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富の旅 海気分 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 緊急事態宣言の解除、かあ。少しは状況が良くなったと信じたいもんだな。

 だが、まだ病気が撲滅できたわけじゃない。引き続き、旅行とかの人が集まる場所へ行くことは、控えるよう呼びかけがされている。今年はさすがに、海とかには行けねえだろうな。


 この状態だと、人が集まることはあまり褒められたものじゃない。だが人がいることでありがたいことも、平時じゃたくさんある。

 誰かや何かを探す時なんかは、特にだ。人の目がないってことは、たとえ本当はその場にあったとしても、消えてしまっていることと同義。そのまま闇へ溶けちまうのも、珍しいことじゃない。

 もちろん逆もある。なまじ大勢が集まっていたおかげで、にわかには信じがたいものを見つけちまったりな。

 そのレアなものに出くわしちまったケースの昔話、少し聞いてみないか?



 むかしむかし。その漁村では春と秋に漁のお祭りを開いていたらしい。

 一艘の船に三人ずつが乗っかってな。岸から確認できる程度の沖で、一本釣りをする。そして釣れた魚の成果を競いあうという、シンプルなものだった。

 だが、この祭りの楽しみは魚を釣るばかりじゃない。まれに釣りあげられる、海の中を漂っていた魚ではなにか。それに出くわすことができるんじゃないかと、人々は期待をかけていた。


 数年間、平穏に終始していたお祭りだったが、その年の春には久しぶりのアクシデントがあった。

 釣りを開始してから、半刻(一時間)が過ぎた頃。とある船に乗っていた男が、自分の竿に尋常ではない手ごたえを感じた。

 大きく、やわらかいものに針が食い込んだ手ごたえがある。けれども、人ひとりの力ではびくともしないほど重い。

 かといって、ぐっぐっと引っ張っても暴れ出すような素振りも見せなかった。岩か、もしくは相当な重さを持つ物品か。

 一緒に船へ乗っている二人も手伝い、力づくで引き上げにかかる。竿はしなり、糸も大きい悲鳴をあげるも、不思議なほどに持ちこたえて、じょじょに引っかかった輩の姿を露わにしていく。


 最初、三人は釣り上げたものがウツボのように思えたらしい。針はブツのほんの端をかすめるように刺さっており、その下がら続いて海面へ引き出されてくる黄土色の筒の形は、しばらく途切れそうもなかったそうだ。

 胴回りほどの幅を持ち、少しずつ身体を露わにしていくそれは、やがてそれにひっつく人の姿をさらけ出した。

 ふんどし一丁。意識はないようで、その片腕を、件の筒を挟むように回している。しがみつくというより、たまたま引っかかったという方が正確な、いまにも外れそうな体勢だったとか。

 

 

 その筒の全長は、十尺あまり(約3メートル以上)にも及び、共にしていた男も含めて船の大半の空間を占拠。船は一時、陸へ引き返すことになった。

 筒はどうやら生き物ではないらしく、いったんは大量に敷かれたわかめの上に置かれ、男の回復が待たれる。それまでの間、村で飼っていた犬たちは盛んにこの筒状のものへ興味を示し、しきりに鼻をひくひくさせていたとか。

 運び込まれた家の中で、男が意識を取り戻したのは日も暮れてからのこと。最初、目を覚ました彼は、驚いた様子で周囲を見渡していた。次に自分の身体中をぽんぽんと叩いていきながら、周囲の人に日と場所を尋ねてきたらしい。

 村人たちの返答を聞き、男の顏には安堵と困惑が入り混じった、複雑な色が浮かぶ。今度は村人たちが彼について尋ねると、彼はここから数里離れた山村の出身だと話した。

 なぜ海の中にいたのか。あの巨大な筒らしきものは何なのか。

 この問いに、「自分も腑に落ちないところがあるが……」と前置いた上で、次のように話してくれた。

 

 

 彼の住む村から少し山奥へ歩いたところに、大きな泉がある。村人全員がそろっても囲いきれないほどの大きさを持ち、それがたたえる清水を、村の者たちは頻繁に汲んで使っていたらしい。

 しかしここのところ、ごくまれにではあるが、水汲みにいって帰ってこない者が現れるようになった。獣か人さらいか、はたまた誤って泉の中へ落ちて事故死してしまったか。

 その原因を突き止めようと、男は弓矢を負い、山刀を腰に帯びて、朝早くから泉の近くで張っていたらしいんだ。

 

 昨今の話を聞きつけてか、皆は別のところで水を汲むようになり、一日を通じてほとんど人影を見ることはない。それどころか、近くを通りかかる動物の姿さえも、ほとんど確認できなかったとか。

 日が西へ傾き出すと、男は潜んでいた場所から出てきて、泉の近辺を探り出す。もしこれまでの行方不明が純粋な事故なら、仏様が沈んでいるかもしれなかった。それを確かめるためだ。

 じりじりと、足音を殺しながら男は泉のふちを見て回る。異状がないことを見て取ると、男は服や装備を脱ぎ、山刀を口にくわえてそっと泉の中へと入っていった。

 


 次の瞬間、男の足元が強烈な勢いで泉の中心へ引っ張られた。

 突然のことでまともに何かをつかむこともできず、周りの水たちと一緒になされるがまま。泉の真ん中にぽっかりと空いた大きい穴の中へ、彼は吸い込まれてしまった。

 道連れの水たちの中、男はどうやら自分が上向いていることを悟る。しばしば下り坂に差し掛かる感覚とともに、水面から顔が出て息継ぎができるから、どうにか窒息せずに済んでいた。

 見上げる天井は基本的に真っ暗闇だったが、思い出したようなタイミングで光が差すことがある。いずれも、あっという間に通り過ぎてしまうが、この明るくなった拍子に、降り注いでくるのが、あの自分と一緒にいた巨大な筒だったというんだ。

 飛来してくる筒たちに対し、彼は流れの中でどうにか身体をよじったりして回避に専念したものの、ついに一本をまともに受け止めてしまい、それ以降の記憶はここで目を覚ますまで飛んでいるというんだ。



 後日。回復した彼を話に出た村へ連れていくと、すぐに本人であることの確認が取れた。

 かの泉に関しては、再び水をしっかりとたたえていたものの、彼が自分の体験を語ったうえで、なおのこと近寄らないよう注意を呼び掛けた。同時に、泉の監視も強化されて見張りが置かれるようになったそうだ。

 見張り役のうちの何人かは、不意に泉の水が渦巻きながら中心の穴へ吸い込まれて消えてしまうさま。しばらく経つと、その水がひとりでに戻ってきて、再び泉の姿を取り戻すさまを目撃したとか。

 彼と一緒に発見された筒状の物体に関しては、焼却処分が成された。だがそれまでの間、犬たちの中に何匹かかじったものがいたらしい。あまりにも物欲しそうにするから、つい食べさせてしまったと語る、飼い主もいた。

 その犬たちはというと、何年経っても老いる様子がなかった。そのうえ、家と同じくらいまで身体が大きくなってしまい、人と共に済むことはできないと、遠方へ放逐されてしまったとか。


 かの漁村では変わらずに魚が獲れ続けたが、かの事件を知る者たちは、あの筒が原因ではないかと考えていたらしい。特異な栄養を持つ筒が海にたどり着き、その有り余る水で溶かされ薄められると、魚たちが育つに絶好の環境をつくるのではないかと。

 後の世に、水洗トイレが生まれて利用され始めると、山村の男は何者かのトイレの水にまきこまれたんじゃないかと、うわさされるようになったんだ。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[良い点] 自然と引き込まれる文章でした 物語に出てくる彼らはちっちゃなちっちゃな人たちだったんでしょうか 面白かったです!
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