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大樹のこころを聴かせて  作者: 梅谷理花
第一章 道壱一族という呪い
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05 婚姻の儀

 屋敷からは車での移動だった。そんなに遠くはないけど、山に入るから足元が悪いのだと、つるばみが教えてくれる。


 宗主はやることがあるそうで先に行っているのだという。ほんの少しでも顔を合わせる時間が少なくなったことには正直ほっとした。


 屋敷のすぐ後ろにある山に入って登っていくと、ものの数分で荘厳な鳥居が見えて、車が停まる。


「こちらでございます。私はここまでですので、頑張ってらしてくださいね」


 隣に座っていたつるばみが言うと、とたんに心細くなってきた。


 つるばみだってこの里の人間なんだから決して完全な味方じゃない。でもたぶん、アヒルのこどもが最初に見た動くものを親だと勘違いするのと、これは似てる。


「いって、きます」


「はい、いってらっしゃいませ」


 あたしは車を下りて、鳥居をくぐる。神社の本殿の手前で、神主装束の人と宗主が話をしていた。


「ああ、来たね」


 あたしは宗主の声にこくりと頷く。こうやって他の男の人と並べると、宗主は意外と背が低い。それでもあたしと比べて10センチくらい差があるけど。


 神主装束の人があたしの方を向いて会釈した。


「本日の斎主を務める、白道(はくどう)和成(かずなり)です。よろしくお願いしますね、涼音さん」


「よろしくお願いします」


 あたしもおとなしく会釈を返す。反抗しても無駄だし、この人は仕事だからやっているのであって直接的には悪くない。


 なんでも、本当はこの里の神主は宗主の仕事らしい。今回は宗主本人が結婚するから傍系の人が神主の代わりをするのだと、つるばみから聞いていた。


「それじゃあ――始めようか」


 宗主がそう言うと、本殿から巫女たちが出てきた。――いよいよ、「婚姻の儀」だ。




 雅楽が演奏されて、森の中にしんしんと響き渡る。


 本殿に向かって右に宗主、左にあたしが並んで、宗主の前が斎主、あたしの前は巫女、と列になって本殿へ向かう。


 親族とかがいると盛大な列になるみたいだけど、宗主はあたしに妙な気を遣ったのか自分の親族を呼んでいない。だからずいぶんこじんまりした入場になった。


 巫女に示された椅子の前に立つ。神社の和風な感じに合わせた、木製の椅子だ。


「かけまくもかしこき――」


 斎主が祓詞(はらいことば)を述べて、大きな木の枝みたいなものであたしたちを軽く撫でていく。神前に出るためのお祓いだ。


 椅子に座って、斎主が祝詞を唱えるのをじっと聞く。その間あたしは事前に聞いていた順番を恥をかかないように思い返していた。


 次は三三九度の杯だ。巫女が三つの盃とお銚子を持ってきた。


 興味があってちょっと調べたことはあったけど、本当に目の前にあると少し面白い。


 ……相手がこの男じゃなかったら、の話だけど。


 巫女が三回目に注いだ小さい盃を、宗主に渡す。三回口をつけたそれを、宗主があたしに回してきた。


 これってそういえば間接キスとかそういう……ええい、考えるな!


 妙な戸惑いを一度ぎゅっと目をつぶることで振り払って、あたしは盃に口をつけた。


 実際にお神酒を飲むのはいちばん最後だけでいいらしいから、たぷんと揺れる液体を唇で三回受け止めてから口を離す。


 それをまた宗主に戻して、宗主がまた口をつけて、巫女に返す。


 二度目の盃も同じようにやって、最後の盃。


 横を盗み見ていたら、こくん、と宗主の喉が動いたのが見えた気がした。


 回ってきた盃に口をつける。三度目にそうっと、お神酒を少しだけ口に含んだ。


 苦い。飲み下すのもなんだか苦しいけど、どうにか飲み込んで、宗主に盃を返した。


 三三九度の杯は、永遠の契りをあらわす、んだっけ。そんなのただの言い伝えだけど、とうとうあたしはこの男から逃れられなくなったのだと、改めて感じてしまった。


 盃とお銚子を片付けると、巫女による神楽の奉納がある。座って眺めていると物珍しくて、ほんとうに、こんな結婚じゃなかったらもっと心が躍っていたと思うのに。


 この後がいちばん嫌な儀礼だ。誓詞奏上(せいしそうじょう)。キリスト教式でいう「病めるときも健やかなるときも」っていうあれ。


 だれが望んでこんな結婚をするっていうんだ。新婦は最後に自分の名前をそえるだけでいいっていうのがほんの少しの救いだった。


 神楽が終わり、斎主に促されてあたしと宗主は立ち上がる。


「今日の佳き日に私共は、道壱神社の大御前で――」


 宗主が誓詞の書かれた紙の内容を読み上げていく。あたしはつとめてそれを聞かないようにした。


 ……そういえば、血のためとか言ってたけど。宗主自身はあたしみたいな子供くらいの歳の娘と結婚するのをどう思っているんだろう。


「――青道縹悟」


「、冬室涼音」


 ぼうっとしていたら名前を言うのが一拍遅れた。でも誰も気にした様子はない。


 ほっとするのもつかの間、次の儀礼がある。


 斎主に渡された玉串を習った手順で奉納して、二礼二拍手一礼。祈ることなんてありゃしない。ただ黙って手を合わせた。


 これで終わりのはずだ。斎主がふっと身にまとう空気を和らげた。


「これにて、婚姻の儀は終了でございます」


 あたしは思わず小さく息を吐いていた。儀式というのはどんな内容でも緊張するものだ。


 入場と同じ並び順で、本殿を出る。参道まできて、あたしたちはようやく解放された。


 待ち構えていた車に、今度は宗主と並んで乗り込む。つるばみは来たときの車で帰ってしまったのだろう。


「結婚式はどうだったかな」


 宗主がのんきに声をかけてきたので、あたしはそっぽを向いてやった。


「……最悪」


「そうか」


 それきり会話もなく、あたしたちは宗主屋敷に戻った。

次話は6/10投稿予定です。

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