【1000文字小説】シチュー
あるところに、トランジという少年がいました。トランジはお母さんが大好きで、お母さんもまたトランジのことを愛しており、そこには普通の幸せな家族がいました。ある日のこと、トランジとお母さんは夜ごはんに作るシチューの材料を買いに一緒に街へ出かけました。トランジはお母さんのシチューが大好きで、ウキウキしながら街を歩いていました。それゆえに、周りをあまり見ていなかったトランジは横から来る車に気づきませんでした。我に返ったトランジが見た次の光景は、一台の車と、その前に転がった無残な姿のお母さんでした。何が起こったか分からないトランジは、ただただ胸にある微かな痛みに手を当てていました。
『お母さんが死んだ』
この事実はトランジの心に深い傷を付けました。あれからトランジは家から一歩も外に出ていませんでした。何も食べていませんでした。ただただ部屋の白い壁を見つめ、ボーっとしながらあの事故を思い出しては泣きじゃくっていました。そしてしばらくたったある日、トランジは床に零れたシチューを見て、お母さんのシチューが食べたくなりました。重いと思っていた足を嘘のように軽く持ち上げ、立ち上がると、キッチンへ向かい、冷蔵庫を開けました。しかしシチューを作るための材料がありませんでした。材料を買うためにトランジは街へ出かけました。街を歩いていると、幾度と頭の中で流れた場所にたどり着きました。そう、お母さんが死んでしまった場所です。既にそこには車もお母さんもありませんでした。その光景にトランジはその場でまた、泣きじゃくってしまいました。
「トランジ?」
すると、後ろから聞き覚えのある声がしました。トランジが振り向くと、そこにはお母さんがいました。トランジは目の前のお母さんに触れ、それが間違いなく本物のお母さんだと分かると、抱きつき、また泣きじゃくりました。そんなトランジの頭をなでてお母さんは「帰りましょうか」と優しい声で言いました。トランジは嗚咽をしながらうんうん、とお母さんの胸の中で頷きました。
トランジはお母さんと久しぶりに会えたことで、ウキウキしながら歩いていました。しかし、今度はトランジは周りを注意して歩いていました。すると、ずっと気を張っていたので、トランジは疲れてしまいました。
「おんぶする?」
「……うん」
それに気づいたお母さんはトランジをおぶってやりました。揺れるお母さんの背中はまるでトランジをあやしているようで、しばらくたたないうちに、トランジは眠ってしまいました。
「おうち、ついたよ」
お母さんの一言でトランジは起きました。しかし、眠い目を開けます。そこはトランジの家ではありませんでした。
「お母さん、ここ家じゃないよ?」
「ううん、ここが母さんとアイロニのおうち。」
「……?お母さん、何を言ってるの?ここはどこなの?」
「ここはね―――」
見渡す限りの一面まで四角い石が等間隔で立ち並んでいる光景をお母さんは次のように説明しました。
「―――お墓って言うのよ」
目の前の四角い石の前には何故か、ラップのかかったシチューがあったのでした。
トランジ、可哀想でしたね……。(おい)
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