元婚約者の前に行列ができているのだが、何ごとだ⁈
気楽にお読みください。
楽しんでくだされば幸いです。
2021.6.23 日間ランキング短編1位、総合3位になりました。ありがとうございます。
「は~い、面会の方はこちらにお並びくださ~い。
アデライードお嬢様が順番にお会いしま~す。
列を離れられる方は並び直してくださいね〜!
あ~忙しいっ」
アホヤナー王国第二王子グラントは元婚約者アデライード・シランシーの家の前で立ち尽くしていた。
「なんなのだ、この行列は!!」
グラントは先日、《真実の愛》の名のもとに婚約破棄をした相手アデライードの様子を窺いにやって来た。
自分が真実の愛を見つけてこっぴどく振ったせいで、アデライードは伏せっているのではないか?
妄想してちょっぴり胸が痛んだのだ。
昨日は「婚約破棄でございますね。承りました。異議?ありませんわ。虐めた覚えもございませんから謝罪する理由もありません。それではお幸せに」とか言ってさっさと帰っていったが強がりだろう。
少々のことを指摘する嫌みな態度や、愛するパメラをお茶会に呼ばないなどの嫌がらせを泣いて謝るなら側妃にしてやってもいい。
愛するパメラには悪いが、すがるアデラを袖にしては男が廃る。
学園を卒業し自分はこれから王族として激務に身を投じる。
幼児体型の最愛の人に癒されるのもいいが、たまには豊かな胸も味わってみたい・・・グフゲフ。
そんなことを考えながらやってきた。
「あ、第二王子殿下!こんな平日昼間に暇っすか?
お嬢様に会われるならこの最後尾の看板を持ってお待ちくださいっす」
顔馴染の門番に《最後尾はこちらっす》と書かれた看板を渡された。
「この看板だな、って、俺は王子だぞ!!」
「私も王子だが並んでいる」
「私は公爵だが順番は守る」
前列に並ぶ者達に冷たい目を向けられた。
「あ、すまない...」
グラントはよっこいしょと看板を持って最後尾に並んだ。
* * *
「あら殿下。
昨日の今日で何の御用でしょう?」
昨日まで婚約者だった侯爵令嬢は、相変わらず華やかな美貌でグラントを出迎えた。
アデラの緋色の髪はきっちりと巻かれ乱れた様子はない。
深い蒼の瞳はいつも通り強い意志を湛え、白磁のような肌は艶やかだった。
落ち込んだ様子も泣いた跡も見られない。
いや、きっと後悔の涙を流したはずだ!とグラントは思った。
アデラは僕を慕っているのだから。
「お前が落ち込んでるかと様子を見に来てやったのだ!
ありがたく思え!」
グラントの言葉にアデライードは目を丸くしたかと思うと大きく溜息をついた。
「いらぬ心配だ」
「帰りたまえ!」
「まさか未練がましくアデライード嬢と復縁を狙っているのか?」
ずらりと令嬢の後ろに並んだ精悍な男達がアデライードの代わりに口々に言った。
「お、お前達は何なのだ!!」
グラントはたじろぎながら問うてみた。
「「「 我々は求婚者だ 」」」
「アデライード嬢は我々の中の誰かが幸せにする」
「淑女の中の淑女を振るとはいい度胸だ」
「まあいいではないか。おかげで我々にチャンスが回ってきたのだ」
「そうだな」
「貴様に用はない!とっとと帰れ!」
大迫力の面々を見ると、諸国の王族や貴族、大商人の跡継ぎ達だった。
「アデラ!この男たちと浮気をしていたのか?!」
愛称を呼ばれた令嬢はピクリと右眉を上げた。
「貴様はバカか」
「婚約者でもない者が愛称で呼ぶなどあり得ん」
「はははっ、アホで有名ですよ」
「やはりそうだったのか」
男たちは頷き合う。
グラントは顔を真っ赤にして地団太を踏んだ。
「君にも分かるように説明しよう」
穏やかな笑顔を浮かべながらも圧が凄い奴が進み出た。
確か海運事業で名を馳せる王国の王太子だとグラントは思い出した。
「アデライード嬢は幼い頃より虚弱な侯爵夫人の代理を務めていたことは知っているね。
我々は外交の場で令嬢に出会ったのだ。
その気品、美貌、各国の情報を調べ上げ退屈させない気遣い、聡明な令嬢に我々は心奪われた。
我が国が冷害に見舞われた折も侯爵に支援を嘆願してくれたと聞いている。
おかげで民は飢えることなく越冬できた。
素晴らしい女性だ」
「ああ、彼女なら共に国を盛り立てくれる。そう感じたね」と、大陸一の油田採掘量を誇る国の第二王子。
「素晴らしいセンスを持ったアデライード嬢なら、商会の女主人もこなしてくれることだろう」とは、大商人と呼ばれる商会の跡取り息子。
「だが、アデライード嬢は貴様と婚約しているからと我々に丁重に断りを入れられた」とは、軍事大国の守護神と呼ばれる大将軍。
「こんなバカのために手をこまねいてアデライード嬢を泣かせたなど、なんたる失態!」とは、大陸最強の傭兵団をまとめ上げる団長。
「早く呪い殺せばよかったのだ」とは、魔導士の国の長にして呪いに関して右に出る者はいないと高名な大魔導士。
「暗部でも使ってサクッと終わらせる方がよかったね」と、闇の王国と言われ大陸中の暗部の元締めと噂される公爵。
「今ここでやってもいいのだが....」とは、極北の氷の城に住み、吐く息は全てを凍らせると言われる氷の王子。
口々に恐ろしいことを言う。
グラントは震え上がった。
しかし、解せぬ。
「う、浮気をしていないというなら、なぜこのタイミングで貴公らはこの国にいるのだ?!
隣国でも2日はかかるだろう!
貴公らを侍らせるためにアデラ、いやアデライード嬢が呼んでいたのではないのか?」
グラントは勇気を出して聞いてみた。
「貴様が婚約破棄をするという計画が我々の国にまで漏れ聞こえてきたのでな」
大将軍が答えた。
「も、漏れていた?」
グラントは言葉を失った。
側近候補の近衛騎士団長の子息や魔導士長の子息達と共に秘密裡に練ったのに?
「極北の私の所まで流れてきたぞ」
「航海に出ていたら寄った港で噂になっていたね」
「どんな口の軽い側近だ」
「我々の国ならクビだな」
「クビで済むか?」
「すまないな」
「胴体とさよならだ」
「だな」
ワナワナとグラントは震えた。
「それで、こうして集まったわけだ。理解していただけたかな」
海運国の王太子が微笑んだ。
グラントは側近候補達の口の軽さに呆然としながら見ている方が気の毒なほど肩を落とした。
「殿下、私達は忙しいのでお帰りください。
婚約破棄の書類は父が早朝に出しておりますのでご安心くださいませ」
アデライードが声をかけた。
「も、もうか。早いな」
「一秒でも早く縁切りだ!と、自ら馬で駆けていく姿をお見かけした」
「夜明け前に見たぞ」
「高笑いしながら走っていたのは侯爵だったか」
もしかして、こいつらは夜明け前から並んでいたのか?と思ったが、聞く気力も無くなったグラントは帰ることにした。
「あ、殿下、看板は門番に渡してくださいね」
アデライードの言葉に、この国の第二王子はよっこいしょと看板を担ぎあげた。
* * *
「殿下~!アデラ様はおちこまれてました?」
グラントは最愛のパメラの元に帰ってきた。
ふわふわとした綿菓子を思わせるピンク色の髪と気の抜けた甘ったるい声に安心する。
「いや、落ち込んではいないが忙しそうだった」
「あら~いたたまれないから他国に逃げるのかしらぁ」
「他国には行くかもな」
「路頭に迷ったらいいきみですぅ」
「うーん、それは無さそうだな」
「えぇ~つまんな~い」
「いいじゃないか、僕らが幸せなら」
もうアデライードのことは忘れたい。
グラントはそう思った。
* その後のグラント *
アデライードはあの中の海運国の王太子と婚約し、それは華々しく巨大豪華客船に乗って嫁に行った。
侯爵夫妻も一緒に高笑いしながら国を去った。
ふん、最後まで鼻につく奴らだ。
しかし、これで国一番の領地は僕の物になる!
パメラと結婚し公爵として叙爵。
領地は豊かな元侯爵領。
我が国と貿易するなら、領地にあるあの港を必ず使用する。
近隣の海なし国もあの貿易港を使うしかない。
俺を罵ったあいつらから使用料をぼったくってやる!グフゲフッ
「何を言っている?
シランシー侯爵の領地は弟の宰相が管理を引き継いでおる。
お前の領地になどならん」
父上はボケたのだろうか?
あの領地は元々僕が引継ぐものだったのだ。
侯爵がいないなら国へ返すべき領地だろう。
「宰相、説明してやってくれ」
父上はため息をついて横にいた宰相に丸投げした。
「あー殿下、あの侯爵領が大陸の東側で指折りの貿易港を中心とした都市であることはご存知ですね」
「ああ」
「あそこはかつて小さな漁村でした。
100年ほど前、シランシー家が私財をつぎこみ埋め立て、山を開拓したのが始まりです。
代々、莫大な私財が注ぎ込まれたシランシーの私物です。
港も皆、使用料を払い使っているのです。
王家も例外ではありません」
そうなのですか?!と父上に聞くと頷いていた。
「我がシランシー家の者だけは家族割りが適用されます。
何と半額!
一族総出で頑張ってきた褒美だと曾祖父の代から続いてきました。
皆が我がシランシー家と縁戚になりたい訳がお分かりですね?
王家も例外ではありません。
姪のアデライードとの婚約は国王陛下たってのお願いでした」
アデライードが僕に惚れていたんじゃなかったのか?!
「お前がアデライード嬢と結婚しておれば家族割りが使えたのにのう。
地元割りだけじゃ、このバカタレが」
「陛下、お得意様にはクーポンも配らせていただいております」
「もうちょいどうにかならんのか?ゴールド会員割引とか」
割引、割引と父上はどうしたというのだろう。
「分かっていないと思われるので言いますが、私が引き継いだと言っても名義は兄のもの。
やがてアデライードやその子供に利益の6割が入ります。残りは私が管理料としていただきます。
しかも、持主が海運国エバースターの住民となられたので税金を納めるのはあちらの国。
我が国の税収は減ります」
父上は深いため息をまたついた。
「大事な貿易港を買い取ることはできないのですか?!」
「国家予算10年分を払えると思うか?維持費も莫大だ」
「はい、我が国にそんな余裕はございません」
「痛いのう。お前がアデライード嬢と結婚していればこんな悩みはせずに済んだのになぁ」
また父上がため息をついた。
「で、では私はどうなるのです?王位は兄上が継がれるのですよね」
侯爵領を継ぐつもりでいたので何も考えていなかった。
「爵位が欲しければ授けてもいいが、空いた領地はないから爵位だけだ。
領地が欲しければ辺境伯爵夫人が夫君を亡くされ伴侶を探している。
顔が良ければ何も問わない。
お前は顔だけはいいから大丈夫だろう。
恋人がいればお前の妾として受け入れるそうだが、どうだ?」
「付け加えますと御年68歳です。胸が豊かな美魔女と名高い方ですので悪くはない話かと」
「ち、父上より年上ではないですか!!!」
* その後のアデライード *
「アデラ、吹き出していたが叔父上から手紙かい?」
「はい、相変わらずですのよ」
私が海運国エバースターに嫁いで一年が経とうとしています。
夫である王太子殿下は国王になられるに相応しい方。
それにとてもお優しく、他国に嫁いだ寂しさなど感じることはありません。
深い愛情に包まれて幸せに暮らしています。
けれど気になるのは祖国のこと。
宰相の叔父上が私の性格をご存知なので時折り手紙で様々なことを知らせてくださいます。
「第二王子が68歳の辺境伯爵夫人と結婚されたようです。王子はまんざらでもなく今はお妾になったパメラ様と三角関係だとか。パメラ様には夫人が亡くなるまで我慢と言っているそうですが夫人は長寿の家系。100歳超えは当たり前だそうです」
「話題に事欠かない奴らだね」
王太子殿下は苦笑しながら私に温かな羽織りを掛けてくださいました。
「春には生まれてくる子のことを叔父上に知らせないとね」
私は頷きお腹に手を当てました。
「姫ならまた君のように求婚者が列をなしそうだ」
「ならば王太子殿下のような素敵な方ときっと出会えますわ」
アデライードは夫に微笑んだ。
end
★おまけ
婚約破棄の書類が揃ったのが早朝だったので、侯爵様は自ら馬で総務大臣宅へ向かい、大臣を叩き起こして受理させました。
これで縁切りだ〜!
シランシー元侯爵はエバースターで隠居予定でしたが顧問になってと声がかかり相変わらず港に出勤してます。
姫君が産まれたエバースターには元求婚者の皆様から山のような贈り物が届けられました。
今では皆様、酒飲み友達です。
拙いお話しを読んでいただけて嬉しいです。
ありがとうございます。
お手数ですが星をいただけると励みになります。
よろしくお願いします。