089◆海龍
◆海龍
ひと月も経てば、忌まわしい船の揺れにも慣れ、嬉しいことに船酔いもしなくなった。
ただ、豪華客船に乗船しているわけでもなく、プールやシアターやカラオケや図書館やダンスホールなどがあるはずもなく、退屈な日々が続いていた。
大蛇に襲われたり、魔物と死闘を繰り広げている方がましかと言えば、決してそんなことはないのだが、なにしろ退屈なのだ。
娯楽と言えば唯一釣りくらいで、それも大海原の真ん中ともなれば、かかるのが巨大魚のため、あたしの方が海に引きずり込まれそうになる。
稀に脂ののった鮪に似た魚が釣れたりしたときは、エイミーが刺身にしてくれたり、豪快に炙り焼きにしたりとみんなで舌鼓を打つ。
そして、今日もメイアがお腹を空かせているので、大物を釣り上げるべく太い竿をえいやっとばかりに豪快に振った。
あたしもこっちの世界に来てから、もう3か月目になり、だいぶ逞しくなったような気がする。
船はフィアスが曳いているので、かなりの速力で走っていて、まるでトローリングをやっている気分だ。
もしも大物がかかってしまったら、あたしの力では引き上げられないので、その場合はリアムにバトンタッチすることになっている。
そして、この日は入れ食い状態だった。 竿が大きく弓なりにしなって、さっそく何か大物がかかった気配がする。
リアム、出番だよ。 お願い! そう言っている間にも、体ごと船縁へと引っ張られる。
おっしゃーーー! おれに任せておけーー!
リアムの逞しい腕ががっしりと太い竿を掴み、竿を後ろに曳いては糸を巻き上げて行く。
こっちの世界には、自動巻上機みたいに便利なものは無い。 力だけで魚と一対一の勝負だ。
リアムの横でエイミーが銃を構える。
もしも巨大魚だった場合は、一発撃ちこんでしまうのだ。 こうしないと下手をすれば、こちらが命を落としかねないからだ。
魚がもがき、水面を踊る。 体長は3mくらいだろうか。 カジキのような長い角がキラリと光る。
メイア! 今日はご馳走だね♪
メイアが隣でピョコピョコ嬉しそうに撥ねる。
ところが、なんだか様子がおかしい。 いったん海中に消えた魚が、もう一度海面から飛び跳ねたとき、エラから後ろが無くなっている。 もう、ほとんど角と頭だけだ。
あれれ? なんだ?
さらにもう一度、魚の頭が海面から上に跳ね上がった時、それは唐突に現れた。
それを目の当たりにした、みんなは驚きのあまり声を失った。
なんと、そこには巨大な海龍が残りの魚をひと飲みにせんとばかりに、海中から魚目掛けて大ジャンプしてきたのだ。
リアム 危ない! 早く竿を捨てて!!
エイミーが大声で叫ぶ!
リアムも慌てて竿を海に投げた。
が、魚をひと飲みにした海龍は、まだお腹が満たされなかったのか、次の瞬間に船尾のすぐ後ろから頭をのぞかせた。
うわぁーー
キャァーー
リアムとエイミーが同時に悲鳴をあげる。
ヤバイ ヤバイ ヤバイーーー 次は船尾ごと二人が食べられてしまうかもしれない!
あたしはパニック状態で、なんの行動もできず、ただその場に立ち尽くしているだけだった。




