第十四話 火と氷と雷
扉を破ろうと数体の魔物が体当たりをする中、夜空から無数の雫が降り注ぐ。
それが十分に周囲を濡らすと俺の出番がやってくる。
窓から標的を視認しつつ、稲妻を纏って雷撃を落とす。
雫と共に向かった雷は濡れた地面を介して伝播し、周囲すべての魔物を感電させる。
悲鳴を上げる暇もなく、魔物たちは息絶えて地に伏す。
だが、例外がいた。
「あいつ……」
白い冷気の中に佇む人に似た魔物。
奴だけは感電から逃れていた。
「氷の……鎧？」
その魔物は全身を氷で包んでいる。
その様は凜々の言うとおり、鎧を身に纏っているようだった。
「り、凜々の水を利用されたのか？」
「たぶんな」
奴の周囲だけ濡れていない。
凜々の水を凍て付かせて身に纏うことで感電から逃れたんだ。
「クララララ」
おもむろに扉へと手を翳した氷の魔物は、吹き荒れる吹雪を放つ。
それは容易く扉を破壊し、氷の足跡を残しながら中に入って来た。
「ど、どうしますか？」
「相手が水を利用するなら凜々は分が悪い。それに」
窓の外へと目を向けると、暗がりからまだ何体かの魔物が出てきていた。
「ほかの魔物を近づけさせないでくれ」
「わかりました」
「じゃあ、行こうぜ。イヅナ」
「あぁ、俺たちはあの氷の魔物だ」
廊下を駆けて階段を下り、広間へと降りる。
ちょうどその時、広間の扉に氷が這って凍て付いた。
それが弾けたように粉々に砕け散り、冷気を身に纏った氷の魔物が現れる。
途端に部屋の気温が下がり、息が白く染まった。
冷たいものが足下を通り過ぎていく。
咲希がナイフに火炎を灯すも、氷の魔物は逃げる様子はない。
「パワーアップしてるみたいだ」
「戦いは避けられないか」
こちらも稲妻を纏い、臨戦態勢に入る。
「クララララララ」
氷の魔物が鳴き、こちらに一歩踏み出す。
それを合図に火炎の刃が飛び、その後に続く。
稲妻の出力を上げて、氷の魔物に雷撃を見舞う。
火炎と雷撃が溶かして水へと戻す。
だが、それでも分厚い氷の鎧は破壊しきれない。
更には溶けた部分が再度凍て付いて、簡単に修復されてしまった。
「マジかよ」
攻撃が無為に終わり、反撃がくる。
両手がこちらに翳され、大量の冷気が押し寄せた。
「――咲希！」
咲希のナイフはまだ氷の鎧に突き刺さったままで防御の手段がない。
だから、地面を蹴って飛び出すように咲希の前へ。
スキルの出力を引き上げて全身に纏い、稲妻の熱で冷気を凌ぐ。
「寒いッ、けど！」
身を切るような冷たさに耐え、右手を伸ばして指を差す。
そこから先へと雷撃が伸び、氷の魔物を打つ。
それはまたしても氷の鎧を浅く溶かすだけに終わったが、衝撃で怯ませたことで冷気は止まった。
「サンキュー！ 助かった！」
「ど、どう致しまして」
震える声で返事をしつつ、怯みから戻った氷の魔物を見据える。
奴は冷気が効かないと見るや、肉薄して接近戦を仕掛けてきた。
「あたしに任せろ！」
身構える中、咲希が飛び出す。
突き立てたナイフを手元に引き寄せ、逆手に握り締める。
繰り出される氷の爪を、燃え盛る刃で捌く。
その動きは明らかに、何らかの武術を習得している動きだった。
「俺もッ」
入れ替わり立ち替わり咲希が戦う最中、氷の魔物が背を向けたタイミングで雷撃を放つ。
背を打たれて大きく怯めば、そこに火炎の刃が刻まれる。
氷の鎧は次第に溶けて薄くなり、本体が透けて見えて来た。
このまま行けば押し切れる。
そう思ったのも束の間。
「クララララララララ！」
冷気が弾け、全方位に霜が走る。
氷の魔物は周囲全てに冷気を放つことで咲希を吹き飛ばした。
同時に薄くなっていた氷の鎧も元の厚みまで逆戻り。
「ラララ……」
そうしてこちらに目を向けると、氷の爪を振りかざして襲い掛かってくる。
俺に武術の経験はない。殴り合いの喧嘩なんてしたこともない。
そんな俺に氷の魔物の一撃が避けられるはずもなかった。
そう、本来なら。
「――」
振るわれた一撃を躱す。
二撃、三撃と立て続けに爪を流れ、それすらも回避する。
攻撃を見切れているわけじゃない。
次にどう仕掛けてくるかなんて見当がつかない。
だけど、氷の爪が伸びた瞬間には、なぜか回避動作を行えていた。
それは常に相手の一手先を行っているようで、とても奇妙な感覚だ。
「――ここだ」
突き出された氷に爪を紙一重で躱し、握り締めた拳を胴体に見舞う。
素人の殴打だ、そんなもので氷の鎧はどうにもならない。
だから、ここを基点に最大出力の稲妻を氷の魔物に流し込んだ。
「熱でッ、溶かせばッ！」
稲妻の熱で局所的に氷を溶かし、濡れた拳が本体に触れる。
「感電すんだろ！」
瞬間、氷の魔物に稲妻が駆け巡り、全身を硬直させた。
「ガガガ……」
だが、それでも絶命しない。
感電しながらも冷気を放出し、こちらを仕留めにかかった。
冷たい空気が頬を撫で、口の中を凍らせる。
感電死か、凍死か。
どっちが先にくたばるかの勝負――には、ならない。
「あたしを忘れてんじゃねぇ！」
氷の魔物の背後から火柱が上がる。
それは一振りの刃となって氷の鎧を貫く。
胴から雷を、背中から火炎を、同時に浴びて氷の魔物は悲鳴を上げた。
冷気の出力も急速に落ち、ついには途切れ、氷の鎧が溶け落ちる。
「アァアアァアァアァアァアアアッ！」
断末魔の叫びを上げて、氷の魔物は息絶えた。
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