強襲。
この作品は【魅惑の悪人企画】参加作品です。
「あー、やっちまった……上手く出来ねぇもんだなぁ……」
ワタシは捕虜の胸部を切り開きながら、動きを停めぬ心臓を本人に見せてやろうと苦心を重ねていたが、専門の道具ではない短剣では無理があったか?
切っ先が動脈に当たり傷付けてしまったようで、捕虜は派手に血を撒き散らしながらゆっくりと生気を失っていく。足元の桶に溜まった血は、管を介して汚水溜まりへと流れていったが、濃厚な血の臭いはしつこくその場に留まっている。
【……目標上空付近、もうじき作戦範囲に入るぜ……】
艦内放送を介して、見張りのホラントが砕けた口調で促す。いつも下らない冗談ばかりの奴だが戦闘前はそんな気質は鳴りを潜め、静かになるもんだ。
「さて、と……そろそろ真剣にアタシの要求に答えてもらえねぇかな?」
手に付いた返り血を死者の服で拭ってから、捕らえた兵士の髪の毛を掴み、ぴたぴたと頬に当ててから、ぞり……と刃先で切り落とす。
恐怖に眼を怯えさせながら、必死にもがき解放してもらおうとワタシを見るが、まぁ……そいつは出来ない相談だな。
三人居た捕虜も、残るはこいつ一人。先の二人には口を割らせなかった。こんな時に専門家のエキドナは不在ときてやがるし……苦手なんだよ、拷問なんて。
「……あんたらの人数、規模、そんでもって補給地点。簡単だろ?」
猿轡された捕虜は、勿論モガモガとくぐもった声をあげるだけで明瞭な答えは出せない。教科書通りにやるなら……まだ、そいつは外せないな。
ひたり、と冷たい短剣の切っ先を耳に当てる。動けないように耳朶を掴みながら下に刃を宛がい、つい、と上になぞる。容易く切り裂き傷口から血が滴り、ぱた、と床に落ちる。
「……んー、答えるつもりはねぇか……残念だな。アンタも……アッチに行きたいか?」
んーっ、と苦しげに呻きながら、捕虜の視線は背後に置かれた布袋二つに注がれ、首を左右に振り続ける。
ワタシは溜め息と共に動き、布袋に手を掛けて引き摺りながら後部ハッチを開ける。
……ゆっくりと開くにつれて、身を切るような冷気が艦内に流れ込み、黎明の仄暗い夜空が、ゆっくりと朝焼けに染まっていく景色が視界に広がる。
無造作にひっ掴んだ布袋をハッチまで運び、【身体強化】を用いて一気に持ち上げてから、開口部めがけて放り投げる。
勢い良く放物線を描きながら落ちていく布袋の端から、はみ出した臓物が風に翻弄されて帯のように揺られていたが、やがて視界から消えていく。もう一つの布袋も同じ運命を辿り、連れ合いを追うように遥か彼方の地上に向かって落ちていった。
(……ワタシも何時か、しくじったら姦りモノにされて……こんな風に棄てられちまうのかな……)
自分の行いと罪の深さを反芻しつつ、腰に提げたポーチから細く巻かれた紙巻き煙草を取り出すと、傍らのランプの炎に近付けて、ちりり、と音を立てて燻らせる。
……じっ、と燃え上がる先端を眺めながら、肺に溜め込んだ紫煙を吐き出すと、軽い酩酊感と共に頭の中から罪悪の念が零れ落ち、浮かび上がった煙と共に消えていく。
「……しっかし、先に遊んでやったお仲間にはつくづく失望させられたがよ、アンタは……違うよな?」
広がる大空に火の点いたままの煙草と布袋を捨てて、つまらない後始末を終えてから、ハッチを開けたまま振り向き吊るされたままの捕虜と対峙する。
耳朶を少しだけ切り裂いたのみだが、さっきまでの拷問を見せられていた彼はすっかり出来上がっているようで、こくこくと頭を縦に振りながら必死に短剣の動きを眼で追っている。
わざわざ二人を惨殺する様を見せつけておいたのは、本命のコイツの口を割らせる為……退屈な演技も残忍な所業も、相手の船を強襲するのに必要な情報を得る為だった。
「さて、そんじゃ謳ってもらおうか? 《デートの場所》と《相手の長所》ってモンを……よ?」
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「……げっ!! うええぇ……臭いわぁ……血臭い! マジで無理ッ!!」
背後から悲鳴と共にあがる苦悶の声と同時に、大気を攪拌する流れが巻き起こり、周囲に立ち込める異臭を艦外へと押し流していく。
どうやら魔導の使える誰かが、この空間にしつこく残っていた血の臭いに耐えかねて手を打ったのだろう。やがて背後から近付く気配を察すると、その相手は声を掛けてきた。
「はぁ、キツかったわ……で、ホーリィ、首尾は?」
「……ん、セルリィか? あー、やっぱりグランマの言った通りだったわ……」
猿轡を着け直した捕虜の襟首を掴み、乱暴に引き摺って運ぶホーリィにセルリィが話し掛けてくる。彼女は憐れみの視線を捕虜へ注ぎながら、しかし直ぐに引き離し、
「それじゃ、準備しましょうか……ああ、何だか昂るわね……♪」
「なーに言ってんだよ! どうせ後ろからぶっ放すだけだろ?」
「そりゃそうだけど……でもね、支援魔導を練り上げて放つ感じって、男のアレの時と同じらしいわよ? そう思うと……ねぇ?」
そんな卑猥な会話をしつつ、二人で艦内を進み、【保管庫】と記された扉を開けて捕虜を放り込み、外から閂を掛ける。
「それじゃ、配置に着くとすっかね……」
「んじゃ、また後でね」
セルリィと別れて、鷹馬の犇めく降下班待機所で愛馬に跨がると、グランマの声が艦内放送を介して響き渡る。
【皆さん、今回は異例の敵対勢力《兵士搬送艦》への強襲です。過去に事例の無い作戦ですが、きっと貴方達なら上手くやれるでしょう……では、武運長久を……!!】
『……イエス、マム!!』
艦内全ての兵員の返答と共に、閉じられていた後部ハッチが再び開かれていく。
視界の遥か下方に広がる雲の中に、うっすらと巨大な物体が透けて見える。
支援魔導の詠唱を始める魔導要員の発声と共に、後部から放たれる大量の霧が艦体を包み込み、相手の隠れている雲と同化しながら接近し、静かに近付いて行く。
ぎゅっ、と手綱を握り締める手は知らぬ内に力を籠めていたのか、或いは緊張からなのか、僅かに震えていた。
だが、しかし……やがてそれも収まる。これから行われる虐殺の宴への期待に、沸き上がる愉悦が抑え切れない。
……口の端を吊り上げながら、内に秘めた悪業への予感が、ホーリィの心を塗り潰す。
さぁ、始めようじゃないか、剣と剣で紡ぎ合う素敵な時間を……
『悪業淫女』の踊る楽しい時を、創造する為に。
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兵員運搬を専門とする巨大な飛行戦艦は、その命運尽きる寸前で辛くも踏み留まってはいたが、それも時間の問題であった。
「駄目だっ!! 防壁が破られる!!」
艦内を区画毎に隔離する防壁が降ろされているにも関わらず、相手側の魔導工兵の仕業か次々と打ち破られていく。まだ年若い補充兵のリピンは手にしたボウガンを遮蔽嚢の裏から突き出しつつ、敵の突入に備えていたが、まだ現れてはいない。
しかし、一つ先の遮蔽嚢に取り付いていた兵士の叫び声と共に、分厚い防壁に真円の切り口が現れ、猛烈な勢いで吹き飛ばされて遮蔽嚢へとぶち当たる。その巻き添えを食った前方の兵士がリピンの目の前まで転がり、弱々しく身を震わせていたが、やがて動かなくなった。
防壁の向こう側から強烈な熱波が吹き抜けて、運悪く遮蔽嚢から顔を出していた左脇の兵士が呻きながら倒れると、
「かひゅっ……がっ……あ、あ……」
喉まで焼かれたのか、肩の上から煙を上げた兵士は断末魔と共に仰け反り、そのままゆっくりと息絶えていった。
(……死ぬっ!! こんなの、戦争なんかじゃない……っ!!)
リピンは恐怖に駆られてボウガンを投げ出すと、頭を抱えながら必死に遮蔽嚢の下に蹲り、見つかるまいと身を隠していたが……
「……おっ? こんなとこに餓鬼が隠れてやんの……♪」
死体の陰に身を縮めていたリピンの頭上から、不意に場違いな女性の声が掛けられ、思わず見上げてしまう……
(……キメラ!? いや……敵の軍馬……えっ!?)
……そこには、人工的に交配されたキメラの一種、《鷹馬》に跨がった、黒く長い髪を後ろへ一纏めにした若い女が見下ろしていた。
均整の取れた肢体に纏い付くような黒い被服、そして革製の部分鎧を身に付け、整った目鼻立ちは美しく、戦場には不釣り合いな容姿で見る者の眼を惹いて止まないのだが……その手には血に濡れた短剣を提げていた。
「ふーん、まだ若いな……補充兵ってとこか? って、コラ! 食い付こうとすんなッ!!」
彼女はリピンを喰らおうとする鷹馬を、手綱を引いて抑えつつ、傍らに転がっていた屍体に眼を付け、
「ほら、コッチなら喰って構わねぇからよ……」
「……ひ、ひぃっ!?」
リピンを跨いで首を振り上げた鷹馬は、前肢で押さえ付けながら屍体の腹に嘴を突き込み、ぱきぱきと肋骨を噛み千切り臓腑を引き摺り出す。やがて眼を覆いたくなるような食事を始める鷹馬から身軽に飛び降りて、リピンの前にやって来た。
「さてと……ワタシは男の捕虜は捕らない主義でな……でもなぁ~、お前ぇみてぇな半端者を殺したって、貢献度も少なそうだし……」
そう呟きながら、ぽん、と手を叩きながら何かを思い付いたのか、美しい顔からは想像も付かないような事をさらりと言ってのけた。
「……そうだな、この先に兵隊が居るだろうから、ソイツらが五人より多いか少ないか、で決める事にすっか?」
「えっ!? 兵隊の……人数、ですか?」
怪訝な顔で答えるリピンに、その女は平然と答える。
「ああ、もし五人より少なかったら、戻ってきてお前を殺す。多かったら、そうだな……逃がしてやる。どうだ?」
「……た、助けてくれるんですか!?」
「心配すんな!! このホーリィ様は嘘は吐かないぜ?」
足を広げて立ち、肩に載せた短剣でトントンと調子を取りながら、リピンに告げた女は凄惨な食事を終えた鷹馬に跨がると、
「そんじゃ、楽しみに待ってなって!! ……こんなにイイ女が、わざわざ二度も会ってやるって言ってるんだからよ? 少しは嬉しそうにしろっての!」
やや下卑た言葉でそう伝えてから……にやり、と笑みを浮かべ、滑るように駆け出す鷹馬と共に通路を進んでいった。
不意に訪れた安堵感で、リピンは力が抜けたように尻餅を衝くと、通路の奥からくぐもった悲鳴と断末魔が響き、その全てが男の声だと気付いた時、先の通路から鉤爪が床を捉える乾いた音が彼の元へ近付いて来る。
「おっ!! 待ってたか? 首尾は上々……って、良く考えたらお前ぇの仲間をぶっ殺してきたんだよな!! 悪りぃ悪りぃ♪」
再度現れたホーリィと名乗る戦士は、律儀にそう詫びながらリピンの前で鷹馬から飛び降りると、手にした短剣を肩口から振り下ろして血振りを済ませてから鞘へ納めながら、笑顔でリピンと向き合いつつ、
「……さて、賭けの結果が知りたいだろ? なぁ?」
「は、はい! それで……何人だったんですか?」
「……あー、それがなぁ……」
そこまで語りながら、リピンの前でくるり、と身を翻して軽やかに背中を見せると同時に抜刀し、
「丁度、五人だったぜ?」
言葉を聞いたリピンの表情が凍りついた瞬間、肩口から振り抜き様に一刀。
口を開きかけたままの首が宙に舞い、それを丁重に差し出した短剣の上に載せた瞬間、首から上を失った身体が力無く崩れ、遅れて切り口から血が溢れて床へと伸びていった。
「済まねぇな、期待させてよ……やっぱ、男の捕虜ってのは……捕らないって決めてんだよ」
そう呟いてから、短剣に載せた首を滑り落とすと、哀れな生首はリピンの腹の上で暫し留まっていたが、力の抜けた肢体が僅かに動き、床へと転がり落ちた。
「……さてと、遊んでる時間はあんまりねぇか……さっさと艦橋に辿り着いてもう一暴れすっか!!」
誰に言うでもなく、ホーリィは再び鷹馬へと跨がりながら、新たな犠牲者を見つける為に進み出す。
……それは、敵にとっては害虫以下の厄災に等しい存在。それこそが【悪業淫女】のホーリィ・エルメンタリアであった。
そんな訳で如何でしょうか? 悪人とは、自分に害を為す者だとすれば、リピンにとってホーリィは悪人だったでしょう。
そんなホーリィさんのフレッシュな生き様を描いた作品は《悪業淫女》で御座います。
そちらも是非、ご一読。