080◆触手人間
◆触手人間
セレネは海水を大量に飲んでいた。 早く肺の中の水を吐き出さないと死んでしまうだろう。
だが辺りには、激しくなるばかりの嵐のため、人影は見えない。
いや、桟橋で何かが動いている。
それはセレネが初めて見たときにインパクトある姿に驚愕した、体に触手をたくさん生やした生き物だった。
今も桟橋から触手を伸ばしては水面近くの魚を捕食し、食べていたところだった。
たくさんの触手で体を支えているため、嵐の中でも平気で動けるようだ。
触手人間が魚を捕まえるために桟橋を沖に向かって移動していると、係留用の太いロープの影に何かが横たわっているのを見つけた。
触手人間は、ズルズルとセレネに近づいて行く。
・・・
宿から飛び出したシルフとメイアだったが、強風に煽られてなかなか進むことができない。
メイアは、ドラゴンの姿に戻るとシルフを自分の角に捕まらせ、思いっきり地面を蹴った。
その広げた大きな翼に強風を受けると、あっという間に空高く舞い上がる。
が、やはり強い風のために体が流される。
しかし、風に流されるのを前提にコントロールすれば、必ずしも直進しなくても目指す地点に着くことができるのだ。
それは、帆船(はんせん)の進み方や海鳥などの飛び方を見れば分かるように、メイアも本能でそう動く。
メイアは今にも消えてしまいそうなセレネの気配を頼りに進むべき方向を定めた。
・・・
触手人間はセレネが着ていたカッパを脱がせると、たくさんの触手を動かしてセレネの状態を確認した。
そして呼吸が停止しているのが分かると気道を確保し、ピンク色の細長い一本の触手を気道に挿入して行った。
その触手は他の触手とは機能が違っていて、像の鼻のように水を飲むときに使うもののようだった。
触手が肺の中に到達すると肺の中に溜まっている海水を吸い込んで行く。
両肺の水が吸いだされた時、セレネの呼吸が戻り、セレネは激しく咽こんだ。
ゴホッ ゲホッ ゲホッ
ヒッ
咽ながらも目の前の触手人間を見て、セレネは小さく悲鳴を上げる。
その時はまさか、目の前の触手人間に自分が助けられたとは思わなかった。
触手人間は、セレネを幾本かの触手を使って支えながら立たせると、一番上についた触手でセレネの額に触れた。
あなたは、海で溺れていたようだ。 肺の中に溜まった水を抜いたので、もう大丈夫だ。
言葉が触手を伝わって、頭の中に流れ込んで来る。
助けていただき、ありがとうございました。
セレネは頭の中でお礼を言う。
自分で家に帰れるのか?
大丈夫です。
短いやり取りをするとセレネは触手人間にお辞儀をして、宿に向かってよろよろと歩き始めた。
そして触手人間も何事もなかったように、また魚を探し始めた。
・・・
セレネの意識が戻ったことで、メイアとシルフはセレネの居場所がはっきり分かるようになった。
また、メイアの並外れた視力が、桟橋をふらふら歩くセレネを捉える。
メイアは急降下の体制に入ると、メイア目指してスピードを上げた。
上空から見ると、また大きな波がセレネの方に向かって迫ってきている。
このままでは、再び大波に飲み込まれてしまうのは必至だ。
メイアは、自分の限界までスピードを上げた。
セレネが後ろから迫る大波に気付き、恐怖のためにその場で固まった。
波がセレネまであと10mも無いところまで迫った時、真横からメイアが飛び込んで来て、その頑丈な足でセレネの両腕を掴んだ。
メイアはセレネを掴んだまま、Vターンで上昇する。
その数秒後、セレネの立っていた場所は押し寄せた巨大な波に飲み込まれた。
間一髪だった。
セレネは、空の上から小さくなっていく桟橋をみていたが、やがて意識が薄れていった。




