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大樹のこころを聴かせて  作者: 梅谷理花
第三章 縹悟という男
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35 ひとつの小屋

 それから、みそぎとかいろいろ準備があって、ついに儀式の前日の夜になった。


 あたしの夕飯の膳には精進料理が並んでいる。向かいに座った縹悟が不思議そうに口を開いた。


「本当に文句ひとつ言わずにここまでくるとは思わなかったよ。何度も訊くようだが……どんな心境の変化だい?」


「思ったより大変だったけど。でも、あたしは逃げないって決めたから。この里からも、この一族からも、……縹悟からも」


「……そうか」


 それきり、縹悟は夕飯を食べるほうに意識を移してしまう。なにか考えるところがあるのかもしれないけど、それはあたしにはうかがい知れない。


 あたしも明日の儀式のことでわりと頭がいっぱいだから、今晩は仕方ないことにして夕飯を食べるほうに集中した。




 翌朝。車で連れて行かれたのは、青領の一角にあるこぢんまりした小屋だった。


「……この小屋の中で、儀式をするの?」


「この小屋じたいが儀式場、と言ったほうが近いかな。君はただ小屋の中にいればいい」


 今回の神主は縹悟だ。だからか、いつもより雰囲気が張りつめている。


「五感全てを一度に刺激して、感受性をこじ開けるというのが、今回の儀式だ」


 縹悟が袂から飴玉と手のひらくらいの布きれを取り出す。あたしに差し出してきたので、あたしは粛々とそれを受け取った。


「味覚と、触覚?」


「そういうことだね。視覚、聴覚、嗅覚は小屋の中に揃っている」


「なるほど……」


 あたしはまだ扉が閉まっている小屋を見つめる。ここで、能力を開花させるんだ。


「中央に座る場所があるから、君はそこに座って、その飴を口に入れる。今回はうまくいかない可能性もあるから、飴がなくなったら出ておいで」


「……わかった」


 縹悟が小屋の扉を開ける。あたしは緊張しながら、小屋の中に入った。


 ぱっと見てわかる、視覚を刺激する小屋の内壁に描かれた幾何学模様。


 嗅覚を刺激するのは、このつんと鼻をつくお香だろう。


 後ろで小屋の扉が閉まる音が聞こえて、そのあとはしん、と静まり返る。


 かと思ったら、ぽちゃん、ぽちゃん、と水がしたたる音が小屋の中に響き出した。


 小屋の中を見回すと、湧き水かなにかをしたたるように工夫した小さな桶がある。これが聴覚。


 小屋の中央にふかふかしていそうな座布団が置いてあって、あたしはそこに座る。


 言われた通り飴玉を口に入れた。砂糖の甘い味。手には麻かなにかのざらっとした布。


 こうやって五感を刺激していくんだ。


 あたしにはどんな能力が現れるんだろう。……そもそも、能力が現れるって、なにが起こるんだろう。


 飴玉がなくなるまでが勝負だ。あたしはどんな心もちでいればいいのかもわからないまま、緊張しながらなにかが起こるのを待った。

次話は2023/1/6投稿予定です。

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