかった。


 話の途中からアキラはウトウトし始めた。

 八年も経った今でも覚えているのだ。何の話かと気になってはいた。だが、十歳の少年は睡魔に勝てず。詳しいことは朝になってから聞けばいいと、寝てしまったのである。


 後悔したのは翌朝。

 もぬけの空となった母と弟の寝室を目の当たりにしてから。


 一番下の弟だけ連れて、母は忽然と姿を消してしまった。

 

 捨てられたと、アキラは思った。


 あまりに唐突。

 呆然とする少年の脳裏には、昨晩の母と兄の会話が何度も何度もグルグルと回り続けた。


 母という拠り所を失ったアキラは兄のカオルに対して全幅の信頼を寄せるようになる。だが……


 母が居なくなってから一週間後。

 カオルは決心を固めたようだった。



「アキラ、俺は母上を探しに行く」

 


 カオルはベッドへ入った後、唐突に宣言した。二人は同じ子供部屋で寝ている。


 アキラは猛反発した。母が居なくなったばかりなのに、兄まで失うのは耐えられなかったのだ。


 カオルは起き上がり、アキラのベッドに腰掛けた。



「このロケットは母上が形見にくれたものだ。俺には必要ないからお前にやる」



 カオルは銀製のロケットをアキラの首に掛けた。そのロケットのペンダント部分には高価なグリンデル鉱石が嵌め込まれており、蓋を開けた所に母の肖像画が入っている。

 

 アキラは首を横に振った。



「なら、母上がくれた俺の剣もやる」

 


 カオルがそう言っても、アキラは首を横に振り続けた。アキラは泣きそうだった。



「必ず、母上を連れて戻って来る。母上はきっと鳥の王国へ行ったんだ。そう……多分聞いている場所へ行けば何か分かるはず」



 カオルの決意は固い。

 その晩、アキラは寝れずにほとんど一晩中起きていた。

 

 夜の国カワラヒワの朝は赤い月が西から昇る。

 この国では日が昇らない代わりに赤い月が昇るのである。赤い月は太陽ほどでないにせよ明るく、昼間は他国の黄昏時くらいの明るさはある。


 雨戸の隙間から差し込む月明かりが顔に当たり、ウトウトしていたアキラはハッとした。

 

 ほんの一刻にも満たぬ間だったろう。

 気付くと、カオルのベッドは空っぽだった。僅かな隙を見て、カオルは出て行ったのだ。


 アキラは慌てて着替えを済まし、厩舎へと向かった。使用人もまだ寝ており、城内は静かだった。


 廐番も就寝中。

 アキラは自分の馬をすんなり出すことが出来た。カオルの馬はない。



『まだベッドは温かかった。そう遠くへは行ってないはずだ』


 

 一週間前、母がカオルと話していたことを思い出す。



『鳥の王国へ行くと言っていた』

 


 城を出て小さな森を抜ける。平原を東へ真っ直ぐ行った所に国境がある。国境の周りには何もなく、ただ線が引いてあるだけだ。兵士は居ないはず。

 

 国境付近は見晴らしがよかった。

 越えた向こうには、広大なヴァルタン領が広がる。丘の上に建つ立派で堅牢な瀝青城。正午を過ぎると、大きな太陽がその城の真上に見える。

 

 薄暗いカワラヒワにも国境を越えて太陽光が入り込む。昼間、国境付近はかなり明るくなるのだ。

 

 近くには小さな湖もあって、釣りや水浴びが出来たのでアキラとカオルはよく遊びに来ていた。

 

 なだらかな平原を照らす月の光は優しく物悲しい。

 草花は風に吹かれ、さざ波のような音を立てる。月の光が反射してキラキラした光の道を作った。馬に乗ったアキラはその美しい道を真っ直ぐに駆け抜けて行った。

 

 しかし、国境が見えた時、アキラを待っていたのは絶望だった。

 

 太陽の光を遮断し、暗く深い闇が行く手を阻んでいたのである。

 

 それはアキラが住んでいる城の城壁と同じくらいの高さはあり、国境の先を全て覆い隠してしまっていた。


 巨大な壁は小さな黒い粒子の集まりだ。絶えず流動し続けるそれは羽虫が蠢く様にも似ていた。威嚇して膨張したり、かと思えば怯えて畏縮する。延々とそれを繰り返す。


 そこにいたのは黒い怪物。

 大きな口を開けて、今にも飲み込まんと──

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