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第一部 前編 三十五話 遺言書 ヴィナス視点

※設定を変えているので、34話とはちょっと内容が違います。

(壁の向こう鳥の王国。ヴィナス王女)

 

 シャルドンの城は暖かく、居心地が良かった。

 窓からは太陽の光を受けてキラキラ輝く湖と色とりどりのアザミが咲き乱れる草原、それらを取り囲む荘厳な山々が見える。

 

 しかし、城から外に出る事は許されず、侍女達も占拠された王城に置いて来てしまった。そのため、ヴィナス王女は寂しく辛い毎日を過ごしていた。

 

 不意にドアをノックする音が聞こえ、ベッドに突っ伏していたヴィナスは顔を上げた。



「……シーマなの?」

 


 ドアが静かに開くと、ヴィナスは駆け寄った。



「ああ、シーマ、あなただったのね。どうしてもっと早く会いに来てくれなかったの? 私が一人ぼっちでどんな気持ちでいたか……」


「申し訳ありません。ヴィナス様。しかし、今は戦の真っ最中なのです。国王陛下を、貴女の大切なお父上を傷つけ、城を奪った悪漢を倒して城を取り戻さねばなりません。それに貴女の姉上、ディアナ様の行方も調べておりましたし……本当はずっとお側にいたいのですが……」



 シーマの優しい微笑を見た途端、気が抜けてしまい、ヴィナスは彼の腕の中に倒れこんだ。



「城が取り囲まれた時、貴方が助けに来てくれなければ、私は今頃……」



 城がイアン・ローズの反乱軍に取り囲まれた時、怪我を負った国王とヴィナスは王城内の隠し通路から逃げた。取り計らったのはシーマである。それからずっと、この城に王とヴィナスは匿われていた。



「アダムは? 私の侍従は無事なのかしら? 時間の壁が現れたことをダニエル・ヴァルタン卿に知らせに行ったはずだけど……」 



 シーマの指示でヴィナスはアダムを壁へと送り出していた。壁には通れる場所があると聞いていたから……

 

 シーマの顔から笑みが消えた。

 


「アダム・ローズは亡くなりました」

 

「何ですって!? ……私、本当に一人になってしまったわ。お母様も、お姉様だって生きているか分からないし……」

 

 ヴィナスはシーマの腕の中で泣き崩れた。



「気をしっかりお持ちください。貴女にはこのシーマがおります」

 


 言いながらシーマはヴィナスの涙を指で拭った。



「美しい貴女に涙は似合いません。気をしっかり持って。怪我と戦っておられる国王陛下のためにも」

 


 シーマの言葉は優しくヴィナスの胸に響く。

 薄く儚げなシーマの灰色の瞳。ヴィナスは熱に浮かされたようにぼうっとして、シーマを見つめた。



「ヴィナス様にお手伝いしていただきたいことがございます」

 


 シーマは美しい瞳でヴィナスをじっと見つめた。



「国王陛下の遺言を書き写してほしいのです。陛下はまだ意識のある内にと遺言を残して下さったのですが、怪我のせいで手が震えてしまい、正式な文書としては残して置けないくらい字が歪んでしまいました。ご本人の前で確認しながら内容を読み上げますので清書していただけないでしょうか?」

 

 ヴィナスは素直に頷いた。



「それと、国外にいる学匠シーバートへ手紙を送りたいので、内容を確認した上で封をしていただきたいのですが……」


「分かったわ」



 ヴィナスの父、国王クロノス・ガーデンブルグは意識はあったものの、ベッドの上で瀕死の状態だった。

 土色の顔に唇はひび割れ、目は酷く落ち窪んでどこを見ているかよく分からない。生気はほとんど失われていた。

 その国王を前にしてシーマは国王が書いたという汚れたメモを読み上げていった。



「予、遺言者、鳥の王国国王クロノス・ガーデンブルグは次の通り遺言する。下記の財産、及び権限を全て長子アレースに相続する。国庫内の財産、及び各地領主からの献納、鳥の王国全域、他国領有地内の国民、領主、聖職者に対する統治権、支配権、裁判権、議会発言権、及び決定権……王立軍、及びスイマー王都衛兵団と王騎士団の指揮権、王国内全ての教会の運営権、その他全ての国王が有する権限……」

 


 シーマはヴィナスが間違えないようゆっくりと読み上げていった。



「以下の財産、国の領有地であるカシャーン地方、チャルース地方、ギャンジャ地方……」

 


 その間、国王はずっと一点を見ていた。

 ヴィナスは父が聞いているのか不安になったものの、シーマの為に手を休めることは出来なかった。


「……長子アレースが亡くなった場合、この相続は次男アトラスに。アトラスが亡くなった場合は、三男エルメスに。エルメスが亡くなった場合は……息子全てが亡くなった場合は孫である王子達に。先に産まれた以下の順番に相続させる」

 


 そこでシーマは必死に書き写しているヴィナスの方をチラリと見た。



「全ての王子が亡くなった場合は、血縁の近い順にヴァルタン家、シャルドン家の当主に」


 

 ローズ家は一番血縁が近かったが、謀反人を出した為に除外されている。



「更にそれも叶わぬ場合は、上記当主の子息、長子から順番に王位の継承を行うように。ガーデンブルグの名と血を絶やさない為に第一王女ディアナとの養子縁組を執り行う。ディアナに何かあった場合は代わりに第二王女ヴィナスと……」



 ヴィナスは手を止めた。

 書くのに必死でほとんど聞き流していた。だが、今は自分のことを言っている。



「これはもしもの時の取り決めです。お気になさらぬよう」

 

 結局、ヴィナスは言われた通り全部書いた。



「お父様、これはお父様の遺言を書き写したものです。こちらにご署名を」 

 


 ヴィナスが指し示す場所に国王は頷くとサインをした。

 

 痛み止めのせいだろうか。

 いつもの父と違い、ボンヤリしているように見える。しかし、ヴィナスに考える余裕はなかった。



「さあ、次は学匠シーバートへの手紙をご確認願います」

 


 二人は国王を残してシーマの部屋へ移動した。 



「ねえ、シーマ、私とっても疲れたわ。お願い、休ませてちょうだい……」

 


 椅子に腰掛けてからヴィナスは言った。

 もう我慢の限界だった。

 

 ヴィナスの母はマリア・ローズの妹……つまり、謀反を起こしたイアンはヴィナスの従兄弟なのだ。

 兄のように慕っていた従兄弟がこんな恐ろしい事を起こし、頼りにしていた侍従のアダムまで失ってしまった。

 

 だから、シーマには辛い思いを聞いて欲しかった。

 遺言書の作成や学匠への手紙はそんなに急がなければならないものなのだろうか……

 シーマから優しく慰められることを期待していたのに、ずっと作業させられている。

 悲しさは頂点に達し、目に涙が滲んだ。


 ヴィナスの瞳が潤んでいるのを見ると、事務的だったシーマの態度は変わった。



「ヴィナス様、どんなに辛いお気持ちか……貴女の苦しみをどうぞ私にお分けください」

 


 そう言ってヴィナスの手を握る。

 ヴィナスは驚いてシーマを見つめた。


 シーマの顔は真剣だ。

 ヴィナスの気持ちを映し出すかのごとく、灰色の瞳は悲しみを湛えている。ヴィナスの頭の中は真っ白になり、体から力が抜けていった。

 


「シーマ、貴方は……」


「もう、何も言わないでください。私の気持ちを貴女はとうに知っているはずだ」

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