27 白の思惑
宗主は自室じゃなくて奥の大広間にあたしを連れていった。照明をつけて、座布団を用意する。
女中を起こさずに自分でやるあたり、なんだか不似合いだ。
「座りなさい」
「…………」
返事をする気も起こらない。あたしは言われたまま示された座布団に座った。
「練は、君になんと言ったのかな」
「……あたしが辛い思いをする理由がない。誘拐もされないし、おじいとおばあも殺されないから、逃がしてくれるって」
「なるほど。実に練の言いそうなことだ」
「どういう、こと」
宗主はふと虚空を見やった。
「婚姻の儀の斎主をしていた和成を覚えているかな」
「覚えてる……けど」
「彼は白道家に下りた前宗主の弟の息子だ。白道家は、白道家の血が少し濃いとはいえ宗主家の血を引いているのだから和成をこそ宗主にするべきだ、と言い続けている」
「……だから?」
宗主はあたしに視線を戻した。ふちなし眼鏡に光が反射して、どんな目をしているのかよくわからない。
「白道家に――練にとっては、私も君も、邪魔なんだよ。決して、君のことを思ってやったわけではない。多少の同情はあるかもしれないが、自分の家の利益のために君を排除しようとした、それだけだ」
「……っ」
あんなに真摯だった、練の言葉は、打算で言われたものだったというのか。あたしは苦しくなって唇を噛みしめた。
宗主は淡々と話を続ける。
「もう誘拐されないとか、君の祖父母が殺されないとかいう話も、私を排除して和成を宗主につけた場合の話だ。私が宗主であるうちはどちらも否定することはできないし、私はこの座を譲る気もない」
「どうして、そこまでするの」
「青道家の主張としては、宗主の後見人の順番を乱したくないということはあるね。いずれ君の能力が開花すれば、君を宗主として迎えるだろう」
「あたし、……そんなこと、したくない」
あたしはじわりと浮かび上がってきた涙を隠すようにうつむく。ああ、でも、これだとすぐこぼれてしまうかもしれない。
「そうか。……それでも、私は君がこの里から出ていくことだけは許さない」
「なん、で」
とうとう涙がこぼれた。ぼたぼたと落ちて、止まらない。
「――他ならぬ私が、君のことを必要としているから、だよ」
宗主の声に、どこか悲壮なような、苦しげな響きが混ざった。
宗主があたしにこんなにあからさまに感情を見せたのは初めてかもしれない。
あたしは涙が止まらないまま、思わず顔を上げた。
「……あたしが、必要?」
「そう。誰に邪魔されようと、私は君を欲することをやめない。たとえ君自身がそれを拒んでも」
「…………」
あたしはとっさに返事ができない。どうして、この人はあたしをそんなにまで必要とするんだろう。
「……話しすぎたね。部屋に戻りなさい、もう夜も遅い」
「……はい」
話を打ち切るように言われた言葉に、あたしは頷いて立ち上がる。
ぐちゃぐちゃな顔をぬぐって、宗主の顔もろくに見ずに、大広間から出た。
次話は11/11投稿予定です。




