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大樹のこころを聴かせて  作者: 梅谷理花
第一章 道壱一族という呪い
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04 白無垢の朝

 あのあと、あたしには宗主屋敷の一室があてがわれて、女中もひとりつけられた。


 庭に面した角部屋には直前まで誰かが住んでいたのではないかと思うくらいしっかり家具がそろえられていて、恐怖を通りこして呆れてしまった。


 欲しいものがあれば言えば買ってもらえるらしい。そんな些細な気遣いとか、いらないけど。


 おじいとおばあには一通だけ手紙を出すことが許された。といっても、最悪なことに検閲つきだ。

 

 突然別れることになって辛いけど、探しても無駄だからふたりで長生きしてほしい、と最低限のことを書いて渡した。……ちゃんと届けてくれるんだろうか。


 食事はあの人と一緒に食べたくないと言ったら「婚姻の儀」という儀式をするまで、という条件つきで部屋に持ってきてもらえた。


 だからあたしは、お風呂場に行かないといけないのはどうしようもないとして、ほとんどの時間をその部屋にこもって過ごしていた。


 ――そして、その日はすぐにやってきた。


「失礼いたします」


「……どうぞ」


 普段より早い時間に声がかかって、起き上がりながら返事をする。着慣れない寝巻きのすそが乱れてしまうのは、まだしばらく直らなさそうだ。


 布団から出てすそを直していると、するりと入り口のふすまが開いていつもの女中が入ってくる。つるばみという珍しい名前だ。


「お手を」


「……はい」


 あたしが片手を差し出すと、つるばみはそこに口を寄せる。ちろりと舌がつたう感覚は、まだ慣れない。


 なんでも彼女は汗の味でひとの体調がわかるという特殊能力を持っている……とかなんとか。想像の範囲外すぎて意味がわからない。


「今日もご健康そうでなによりでございます」


「それは、どうも」


 気持ちのほうは全然健康じゃない。むしろ最悪だ。だって今日は……。


「お召し替えがございますので、隣の部屋にお移りくださいな」


「……はい」


 つるばみが出ていったところから部屋を出て、ふすまを閉める。彼女が示している隣の和室に入ると、部屋いっぱいに衣装の入った箱が広げられていた。――白無垢だ。


 普段見かけない女中が何人かいる。着付けのために駆り出されてきたのだろう。


「こちらへ」


「…………」


 あたしはひとつだけ息をついて、示された場所に立った。あとは彼女たちが勝手に着付けを始めてくれる。


 何も考えずにいよう。なるべくなにも感じないように。そうしたら、きっとすぐ終わるから。


 目を伏せてされるがままになって、どれくらい時間が経っただろう。あたしはつるばみのできましたよ、という声で我に返った。


 目の前に姿見があって、白無垢の、花嫁衣装の、あたしがいた。


「お美しいですねえ」


「……ありがとう」


 つるばみの素直な感想にはお礼を言っておく。綺麗なのは事実だ。自分でも驚くくらい。


 こんな結婚じゃなかったら、あたしだってもっと喜んだだろう。……今日は何度でも、おんなじことを思うんだろうな。


「おぐしが短くてらっしゃるから、結えないのが残念です。前髪はいつものように上げるのでよろしかったですか?」


「えっと、はい」


 つるばみはあたしのショートボブの髪を残念そうに見やって、いつもしているようにポンパドールに前髪を整えてくれる。


「あとはお化粧ですね。こちらにお座りになってくださいませ、そうっとですよ」


 言われたとおりに、膝くらいの高さの竹かなにかでできた椅子にそっと座る。


 人に化粧をされるなんて、小さな写真館でやった七五三以来かもしれない。あたしはくすぐったくて目を閉じた。


 化粧が終わって目を開け、最後に綿帽子をかぶせられたら、いよいよ花嫁衣装といった雰囲気。


 今度こそ完成だ。……つまり、儀式の行われる神社に行かないといけないということ。


 行けば、あの男がいる。避けてきただけに、いっそう顔を合わせるのが恐ろしく思えた。


 でも、こればっかりは、逃げられない。なぜなら、「あの男と結婚すること」が、おじいとおばあの命を守る条件だからだ。


 あたしは割り切れない頭を無理やり切り替える。


 なにも考えないようにしよう。淡々と儀式をこなすだけ。その意味を考えなければいいのだ。


「お時間です」


 つるばみの言葉に、あたしは静かに座椅子から立ち上がった。

次話は6/3投稿予定です。

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