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大樹のこころを聴かせて  作者: 梅谷理花
第三章 縹悟という男
37/54

37 聴こえる世界

 儀式は成功して、あたしの能力――聴覚と全感覚の共感覚が開花した。


 そこまではよかったんだけど、気絶から目が覚めてそれを説明するまでに音の多さに圧倒されて疲れ果ててしまって、その日は夕飯も摂らずに泥のように眠った。


 翌朝、いつもより早い時間に意識が浮上して、なんでかと思ったら庭で鳴いている鳥の声を耳が拾ったせいらしかった。


 前より格段に聴力が上がった耳に、さまざまな鳥の鳴き声が入り込んでくる。


 ちゅんちゅん、ちちち。


 高いその音は黄色っぽくてちくちくする。


 実際に目の前に図形が現れたりするわけじゃないけど、そう感じられるから不思議だ。眼鏡をスクリーンにする、って、あたしにも効果があるのかな。


 布団の上に起き上がってしばらくささやかな来訪者の声を楽しんでいたら、ふすまの向こうから小さな足音が聞こえた。これも前だったら気付かない音量だ。


「涼音様、おはようございます」


 つるばみの少し抑えめな声。突然聴力がよくなってしまったあたしを気遣ってくれているのだろう。


 つるばみの声は、暗めの黄色と橙色の中間くらいの色で、あたたかくほんのり甘い。


「おはよう、つるばみ」


 あたしが布団から出て返事をすると、これも音を抑えてふすまが開く。つるばみが入ってきて、いつものようにあたしの手を取った。


 ちろりと舌が這って、つるばみはひとつ頷く。


「昨日の儀式の疲れは少々残っておられるようですが、大丈夫そうですね」


「うん、たくさん眠ったら、とりあえずは」


 でも、たぶん昼くらいには音の洪水に耐え切れなくて頭が痛くなる気がする。こればっかりは、慣れないとたぶん無理だ。


「今日も鳶雄様がいらっしゃいますよ」


「わかった」


 いつものように着付けてもらいながら今日の予定を確認する。鳶雄は聴覚の共感覚だ。なにかアドバイスとか、もらえたりしないだろうか。




 朝の習慣は縹悟が気を遣ったのか会話が一切なく静かに過ぎて、あたしは客間に急ぐ。


 勢いよく開けたふすまの音が自分に刺さってちょっとダメージをくらっていたら、中にいた鳶雄が小さく笑った。優しい香りの薄茶の円が転がる。


「そんなに焦らなくても、知らせを聞いてとっておきのアドバイスを持ってきたよ」


「……ありがとう、鳶雄」


 小声で会話して、今日は客間に机が用意してあるのに気付いた。あと紙とペン。


「筆談?」


「そうしようかと思って」


 あたしは机をはさんで鳶雄の向かいに座る。鳶雄はさらさらとペンを走らせた。涼やかな味の銀糸が降るように視覚を刺激する。


【黒道家には、代々能力を制御するための暗示の言葉があるんだ。今からそれを教えるから、ゆっくり、感覚が落ち着くまで唱えてみて】


 あたしは見せられた紙の文章を読んで頷く。鳶雄は紙を変えてさらさらと短い言葉を書き綴った。


【世界は音を聴かせない。私の音を聴かせて】


 見せられた言葉はなんだか謎めいている。あたしは首を傾げながら紙を指さす。鳶雄はこくりと頷いた。


 あたしは小さく息を吸う。囁く程度の音量で、暗示の言葉を口にした。


「……『世界は音を聴かせない。私の音を聴かせて』」


 まだ遠くにいる鳥の声まで頭に響いてくる。あたしは何度か言葉を繰り返すことにした。


「……『世界は音を聴かせない。私の音を聴かせて』」


 何度か唱えたところで、頭がすっきりしたような感覚があった。音は聞こえているけど、受け取る方の準備が整った、と言えば近いのだろうか。


 あたしが唱えるのをやめると、鳶雄は口を開く。


「どうかな」


「……落ち着いた……みたい」


「よかった」


 鳶雄は丸眼鏡の向こうで優しく微笑む。あたしはふと、はるか昔のことを思い出した。


「……この言葉、昔、母さんから聞いた気がする」


「ああ……」


 鳶雄は納得したように相槌を打った。


「能力が現れるより先にこれを使うと、封印みたいになっちゃうんだ。桑子さんはそれを使ってこれまで涼音さんの能力を封じていたんだね」


「そう……」


 閉じられたこの一族を嫌った、母さん。ごめんね、あたし、道壱一族に帰ってきちゃったよ。


 母さんに思いをはせるあたしを、鳶雄は静かに見守ってくれていた。

次話は1/20投稿予定です。

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