第6話 溢れる涙と親友
「シオリっ! 次アレしようぜっ‼」
俺は夏祭りを誰よりも楽しんでいた。だってさ、好きな子と初デートなんだぞ? しかも屋台の料金めっちゃ安いんだッ‼ 普通300円のモノでも大体100円とかなんだ。場合によってはタダの時もあった。
安くて、楽しくて、好きな子といる。最高じゃないかっ‼ 俺の顔は自然とニコニコしてしまう。
「ア、アユミ? ……笑顔は……じゃない?」
俺には周囲の雑音でかき消されてよく聞こえなかった。
ん? シオリちゃん、急にどうしたんだ? さっきまで一緒に楽しんでたのに、ちょっと気まずそうにしている?
でも俺もシオリちゃんも、頭にお面を被せ、手には水ヨーヨー。綿菓子や、たこ焼きも両手に持っている。既にどうみてもお祭りクイーンだぞ? 一体どうしたってんだ?
「お、私の笑顔がどーしたんだ?」
私って言いづれぇなぁ。はーぁ、早く男に戻りてぇ。
「その笑顔はぁっ! 反則っ‼ じゃ、ないッ!?」
シオリちゃんが周囲の雑音に負けない声量で答えた。反則ぅ!? 俺が笑ってる事がぁ!?
「えぇッ? 俺ぇッ、反則なのぉッ!?」
なに? 俺、祭りルール反則したワケッ!? 知らねぇんだけどぉッ!?
「違うよッ‼ アユミのえ・が・お・が、反則ッ‼」
な、なんだソレッ!? 聞いたことねぇッ!? 祭りじゃ笑顔は反則なのかッ!? 初めて聞いたぞッ!? そんなルールッ‼
「お、俺ぇッ、退場なのかッ!?」
シオリちゃんとデートしだしてからずっと楽しかった。ずっと笑顔だった気がするぞ?……イエローカード? いや、レッドカードだよな?
祭りって、そんなルールがあったんだな。表向きは華やかで楽しそうなのに、な……
俺は肩を落としてシオリちゃんを見た。
「バイバイ、シオリ。お、私、一発退場だ」
「な、なに!? 急にどうしたの!? なんでそんなに落ち込んでんのぉっ!?」
流石だ俺の花の妖精さん。こんな俺にも優しい、グスッ……
「シオリ、好きだったよ……そして、楽しかった。私はこの祭りで罪を犯したんだ。だから退場だッ‼ この日を忘れない、絶対忘れないッ‼ だから、だからっ、私の事、覚えていてくれぇぇぇぇッッッ‼」
俺は泣きながらシオリちゃんの下から走り去った。もっと一緒に楽しみたかった……だけど俺は祭りの本当のルールを知らなかったんだ……
「まッ、えぇぇっ……アユミ、一体どうしたの?」
シオリはただただ頭を傾げて呆然としていた。
「はぁっ、はぁっ、踏んだり蹴ったりかよっ」
俺はシオリちゃんのOUT宣言により退場宣告を受けた。まさか、シオリちゃんに言われるとは…
「つーか、そんな祭りルール知らねぇよっ!? 誰が考えたんだ笑顔ルールなんてッ!?」
生まれて初めて聞いたぞ、そんなルール!? でもあのシオリちゃんが言ったんだ、間違いない。俺の中のシオリちゃんは絶対だからな。ケーサツに見つかったら捕まっちまうんだろう。
はぁ、楽しかったのにな。終わりは突然だったな。
俺はトボトボと祭り会場の出口へと向かっていた。でも、あのシオリちゃんとデート出来たんだ。それだけでもこの祭りに来て良かったと思える。
しかし、感情の起伏が激しい俺に更なる絶望が襲い掛かってきた。
「い、いたッ‼ 俺達の天使だぁっッッ‼」
「何ぃッ!? アソコだぁッ‼」
「待てぇッ‼ 俺の女だぁッ‼」
「ふざけんなッ‼ アレは俺の嫁だぁッ‼」
「早いもん勝ちだぁッッ‼」
あ? なに? ……は? 女ぁッ!? 嫁ぇッ!? ちょ、なんで俺に向かって来てんだッ!? ウソだろぉッッ!?
「ちょっ、なん、そんな顔して来んなぁぁぁぁっ!?」
俺が見たそいつらは鼻息荒く、どう考えてもヤバい顔をして俺を追いかけてきた。
「「「「「逃がすかあああぁぁぁっっッ‼」」」」」
「ひぃッ!?」
俺は全速で逃げた。持てる限り、身体の限界を超えてまで死に物狂いで。結局Uターン。祭り会場へと走る。
ただ、身体が小さくなり、女になった今、とても遅く感じる。それに浴衣で草履なんだ、走れる訳ない。
「あっ!? ……痛っぅ‼ クソッ‼」
草履の鼻緒が切れるわ、コケるわ、散々だ。あとでリヒト母に謝らねぇといけねぇ。浴衣が汚れちまった。
俺は切れた草履を持ち、裸足で泣きながら走った。なんで俺があんな男達から逃げねぇといけねぇんだよッ!? だが、捕まったらどうなるか想像してしまう。多分、トラウマになる……それだけは分かった。
だから人にぶつかろうと、浴衣が汚れようと、俺が俺である為に逃げた。
情けない。
悔しくて、悔しくて、本気の涙が出てくる。だが、
「捕ぅかまぁえ~たッ‼」
追いかけてた内の1人? が俺の腕を掴んできた。
「離せッ‼ 離ぜよぉッ‼ 俺にざわんなぁぁぁっ‼」
俺の必死の抵抗も女の力では覆らない。何をしようと掴んだ手は離れない。俺の鼓動は早くなり、次第に訳が分からなくなる。
なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよなんで俺なんだよ……誰か、助けてくれよ?
俺が周囲を見回しても誰も助けてくれない。皆見てみぬフリをするんだ。その空間が俺の中で何かを崩した。
「……うぇっ、えぇっ、リヒドォッ、リヒドォっっッ、……だずげでぇっッ、ごぉべんだぁざいぃぃっ--」
年甲斐もなく泣きじゃくる。それは、男だった時にはありえない光景。だが、今の俺は心も体も弱くなっていた。自然に感情が噴き出てくる。まるで、それが当然かの様に。
そんなありえない俺を見た男は、アイツは、怒っていた。
「さぁ、天使ちゃブヒャぁッッ!?」
俺を掴んでいた男は急に吹き飛んで、掴んだ手もろとも俺は地面に叩き付けられそうになる。
「おい、大丈夫かッ!?」
咄嗟の所で俺を救いあげてくれたのは親友、リヒトだった。
俺はただ怖くて、ただ苦しくて、思うがままに親友に抱き着いた。
「ごわがっだ、おでぇ、おでぇ、ぅわぁぁぁぁっっんッ」
俺は男だとか女だとかそんな状態じゃなくなっていた。でも、この時ばかりは、俺は……女だった。
「あのアユムがなぁ……面白いじゃないか?」
「ぅぐぅぅうッ、ズズっ、ばがッ‼ ふざげんだぁっ‼」
嗚咽交じりの声はリヒトの胸元で泣いていた。調子に乗ったコイツの胸元を叩くが、力が入らない。
「はぁ、やれやれ、だな? ところで、……お前ら、俺の親友に手ぇ出したな?」
リヒトの声音に空気が変わる。真夏の熱帯夜も今では鳥肌ものだ。泣いてる俺には分からなかったが。
「お、お前なんなんだよっ!?」
「そ、そうだッ‼」
「俺達の天使ちゃんを横取りするつもりか!?」
「メガネ1人で何が出来るッてんだぁ?」
「お前らに一つ問うが、コイツをどうするつもりだったんだ?」
「俺はデート、だ」
「お前に言うと思うか?」
「あー、右に同じぃ?」
「俺は、既成事実、だぜぇ?」
「……」
リヒトは拳を握り、一人に狙いを定めて、
「ボハァッ!?」
殴り倒し、そのままマウントを取り顔面を殴り続けた。
「や、やめ、だ、だず、」
「お前等はッ、俺のッ、親友にッ、恐怖をッ、刻んだッ‼ アイツはッ‼ 泣いてたッ‼ ッざけんなよッ‼ クソ野郎がァッ‼」
「お、おいッ、やめろッ‼ それ以上はッ‼」
「悪かったッ‼ だからこれ以上はやめてやれッ‼」
「け、ケーサツ呼ばれるぞッ!?」
「り、リヒドぉッ、もう、いいがらっ、……一緒に、帰ろう……?」
俺の言葉にリヒトは殴るのをやめて立ち上がった。
「お前ら、崇め称えるのは勝手だが、親友に手を出すと言うなら覚えておけよ?」
拳を真っ赤に染め上げたリヒトは、俺を追いかけまわした男達に釘を刺した。
もし、逆の立場でもきっとやってることは変わらない。あそこに立ってるのは俺だった筈だ。それ程までに信頼しているんだ、俺達は。
「リヒト、その、ありがとう」
「たまたま、見つけただけだ」
メガネを上げる顔は俺の方を見ようとしない。きっとコイツなりに照れてるんだろうな。
俺は涙を拭って笑顔で伝えた。
「お前が親友で俺は幸せだっ‼」
俺の言葉に「あぁ」しか答えなかったが、俺には分かる。お前も俺と同じだって。
…………
「お前が……で……幸せだっ‼」
「え?アユミ?と……高橋くん?もしかしてそういう関係、だったの?」
俺達を見る一輪の花には、違う関係に見えていた。






