第一話 すべての始まり
昔から静電気に悩まされていた。
「いてっ」
自動販売機に百円玉をいれた瞬間、またしても指先に電流が走る。
慣れたことでも痛いものは痛い。
「今日も絶好調だな、イヅナ」
「まぁな」
静電気除去のキーホルダーを握り締め、再び百円玉を入れた。
「そういやいつからなんだ?」
「小学生の時にはもうあだ名がデンキウナギだった」
「発電器官がどっかにあるんじゃねーの」
「バカ言え」
ボタンを押して落ちてきた缶ジュースに手を伸ばす。
「いって! くそッ」
またしても静電気が流れて手を引っ込めた。
「あぁ、もう。自販機に嫌われてる」
「筋金入り、いや避雷針入りだな」
「くっだらねぇ」
キーホルダーを握り締めて、缶ジュースを取り出した。
「次の授業なんだっけ?」
「イヅナの好きな数学」
「昼休みが終わらなければいいのに」
階段を上り、手すりに手を掛ける。
「いっ」
弾かれたように痛みが走った。
「手すりにまで嫌われた」
「この世の金属製品はみんなお前のことが嫌いだよ」
「好かれてるのはゴム製品だけか?」
下らないことを言いつつ階段を登り切って屋上への扉の前までやってくる。
そこで俺は足を止めた。
「なにしてる?」
「開けてくれるのを待ってる」
「ドアノブに嫌われたくないってか? しようがないな」
尚人がドアノブを捻って扉を開く。
「どうぞ、お嬢さん」
「誰がお嬢さんだ」
屋上に出て適当な位置につき、購買で買った総菜パンをかじる。
「そういや、進路希望はもう出したのか?」
「いいや、イヅナは?」
「俺も」
缶ジュースの蓋を開けた。
「正直、なんて書けばいいのかわからないんだよな。別にやりたいこともないし」
「だよなぁ。なりたい職業も夢もないし、きっと普通の会社に就職して普通の生活を送るんだろうな、としか」
「今じゃそれも難しいけどな」
「世知辛い。でも、イヅナには立派な就職先あるだろ?」
「どういうことだよ?」
「発電所」
「なにかと思えば、はぁ……」
「えー、そんなにつまらなかったか?」
ため息をつきつつ、総菜パンをまたかじる。
喉を潤そうと缶ジュースを手に取った、次の瞬間だった。
「うおっ!?」
「な、なんだ!?」
酷く重い音が駆け抜けていき、衝撃が肌を撫でる。
すぐに振り返ると街の景色に見慣れないなにかを見た。
それは光の渦。
紫色をした光の奔流が弾けて押し寄せてくる光景だった。
「な、なんか不味いかも」
「尚人! 中に入るぞ! 急げ!」
「あ、あぁ!」
ジュースもパンも投げ出して急いで屋上扉へと駆ける。
だが、押し寄せてくる光のほうが早い。
ドアノブへと手を伸ばした瞬間、俺たちは光に飲み込まれる。
指先に微かな痛みを覚えながら、俺たちは意識を奪われた。
§
「ん、んんん……」
意識が覚醒して体を起こす。
朧気な意識のまま周囲を見渡すと隣りに尚人が寝ていた。
「おい、おい尚人」
「ん、あぁ、イヅナか」
尚人を起こして立ちあがる。
視界に映るのは朱く焼けた空と雲、そしていくつかの黒煙。
「おいおいおい」
足を動かして縁まで向かい、街の様子に釘付けになる。
見慣れた街の景観は崩壊し、炎と煙と瓦礫が目立っていた。
「嘘だろ」
「なんだよ、これっ! さっきの光のせいか? なぁ! イヅナ!」
「わかるかよ、そんなの!」
混乱していると、周囲から悲鳴が木霊し、次第にそれは大きなものとなる。
屋上から目を落とすと校舎の一角から火の手が上がっているのが見えた。
「あそこ、家庭科室だ」
尚人が指差して直ぐ、窓が割れて火に包まれた何かが外に出る。
それはゆらりと立ち上がると、自分の足で歩き出した。
「あれ……人間か?」
視界の中で起きていることに理解が追いつかず、じっと眺めているとそいつが行動を起こす。
目の前の花壇に火を付けて焼き尽くすと、次に校舎に向けて火炎を放射する。
それに巻き込まれて、一人の生徒が火だるまになって奇声を上げ、倒れて動かなくなった。
「おい、嘘だろ、そんなっ」
「人が……死んだ?」
全身から嫌な汗が流れるのがわかった。
崩壊した街を見ても、火を纏った誰かを見ても、どこか現実味がなかった。
でも、人が焼ける匂いがして、人が死ぬ瞬間を見て、ようやく正しく事を理解したように思う。
これは現実だ。
「冗談じゃない。なんだこれ、夢か? あの化け物はなんだ?」
「尚人、落ちつけ! とりあえず逃げよう! ここに居たら俺たちも化け物に見つかる!」
「あ、あぁ、そうだな」
尚人を落ち着かせて屋上から出ようと走りだす。
「ちょ、ちょっと待ったイヅナ」
「なんだ、どうした?」
「お前、それどうしたんだ?」
「は? どうしたって」
尚人に言われて自分を見て理解する。
バチバチと線香花火のように現れては消える閃光。
稲妻が絶え間なく体表を駆け巡っている。
「これは……」
「待て、近づくな」
一歩、尚人が俺から距離を取る。
「普通じゃない。なんだそれは!」
「わからない。たぶん、あの光のせいだ」
「俺も浴びたけど、お前みたいにはなってない!」
更に俺から距離を取る。
「お前も人を殺すのか? あいつみたいに!」
「そんなことするわけないだろ!」
「そんなのわからないだろ!」
尚人が俺を見る目は先ほどとは決定的に違っていた。
恐怖や疑心に塗り潰され、俺の言葉がなにも届かない。
「悪いけど、一緒には逃げられない」
「友達だろ!」
「もう違う! いいか、俺に、近づくな!」
はっきりとした拒絶の意思を見せられ、その場から動けなくなる。
それと時を同じくして、大きな影が俺たちの頭上を通りすぎた。
「な、なんだ?」
上を見上げても茜色の空に雲はない。
だとしたら、今のは。
「クアアァアァアァアアアアア!」
鼓膜が破れそうなほどの大音量が響き、強風が吹き荒れるとともに巨体が落ちる。
それは無数の羽根に覆われた見上げるほどの巨鳥。
地球上に存在しているはずのない生物が尚人にのし掛かった。
「尚人!」
「ぐぅ……あぁあぁああぁああ!」
苦しげな悲鳴が上がると共に巨鳥は大きく羽ばたいた。
鋭い鉤爪で尚人の胴体を貫き、赤い血を滴らせながらどこかへと連れ去っていく。
そしてもう一羽の巨鳥が俺の後ろに舞い降りた。
「嘘だろ」
巨大な嘴に吹き飛ばされて地面を転がり、見上げた空に鉤爪が映る。
それはそのまま俺を踏みつけると、全身にとてつもない負荷が掛かった。
「がぁッ……ああぁあああッ!」
軋む、軋む。血肉も骨も悲鳴を上げて、本能が警告を鳴らしている。
必死に抵抗してみるけど、巨鳥の足はびくともしない。
屋上の地面が鉤爪で割れ、なおも負荷は強くなる。
「あぁッ! くそッ! 死んでッ、たまるかッ!」
叫ぶと同時に体表を駆け巡っていた稲妻が激しさを増して伝播する。
鉤爪を介して感電し、巨鳥は思わず脚を離そうとするがそうはさせない。
「逃がすかよ」
血反吐を吐きながら更に稲妻の威力を引き上げ、稲光が閃光となって天へと伸びる。
それは地上から天へと昇る落雷の如く巨鳥を貫いた。
「カ……アアァ……」
全身が稲妻で焼けて命まで燃やし尽くした巨鳥はそのまま屋上に倒れ伏す。
その後はぴくりとも動くことなく、完全に死に絶えた。
「はぁ……はぁ……やった、ざまぁみろ!」
痛む体を押して立ち上がり、空の彼方へと目を向ける。
「尚人……」
もう一羽の巨鳥に連れて行かれた尚人はもう見えない。
俺は目を逸らすように屋上扉に視線を向け、逃げるためにドアノブに手を掛ける。
もう静電気は起こらなかった。
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