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【削除予定】第一部前編八十三話 クレセント シーマ視点

※若干、設定変更しています。

(シーマ)


 シーマはサチの部屋にいた。

 

 兵士宿所の一部屋。

 こぢんまりとした慎ましやかな暮らしを思わせる。場所はカオルから聞いた。

 


「いいんですか? あいつら二人きりにしといて」


 ジェフリー・バンディが心配そうに聞く。あいつらというのはカオルとウィレムのことである。



「問題ない。あの二人はチキンだから」


「でも……」


「それより、見てみろ。本棚に難しい本がぎっしり。秀才のジニアらしい」


「ああ、あいつ、頭は良かったですからね」


「それに裁縫セットが置いてある。男の癖に縫い物するのかな」


「はは、まさか」


 

 シーマはクローゼットを開けた。衣類の数は少ないものの、どれも丁寧にアイロンがけされており、皺一つない。チェストを開けると、下着や靴下に至るまで端と端をぴったりと合わせ、几帳面にたたまれている。戸棚も綺麗に整理されていて、雑然とした部分はなかった。

 

 シーマの心に湧き上がったのは、漠然とした不安だった。

 

 この部屋には絶望したり、憤ったり、心をかき乱した形跡が全くない。



「何もありませんね。あのグリンデル人からもう少し話を聞きますか?」

 


 ジェフリーの問いにシーマは答えず、人指し指でリズムを取るように軽く顎を叩いた。何か考えている時の癖なのでジェフリーは黙って待った。

 

 数秒後、顎を叩く指がぴたりと止まるとシーマは口を開いた。



「一つ気になる事がある。台所に洗ってないグラスが六個あった。水切りカゴにも置かれてなかったから間違いなく六個だ。ジェフリー、人質の数は何人だった?」 


「三人です。グリンデル人二人とイザベラ・クレマンティ……イアンとジニア……確かに数が合いませんね。でも間違って多めに出してしまったのかもしれませんし……」 


「クレマンティの娘は今どこに?」


「恐らくイアンと一緒に逃げたかと……」


「クレマンティ卿は亡くなっている。娘を連れて逃げることに何かメリットは?」


「さあ……食事を人質の所へ運んだりしていたそうだから、イアンの女なのでは?」



 シーマはしばらく黙った。顔から笑みは消える。ジェフリーは緊張した面持ちでシーマを見守った。



「行くぞ」


 シーマはそれだけ言うと、大股で部屋を横切った。




 グリンデル人二人は広間で休んでいた。

 

 休んでいるというか寛いでいる方が近い。ソファに腰かけ、見つけて来た高価なワインを開けて飲んでいた。

 

 シーマとジェフリーの姿が見えると慌てた様子でかしこまったが、酒盛りをやめようとはしなかった。



「お二人にお聞きしたい事があります」

 


 きつい口調でシーマは切り出した。

 自分でも顔がこわばっているのが分かる。



『この緊張感のない人質もそうだが、使用人がいないのに凝った料理を振る舞ったり、きっちりと片付いているジニアの部屋もそうだ、この城には何か違和感を感じる』



「お二人がイアン・ローズと最後に会ったのはいつです?」


 ベナール大臣はボワレと顔を見合せた。


「今朝かな。食事の前に」


「イアンはどんな様子でした? イアンの家来とも話をされましたか? その時の様子を詳しく教えてください」

 

 大臣の代わりにボワレが戸惑いながら答える。


「イアン・ローズは噂とは違い、礼儀正しい青年だったよ。だが、彼の家臣という少年が質問に答えなければ命を奪うと脅し、時間(とき)の壁を越える方法を聞いてきたのだ。私も大臣も何も知らないと言い張ったのだが、そんなはずはない、持っているグリンデル鉱石全て寄越せと……」


「グリンデル鉱石を?」


「ああ、私達に取ってはお守りのような大切な物をあの忌まわしい顔をした少年は奪い取り、時間の壁を越えると言ったのだ」

 

 ベナール大臣が言うとボワレが話を引き継いだ。


「私達はやめるように言ったのだが、全く聞く耳持たずで……」


「分かりました。先ほども確認しましたが、ここに居た人質は私の父とあなた方の他はクレマンティ卿のご息女だけということでお間違いないですか?」


「他には見ていない。別の部屋に居たとしたら分からないが」

 


 シーマはボワレの話が終わるまでじっとその目を見ていたが、嘘を付いていないと確信すると、前を向いたまま後ろのジェフリーに言った。



「カオルとウィレムを連れて来い」




 数分経たぬ内にジェフリーはカオルとウィレムを連れて来た。他の兵士達は全員広間の外で待機させている。


 グリンデル人二人は酒を飲むのを止め、ソファでうなだれていた。ようやく、ただならぬ空気に気付いたのである。


 シーマは立ったまま下を向いていたが、二人が来ると顔を上げた。普段、絶やさない笑みは顔から消えている。異様な空気に誰もが緊張していた。



「何の使い道もないお前達に一度だけチャンスをやろう」

 

 

 シーマは腰の刀を抜いた。弓なりに反ったクレセントは銀色の光を放つ。

 

 カオルとウィレムは息を飲み、驚きを隠せなかった。それを見たシーマの顔に笑みが戻る。



「そりゃ驚くだろう。俺もイアンがこれにそっくりな偽物を持っていた時、驚いた。この刀は三百年前、ガーデンブルグ王家から我がシャルドン家が(たまわ)った物でエゼキエル王がエデンへ行った時、手に入れた物と聞いている。普通の鋼鉄の剣とは違い、美しい銀色で細長いのに骨をも砕く強靭さを持っている」

 

 

 妖しく眩い光を放つ銀色の刃。

 美しい刃はカオルとウィレムの視線を釘付けにした。



「さて、今から幾つか質問をする。正直に答えなければ、どうなるか分かるな?」

 


 シーマは笑みを浮かべたまま言った。

 刀を目の前で抜かれ、明らかに狼狽した様子のグリンデル人達にジェフリーが弁解する。



「この二人はイアン・ローズの家来だった者達です。ローズ城に詳しいので連れて来ました。剣を抜いたのは嘘を見抜くためです」


 シーマは刃先をカオルとウィレムに向け、


「まず、ひざまずけ」


と静かに言った。

 

 広間にはグリンデル人、シーマとジェフリーの他はカオル達しかいなかった。丸腰でも抵抗される可能性はある。それでもシーマは絶大な自信を持っていた。この二人はただの虫けらだと。



「一つ目の質問。イアンとジニアはこの城のどこかに潜んでいるか、否か? いないにしても居るにしても、納得できる理由を述べよ」

 

 ウィレムが顔を引きつらせながら答える。


「イアン達は城にはいません……理由はイアンの鳥のダモンがいないからです」


「鳥?」


「とても醜く、騒がしい鳥でイアンは何より大切にしています。逃げたのならダモンも一緒に連れて行くはず……この城に残っていれば騒がしい鳥なので気配で気付きます」


「醜い鳥をそんなに大切にしているのか? あの唐辛子頭が?」


「ええ。匿名の贈り物で十歳の誕生日に贈られたそうです。イアンが喜ぶようなメッセージを添えて、毎年誕生日に匿名でプレゼントを贈って来るんです。二十歳の時には美しい白馬をプレゼントされてました」


「喜ぶメッセージとは?」 


「俺が聞いたのは「あなたの美しい髪がいとおしい」とか……それからイアンは髪を伸ばし始めたそうです」

 

 シーマの後ろに居るジェフリーが吹き出した。


「こら、笑ったら可愛そうだろうが」

 

 シーマはジェフリーを注意すると、ウィレム

に向き直った。


「奴等がここにいない理由としては弱いが、面白い事を聞いた。そのダモンという鳥を見つけたら、イアンの目の前で毛をむしり串刺した後、丸焼きにしてやろう」


 

 シーマはウィレムからカオルに視線を移した。視線を感じたカオルは全身を硬直させる。



「二つ目の質問だ」

 

 シーマは視線をウィレムへ戻した。


「人質の正確な人数を言え」


 ウィレムは注意深く言葉を選んだ。


「俺はイアンと共に王城へ突入したので、瀝青城(れきせいじょう)に居た人質をローズ城へ移送する件には関与してません。

 最初、人質はもっといたんですが、何者かに毒を盛られ五人の王子が亡くなったと聞いています。

 

 だから俺の知る限り、この城へ移送された人質はグリンデルのお客様二人とクレマンティの娘とシャルドン卿だけです……あ、シャルドン卿だけは王城へ向かう途中、偶然出会ったのを人質移送組へ送ったので捕らえたのは瀝青城ではないですが」

 


 ウィレムの話が終わると、シーマは鋭い視線をカオルに浴びせた。


「カオル・ヴァレリアン」

 

 シーマの厳かで低い声が広間に響く。


「お前は人質をこのローズ城へ移送してからずっとここに居た。ホモのリンドバーグを寝返らせ、ジニアと一緒に船で我がシーラズ城の襲撃へ向かうまでは」

 

 カオルはずっと下を向いている。シーマはクレセントの銀色の刃先をカオルの眼前にちらつかせた。



「カオル・ヴァレリアン、お前に聞く。人質の数は何人だ?」


「……」


「顔を上げろ。そして答えろ。嘘は許さない」


 カオルは顔を上げたが、シーマと目を合わせようとしない。


「……城を大人しく明け渡せば命は助けると……」


 喉に何か詰まらせたような声でカオルは言った。


「それはその時の話だ。今はまた別の問題が生じたのでお前の裏切り行為によっては、命の補償が出来なくなった。さあ、何人だ? 答えろ」


「……三人だ」




 次の瞬間、シーマは周りが全く予想だにしていない行動に出た。


 素早く後ろへ移動すると、ソファでことの次第を見守っていたボワレ大使に剣を突き刺したのである。隣にいるベナール大臣は驚きと恐怖で腰を抜かした。



「血迷ったのか!?」

 


 叫び、ソファから転げ落ちて這うように逃げるベナール大臣をシーマは後ろから袈裟斬りにする。


 鮮血が飛び散り、ソファと床は血まみれになった。


 シーマの行動に驚いたのはカオル達だけではない。シーマの後ろに控えていたジェフリーも呆然とその様子を見ていた。

 


「ジェフリー、そっちのとどめを頼む」

 

 

 シーマの言葉でジェフリーは我に返り剣を抜いた。そして血まみれの胸を押さえ逃げまどうボワレの首を一思いに刺した。

 

 シーマは骨に引っ掛かった剣を抜くため、大臣の背中を足で蹴り倒している。大臣はうつ伏せの状態で倒れ、もがくようにまだ手足を動かしていた。

 

 肉と金属が擦れ合う音に鳥肌が立つ。

 言を発する者は一人もいない。

 呼吸すら苦しくなるこの状況で、他の三人はその様子を傍観していた。

 

 シーマはもがく大臣の背中を上から動かなくなるまで滅多刺しにした。



「一太刀でやるのはなかなか難しいな」

 

 上衣の袖で顔に飛んだ血を拭う。


「ガラクの時もそうだった。一度では死なず、汚い血で服を汚してしまった。ジェフリー、お前の腕前には敬意を表する」



 ジェフリーはどう表情を作っていいのか分からず、顔をひきつらせている。



「何、心配いらない。あの馬鹿のイアンが人質を殺した事にすればいい。誰も疑問に思わない」

 

 シーマはカオルに向き直った。


「さあ、もう一度だけ聞くぞ。人質は何人だった?」


 血に濡れた刃をカオルの顎に当て、顔を上げさせる。

 

 カオルはガタガタ震えていた。



「ほら、このシーマ様の目を見て答えろ。何人か?」

 

 

 シーマはいつものように微笑んだが、カオルは一層顔をひきつらせた。

 


「……」


「ん? ちゃんとはっきり言え。何言ってるか分からん」


「こいつ、ビビって声が出ないんですよ」

 

 ジェフリーが嘲笑しながら、カオルの腰を蹴り飛ばした。


「……ニケ……王子が……」

 

 カオルはようやく声を出した。


「ニケ? 末のニーケ王子の事か?」

 


 ジェフリーが問うと、カオルは二回頷いた。

 シーマは刀を鞘に収めた。笑っている場合ではない。



「ジェフリー、この馬鹿二人を見張っとけ。俺はやる事があるが、数分でここを発つ」

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