第二十一話 それぞれの役割
翌朝になって俺たちは現場へと向かった。
瓦礫と血の結晶の橋渡しによって屋根を行き、高所からバスを見下ろす。
十字路の中心にバスはあり、その周囲には停車した自動車が多くある。
その関係で動かせたとしても後ろにしか進めそうにない。
それもバスの車体がギリギリ通るか通らないかの幅しかなさそうだ。
でも、やるしかない。
「準備はいい? 作戦開始よ」
詩穂が合図し、凜々が辺りに雨を降らせる。
十分に濡れたところで、その中心部に稲妻を落とす。
濡れた地面を伝播してほぼすべての魔物が感電死した。
「これだけの数を一瞬で……」
驚く岸辺さんだったが、想定していた通りまだ生き残っている魔物がいる。
その二体は各々のスキルで感電から逃れていた。
どちらも人型だ。
「次よ!」
「オッケー! 特攻隊長の出番だ! 行くぞ、イヅナ!」
「あぁ、派手に行こう」
屋根から飛び降りて自動車に飛び乗り、死体だらけの地面に降りる。
こちらを視認した二体は水飛沫を上げ、風を身に纏っていた。
「あたしが風のほうをやるよ」
逆手に持ったナイフが火炎を纏う。
「なら、水のほうだな」
抜刀した刃が雷を帯びる。
「時間稼ぎでいいんだからな、咲希」
「わかってるって。でも、倒したって構わない、でしょ?」
「まぁ、たしかにな」
そう会話を交わしつつ、互いの相手とにらみ合う。
俺たちが引きつけている間、凜々、詩穂、岸辺さんはバスへ。
そちらに注意が行かないように派手に暴れないと。
「さぁ、やるぞ!」
「オッケー! 遅れは取らないぜ!」
地面を蹴って駆け、あちらも合わせて動く。
放たれた水球を帯電刀で斬り裂いて、水の魔物に斬りかかった。
§
小銃を構えた岸辺さんを先頭に私たちはバスへと辿り着く。
開きっぱなしの出入り口に駆け込むと、中に潜んでいた魔物と目が合ってしまう。
「私が」
いち早く詩穂ちゃんが反応して、魔物は結晶に貫かれて命を落とす。
ほかに気配はないみたいで構えていたライフルを下げた。
「よかった。ついてる。鍵が差しっぱなしだ。手間が省けたぞ」
岸部さんが鍵を捻り、エンジンの音がする。
だけど、それはすぐに鳴り止んでしまう。
「あぁ、くそ。えーっと、あぁ、そうか」
シフトレバーやなにやらを操作してもう一度鍵を捻ると、今度はエンジン音が止まらずに済んだ。
「よし! あとはここを抜けさえすれば」
岸部さんはバックモニターを凝視しながら、放置された自動車の隙間を縫うように移動させる。
多少の無理は承知の上。
車体を削り、押しのけ、破壊しながらも、狭い幅を通り抜ける。
へこみも削れもしたみたいだけど、これで難所は越えられた。
「このまま逃げられる。二人を拾ってさっさと逃げるぞ!」
「私が呼んできます」
出入り口から飛び降りて外へと出る。
目を向ければ咲希ちゃんとイヅナくんが激しい戦闘を繰り広げていた。
「二人とも――」
「――待って! 待ってくれ! 頼む!」
二人に声を掛けようとした瞬間、背後から切羽詰まったような声が聞こえてくる。
振り返るとゾンビの群れに追われている二人の男女がこちらに駆けていた。
「助けてくれ!」
「お願い!」
二人の叫びを無視することは出来ず、私はライフルを構えて引き金を引いた。
§
放たれる水弾を反射的に迎撃し、返しに指先を伸ばして雷撃を見舞う。
稲光と共に伸びたそれは水の魔物を直撃するが、受け流されてしまった。
「チッ、楽勝かと思ったのに」
奴が身に纏う水の流れによって雷撃が本体から逸らされる。
いくら打っても水の表層を流れるだけで地面に逃がされてしまっていた。
そのまま感電してしまいそうなものなのに。
「かと言って近づこうにもな」
水弾の乱射がキツく、容易くは近づけない。
相性が良いように見えて、実は悪い相手だった。
「くそぉ! 面倒臭い奴!」
側で戦っている咲希も苦戦中みたいだ。
火炎が風で乱されるようで、冷気も同様に押し流されてしまう。
選んだ相手が悪かったか。
「くっ」
放たれる水弾を帯電刀で捌いて後退する。
それと同じタイミングで咲希も引いたのか、背中合わせになった。
「よう、イヅナ。苦戦してんじゃないの?」
「そっちこそ、打つ手無しって感じに見えるけど?」
「はっはー」
笑いはすれど、違うとは言わない。それが現実だ。
二人揃ったことを警戒してか、魔物もほうも様子を見ている。
けど、それも長くは続かない。
「近づければ」
「近づければな」
同時に呟いた言葉と共に、ふと閃く。
「咲希」
「イヅナ」
互いに名前を呼び合い、同じ考えと知る。
そうとわかれば話は早い。
タイミングを合わせて入れ替わり、咲希が水の魔物に氷柱を放つ。
同時にこちらは雷撃を風の魔物に見舞った。
放たれた氷柱は水弾を貫いて本体に突き刺さり、一瞬にして凍て付かせる。
突き進む雷撃は風の刃を焼き払って直撃し、胴体に風穴を開けた。
「こっちはオッケー!」
「こっちもだ!」
再び入れ替わり、本来の相手へ。
氷を突き破って水の魔物が自由を得る頃にはすでに至近距離。
振り下ろした帯電刀が血肉と骨と共に命ごと断って焼き切る。
一方で風の魔物が怯んだ隙に近づいた咲希の刃が突き刺さり、肉体の芯から凍て付かせた。
ナイフが乱暴に引き抜かれると、それはバラバラに砕け散る。
「ふぅー! 危なかったぁ!」
「でも、どうにかなった。ふぅ……」
安堵の息が漏れ、膝に手をつく。
「ほら、バスに戻ろう。そろそろ動かせたはずだ」
「そうだな」
背筋を伸ばして帯電刀を納刀し、顔を持ち上げる。
そうすると目の前を一羽の蝶々が飛んでいく。
それを追い掛けた先に、バスへと迫るゾンビの群れを見る。
「あぁ、不味い!」
「行こう! イヅナ!」
俺たちはすぐに蝶々を追い抜いてバスの援護へと向かった。
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