断罪屋〜滑舌の練習にどうですか〜
声に出して読みたいにぽんごです。
滑舌の練習にどうぞ。
「え〜断罪、断罪、断罪は要らんかね〜。」
「あっ、いたいた、そこな断罪屋、近うよれ。」
「これはこれは、どこのどなたかわかりませぬが、隠しきれないオーラから拝察しますに、お偉い立場のお方。どうなさいました?」
「これ、そのような大声で言うな。
(声をひそめて)……断罪セットを、買いたいのだ。」
(変わらぬ声の大きさのまま)
「成る程、皆様御立ち合い! ただ今巷で大流行、その名を知らぬ者は無い、飛ぶ鳥を落とす勢いの、
【悪役令嬢、婚約破棄、追放からの断罪】セット!
よーし、おまけにお家断絶、修道院への護送中に、賊に襲われ行方不明はどうだ!」
「しぃーーっ! しぃーーっ! 静かにせいと言うのに!」
「ははあ、申し訳ございません、営業の癖で御座いまして。お集まりの皆様方! こちらは、売り文句の練習です! Testing ,one,two, three.|
OK、マイクテスト終了。以上、散開!」
「令和の時代だからのう。(声をひそめて)……で、他のセットは無いのか?」
「おや、人気の悪役令嬢断罪セットを、御所望では無いので? (ようやく声をひそめて)そうなると、アレですか、【追放からの成り上がり】セット、ですか?」
「ふむ。断罪セット以外も扱っておるのか。して、それは、どのようなものじゃ?」
(声を張り上げて)
「さあて、さて! 皆様、御立ち合い、御立ち合い! 時は遡ること、数百年前。世は魔王軍の勢い弥増し、どこそこの国が滅びたと、風の聞こえは日々きな臭く、人心は乱れ、その様麻の如し!」
「(……。)」(無表情で)
「そんな折、異世界より転生した若者が、酒場で出会った仲間と共に、魔王討伐へ向かうとの、噂が駆け巡った。しかーし、しかし! 『異世界人よ、お前を追放する!』仲間からそう切り捨てられた異世界人、訳も分からず転生し、挙げ句仲間に見捨てられ、世を儚むも已むえ無し、かくなれば近辺に巣食う魔物の巣に単身、乗り込み、自暴自棄と成り果てようか。さよなら今生、いざ、その時!」
「(……。)」(白眼を剥きながら)
「顕れたのは、右手の紋章! 外れスキル【断腸之思】が発動し、魔物の巣は阿鼻叫喚、死屍累々。これが世に言うチートかと、合点のいった異世界人、そこから快進撃の始まり、始まり! かつての仲間が呼び止めて、戻って来いと言うものの、『今更、遅い』と突っぱねる!」
「ぽりぽりぽり」(煎餅を食べながら)
「ずずー」(お茶を飲みながら)
「はっ! すみません、お偉い方。つい、興が乗ってしまいやした。……それで、お求めのお品は、こちらですかね?」
「もぐもぐ、ごくん。(団子を飲み込み)
……ここらで、【悪徳領主から追放】セットを購入した者、そして追放された者について、調べておるのだ。元々は善政を敷いた領主が唆かされ、直訴しに来た町の代表を追放し、その後、セットの期限が切れ、元に戻るも、領地は暴動一歩手前。購入した者は捕縛し、領地に手を回し、ようやく立て直すものの、追放した町の代表は行方不明。牢屋のセット購入者が言うには、あいつは気に食わなかった、追い出したかった、ただそれだけだ。
(突然、土下座して)この通りだ、どうか、戻って来てくれないか! 私が追放した町の代表、断罪屋よ!」
「……おっと、いつからお気付きで?」
「その張り上げる声、調子に乗ると、立板に水の如く、語り始めるその癖よ! ついでに、特徴的な光る右手の紋章、かな。漏れてるぞ。」
「くっ、安物買いをしたために、隠し切れなかった!」
「どうか、戻って来てほしい。そして、私を支えてくれぬか。異世界人、タナカイチローよ。」
「な〜んてね、お偉いお方。あっしはただの断罪屋。調子に乗って、合わせてみただけ。東へ行けば悪役令嬢断罪セットを売り、西へ向かえば、追放からの成り上がりセットを売り、気ままなその日暮らし。お偉いお方のお支えなど、なれやしませんって。光栄ですが、人違いってことでね。」
「………。私は、周りが見えていなかった、セットに踊らされていても、出来ることはあった筈だ。済まなかった。
人違い結構、他人の空似と言うならば、ここで会うのも何かの縁だ、どうか気持ちを納めて欲しい。」
(ずしり、と重い袋を渡す)
(中からチャリチャリと音がする)
「いけませんぜ、そんなことで、たとえ本人だとしても、許されないことですぜ。」(素早く袋を懐に仕舞う)(悪くない顔で)
「(ほっとしながら)嗚呼、ありがとう。誠に済まなかった。しばらくはここに居るのか?」
「さあて、さて。流れ流れて、風任せ。明日はどこにいるのやら。」
「わかった。また会う日もあるだろう。では、領地に戻る。気が変わったら、来てほしい。……さらばだ。」
「さようなら、お偉いお方。(小声で)また会う日もあれば。」
(ガサガサ)
「ひい、ふう、みい、よー、おお、大金貨がこんなに!
これは手紙か。」
「前略
タナカイチロー殿
もしも、異世界の國へ戻りたいならば
こんな話を聞いたので書き留める。
悪役令嬢断罪セットを使い、傾国の姫になりすました後、追放されし修道院の地下へ行き、紋章が刻まれし扉を開けよ。
そこには異世界行きの魔法陣があり、紋章の主を異世界へ運ぶとか。
眉唾物だが、この話をした者は、いかさまの使い手だった。
敬具」
2月投稿に間に合ってホッとしました。