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第二十四話 蝶々


「ふぁあ……」


 欠伸を一つしてキャンプ道具の寝袋から起き上がった。

 俺に割り当てられた寝室から出ると迷路の通路に出る。

 何度も寝起きした場所とあって、迷うことなく迷路を抜けた。


「あ、おはようございます。イヅナくん」

「おはよう、凜々。洗面所あいてる?」

「今は……大丈夫ですよ」

「よかった。顔洗ってくる」


 顔を洗い、歯を磨き、着替えを行う。

 非日常もこの頃になると日常のようになってきた。


「お手!」

「わん!」


 咲希は今日もミカンに芸を教えている。

 お座りをしているあたり、まだまだ道のりは遠そうだ。


「詩穂は?」

「ここよ」


 食料庫から声がしてそちらに向かう。


「なにしてるんだ?」

「リストを作ってるの。なにがどれくらいあって、どれだけ保つか。把握しておいたほうがいいでしょ?」

「なるほど」

「冷凍庫のお肉や魚にもラベルを貼って置いたわ。古い順に使って」

「助かる。よく気がつくな」

「管理は生き残る上で大事なことなのよ? これくらいはしておいて当然だわ」

「耳が痛い」

「責めてるんじゃないわ。大丈夫、これからは私が管理をするから。リストはここに置いておくから使ったら印を付けてちょうだい」

「了解。じゃあ早速、朝食のためになにか持ってくよ」


 棚に並んだ調味料や缶詰を眺めて今日の朝食を考える。

 朝食と言えば卵焼きや目玉焼き、スクランブルエッグとなにかと卵が目立つ。

 けれど、世界がこうなってしまった以上、新鮮な卵は手に入らない。

 売られているものはすでに腐ってしまっている。


「まぁ、塩焼きかな」


 シンプルな料理に外れなし。

 冷凍庫の空きも作れていい。

 棚から塩を取ってリストに印を付ける。

 冷凍庫から一番古い魚を取りだした。


§


「えーっと、あとは医薬品かぁ」


 瓦礫橋を渡りつつ咲希は詩穂から渡されたリストを見て呟く。

 すでに衣服と食料は調達済み、あとは万が一のための医薬品だ。


「お、あった。イヅナ、ここだぞ」

「どれどれ」


 指差された先に薬局を見付ける。

 瓦礫橋をそちらに繋げて、正面入り口の自動ドアを手動で開けた。

 中は散らかっているが、荒らされている様子はない。


「持てるだけ持っていこう」


 保管されていた薬をくしゃくしゃのレジ袋に詰めていく。

 手にとって名称を見ても何の薬かは見当もつかないが、とにかく手当たり次第だ。


「なぁ、イヅナ。これ、いくつか落ちてたけど、なにかの役に立つかな?」

「処方箋?」


 一枚渡してもらい目を通す。


「基準にはなるかも。ここに載ってる薬なら一日何回、一回にどれくらい飲むのかわかる」

「なるほど。でも、何の病気に効くかまでは書いてないんだよなぁ」

「まぁ、それはしようがない。誰かが病気になったら避難所にいこう。医者がいるはずだし、中に入れなくても診てくれる……はず」

「医者の良心に任せるしかなさそうだなぁ」


 そう言いつつ、薬と一緒に幾つか拾い上げた処方箋を持っていくことにした。


「よし、帰ろう」

「オッケー」


 持てるだけの薬を持って薬局をあとにする。

 外に出ると一瞬影が過ぎり、すぐに頭上に目を向けた。


「いるな」


 青空を背景に飛ぶ鳥の魔物だ。

 あの時の巨鳥よりはサイズが小さい。以前に食ったこともある奴だ。

 奴はぐるぐると旋回していて、どこかに飛び去ろうとはしない。

 しばらく様子を見ていると痺れを切らしたのか、こちらを狙って急降下してきた。

 鋭い鉤爪を尽きだし、俺たちを攫おうとする。


「あたしに任せな」


 咲希は冷気を放つナイフを操り、弾くように飛ばす。

 弾丸の如く駆け上がったそれは鳥の魔物を貫くとともに瞬く間に凍結させた。

 大きな氷の塊と化したそれは重力に引かれて落ち、アスファルトに激突して砕け散る。

 その中からナイフが飛び出し、咲希の手の中に舞い戻った。


「へへーん。どんなもんだい」

「お見事」


 砕け散った魔物の側に近づいて一つ拾い上げる。

 解凍すれば食べられそうだが、やめておこう。

 十分に血抜きしないと焼いて食べた時に口の中がざらざらする。

 それに今は冷凍庫に空きがそんなにない。嬉しい悲鳴だ。


「じゃあ、今度こそ――」


 氷の破片を置いて立ち上がるとひらひらと舞う蝶々を見る。

 今回で三度目だ。


「最近、よく見るな」


 目で追い掛けると、その蝶々は薬局の屋根まで飛んでいく。


「蝶々ってあんなに高く飛べるんだー」

「……ちょっと追い掛けてみるか」

「へ? なんで?」

「蝶々を追い掛けると良いことが起こるんだ」


 刀を見付けられたし、バスに迫るゾンビにも早く気づけた。

 今回もなにかあるかも知れない。

 ただの偶然が重なっただけかもだけど、確かめて損はないはず。

 瓦礫橋を作って屋根の上まで登ってみる。


「んー」

「なんかあった?」

「お?」


 屋根を見渡すと大きな鳥の巣があった。

 近づいてみると大きめなサイズの卵がいくつか入っている。


「これ、食えるかな?」

「親のほうは食えたし、卵も大丈夫じゃない?」

「じゃあ、これも持って帰ろう」

「そっとな」


 割らないようにそっと回収して俺たちは拠点へと帰還した。


「たしか卵は食べさせても大丈夫なはずよ。生は危険だし油もよくないから、ゆで卵が一番ね。上げすぎにも注意しないとだから、半分くらいあげてみるのがいいわね」


 と、詩穂が言うので、ミカンに魔物の卵の安全を確認してもらう。


「大丈夫だと思うんだけどな」

「魔物でも鳥が産んだ卵なら基本的に毒はないわ。たぶんね」


 半分に切り分けたゆで卵をミカンが食べる。

 それから数時間様子を見たけれど、ミカンの体調に異変はない。


「平気か? 腹の調子は?」

「わん!」

「そうか、大丈夫か」


 元気な返事だ。


「よし。今日は久々に卵料理だ」


 魔物の卵料理は、久々に食べたこともあってか絶品だった。

 三人にも好評だったので今度からは屋根の上を注意深く探すことにしよう。

 やっぱり蝶々は幸運に導いてくれる。


§


「真央を捜すにあたって、考えてみたの」


 テーブルを囲んで、話し合う。

 議題はもちろん凜々の友達捜しにおける最後の一人、真央についてだ。


「なぜ、真央は姿を消したのか。それは恐らく光の爆発のせいだと思うの」

「スキルホルダーになったから姿を消しちゃったってこと? 詩穂ちゃん」

「可能性はあると思うわ。それに考えていて一つ、仮説を思いついたの」

「仮説って?」


 咲希の問いを受けて、視線が俺のほうを向く。


「イヅナくん。あの紫色の光に飲み込まれた時、なにをしてたか思い出せる?」

「あの時か……」


 あまり思い出したくないことではあるが、記憶を呼び起こした。


「とにかく、逃げようとしてたな。必死に走って、ドアノブに手を伸ばして、それで……」

「それで?」

「静電気が起こった」

「凜々、あなたは?」

「私は川に落ちて……」

「咲希」

「あたしはナイフの手入れをしてた」

「つまり……」


 ここまでくれば予想はつく。


「そう、スキルは光を浴びた瞬間になにをしていたかで決まるの。私は擦り傷の手当を自分でしてたから」

「血を操れるようになったわけか」

「そういうことだと思う。これが当たっていたなら真央のスキルも推測できるはずよ。どうして消えたかもわかるかも。二人とも、憶えてない?」

「んー……あたし、ナイフの手入れに夢中だったからなぁ」

「あたしもよ、自分の傷しか見てなかった。凜々はどう?」

「んー……憶えているような、ないような……」

「しっかりして、凜々。真央を見付けられるかも知れないわ」

「たしか川に落ちる前に話をしたはず……んんん、でもなんだったっけ……」


 どうやら川に落ちた衝撃ですこし記憶が飛んでいるみたいだ。

 頭を悩ませるいるが、当時の記憶を蘇らせるには時間が掛かりそうだ。


「茶を入れてくるよ」

「えぇ、お願い」


 席を立ち、台所へと向かう。

 湯沸かし器で湯を沸かし、茶を入れて戻るとまだ思い出せていないようだった。

 盆をテーブルの上に置いて茶を配り終わり、一息をつく。


「拠点の話をしてたような……んんー……」


 それを聞いて何気なくこの拠点を見渡してみる。

 世界がこうなってから住み始め、もはや見慣れてしまった生活空間。

 その中にまたしても蝶々を見る。


「蝶々……」


 これで四度目。

 もし偶然じゃないなら。


「凜々、蝶々じゃないか?」

「蝶々……あー!」


 凜々が大声を上げて立ち上がる。


「それです! 蝶々! あの時、真央ちゃんの指に蝶々が止まってました! 私、それを見て可愛いねって。その直後でした!」

「じゃあなにか? 真央は蝶々になってるってのか?」


 ひらひらと舞う蝶々が咲希の目の前を通る。


「あれが真央?」

「捕まえて! 優しくよ!」


 誰もが真央かも知れない蝶々を捕まえるべく立ち上がった。

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