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涙の流星群  作者: 最上優矢
第三章 死者になり損ねた少女

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自己紹介

 それから小一時間ほど経ち、ショートホームルームの時間になった。


 チャイムの鳴る音とともに教室前方の引き戸を引いて現れたのは、小暮先生と夏奈さんだった。


 小暮先生は慈愛に満ちたほほ笑みを浮かべていたが、彼女の本性を知るぼくとしては、その人工的な笑みは不自然にしか見えなかった。

 夏奈さんはというと、何を思っているのか、思い詰めたような顔をしていた。


 小暮先生と夏奈さんが教室に入ってすぐ、教室内のあちらこちらから「季節はずれ」「転入生」というワードがささやかれ始めた。

 小暮先生が教壇に立ち、夏奈さんが教卓の正面に立った頃には、教室にいる同級生たちの興奮は最高潮に達し、目の前にヤクザ教師がいるのにも関わらず、彼らは好き勝手にしゃべっていた。


「みなさん、静かにしてください。ほら、不良のみなさん……静かに!」


 ついに小暮先生は偽物の笑顔を消し、鬼のような表情でぼくらを注意した。

 だが、そんな彼女でさえも手が付けられなくなるほど、教室内は祭り会場のごとく、賑やかで騒がしかった。

 きっと、あとで彼らは小暮先生からたっぷり油を絞られることだろう。


 今確認してみたところ、ぼくら八人は騒ぐことはせず静かにしていたので、どうにか説教を免れたいものだ。


「静かに、静かに……不良ども、静かにしろ!」


 小暮先生が吠えても、同級生たちは自分たちのおしゃべりに夢中で、ヤクザのような担任教師の言葉には一切耳を傾けずにいた。


 そんな同級生たちの暴走を止めたのは、なんと遙香さんだった。


「うるっさい、静かにして!」


 静寂。

 からのどよめき。


 遙香さんの珍しい怒声に対し、小暮先生や同級生らはそれぞれ驚き、顔を見合わせていた。


 無理もない、あの優しげな遙香さんが怒声を上げたのだ。

 驚かない人のほうが、どうかしていると言わざるを得ない。


 ぼくは驚くというより、遙香さんに対して感心していた。

 教室内の大騒ぎで自己紹介も始められぬ夏奈さんのため、遙香さんは声を荒らげたのだ。


 遙香さんの思いは夏奈さんにも届いただろうか?

 夏奈さんのほうを見ると、彼女はうっすらとほほ笑んでいた。

 どうやら無事、思いは届いたようだ。


 それからまもなくして、教室内は静まり返った。


 小暮先生は咳払いをしてから、今度はぎこちない笑顔で「みなさんの仲間になる生徒を紹介します」とぼくらに伝えたあと、クルリと後ろを向いて、黒板に夏奈さんの本名を大きくチョークで書いた。


 小暮先生に促された夏奈さんは、ぼくらの前で自己紹介を始めた。


「わたしは倉木夏奈。好きなことは人を観察すること、嫌いなことは自分の意志を曲げること。

 得意なことは意志を貫くこと、苦手なことは普通のままでいること。

 こんな変わり者のわたしだけど、意外にも寂しがり屋だから、よければみんなの仲間に入れてくれるとうれしいな。というか、仲間に入れてもらえないと、寂しいにゃん」


 にゃん、という語尾を聞いて、一部の男子生徒からは「おお」という感嘆の声が上がった。


 だが、一部の女子生徒には受けが悪く、夏奈さんをバカにするような言葉と誰かの冷笑が聞こえた。

 それらが耳に入った瞬間、ぼくは氷を胸に当てられたかのようにヒヤリとした。


 しかし、この場面でも遙香さんは活躍した。


 遙香さんは椅子から立ち上がると、今までにない険しい顔付きのまま、小暮先生に向けて言った。


「たったいま、夏奈を侮辱するような言動をした生徒がいたので、今すぐに特定してください。

 ここにいる同級生の顔と名前を知らない夏奈にとって、これは不安や緊張といったネガティブな感情につながると思いますので、早急に特定のほうをお願いします」


 しかし。


 小暮先生が遙香さんに返事をしようとしたとき、夏奈さんが身振り手振りを交え、遙香さんに抗議した。


「ちょっとちょっと、は・る・か!

 どうしてあんたはわたしの自己紹介を邪魔するの? わたしは自分なりの自己紹介で、自分という人間をみんなに知ってもらおうとしたのに、あんたってば、みんなの反応に過敏になりすぎ。

 それだと、この人間社会では生き残れないし、あんたの彼氏である翔くんにも嫌われるよ、このバカ」


 まさか夏奈さんから文句を言われるとは思ってもみなかったのだろう、遙香さんは夏奈さんのほうを見たまま、目を丸くして固まっていた。


 夏奈さんはというと、自分が言い過ぎたことに気付いて気まずいのか、それとも遙香さんのことをそれほどまでに責めているのか、遙香さんと視線が合わないよう、目を伏せていた。


 二人が静かになると、今度も同級生たちは自分たちの出番とばかり、遙香さんと夏奈さんの関係について憶測を言ったり、でまかせを言ったりして騒いでいた。


 無理もない。

 転入生のはずの夏奈さんが遙香さんのことを知っていたとなると、そりゃあ誰だって想像や妄想をたくましくするというものだ。

 もしもぼくが事情を知らなければ、ぼくだって勝手な憶測をしたかもしれない。

 反省。


 そんな騒動の最中、怒りを抑えられなかった人物による世にも恐ろしい声がした。


「絞殺、扼殺、殴殺……うふふ、あなたたちはどれがお好み?」


 ピタリと大勢の声がやむ。


 それはそのはず、例の言葉を発した小暮先生の目は殺気を帯びているだけではなく、醜く口元を歪めていたからだ。


 誰もが息を呑み、狂人と化した小暮先生を見つめていた。


 しかし結局のところ、小暮先生にとっての目的とは教室内の騒動を収めることだったのか、彼女は満面の笑みで「それでは倉木さん、廊下側の最後列の席に座りなさい」と夏奈さんに指示を出していた。


「あ……あ、はい。そうします」


 夏奈さんにも小暮先生の恐ろしさが分かったのだろう、彼女はぎこちなくうなずくと、身体を震わせながら、指定の席――ぼくの隣の席まで移動した。


 夏奈さんが椅子に座った直後、ぼくと夏奈さんの目が合った。


 とっさのことで、ぼくは何も反応できずにいたが、夏奈さんはニコリとほほ笑み、

「よろしく、翔くん」

 と愛想よく挨拶してくれた。


 残念ながら、ぼくは小暮先生に対する恐怖で、夏奈さんに会釈しかできなかった。


 ショートホームルームのチャイムが鳴り響き、あわてたように小暮先生はホームルームを終わらせた。

 小暮先生が教室から出て行ったことで、ようやくぼくらの緊張は解かれることになり、それぞれ安堵の表情を浮かべるのだった。

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