SNSバレから始まる恋愛生活
『委員長とチュッチュしたい』
SNSにこんな書き込みをしている少年がいる。高校二年生、新条 紫苑である。彼は都内の進学校に通っていて、表向きには優等生で通している。いや、実際に成績は良く友達もそれなりにいて、素行も良く、礼儀正しい、正真正銘の優等生であると言える。部活は帰宅部だがそれは学業に専念するためで、別に運動が苦手というわけではない。身長、体格は普通。顔立ちはどちらかと言うと童顔で可愛らしく、人畜無害そうに見えるくらいだ。
ただ、若気の至りなのか、彼には人には秘密にしている趣味があった。
『委員長のリコーダー欲しい』
『俺の頭の中では委員長と俺はカップルだ』
『委員長は委員長らしく清純であるのが良い。きっと男と手を繋いだことも無い』
『でも一度惚れた相手にはとことんまで一途なんだ』
『その相手とは勿論俺だ』
『ペロペロペロペロ』
クラスメイトの女の子に夢中彼は、日夜問わず、SNSに欲望と妄想を垂れ流しに書き込んでいるのである。
『良い時代になったものだ。スマホを持ち歩いていても誰も疑問に思わないんだからな』
『スマホに無音カメラをインストールすればシャッター音すらしない。俺はこれで毎日委員長を撮っている。コレクションは既に千枚を超えた』
『高校一年生の頃の写真と見比べると委員長はもっと可愛くなっていて胸も膨らんでいる。子供の成長を見守る親になった気分だ』
『俺と委員長の娘もこれくらい可愛くなるに違いない』
『最近はレコーダーで委員長の声を録音することにした。これをPCで加工して会話と会話を切り取って繋げれば委員長にエロい言葉を吐かせることが出来る』
『目覚まし時計にもセットした。俺は毎日委員長に起こして貰っているのだ』
別に下着を撮影するとか直球の犯罪行為を行っているわけではない。ただ、やることに手が込みすぎているのだ。頭脳明晰である彼はITにも強く、スマホを使った盗撮と盗聴でかき集めた素材から自分の欲望を満たすあらゆるものをクリエイトしている。
『神アプリを開発した。スリーサイズ算出アプリだ。これで女の子を撮影するとその子のスリーサイズを自動算出してくれるんだ』
『このアプリはスリーサイズを公開している女優やモデルの写真を内部に持っていてな、それと比較して比例計算することで被写体のスリーサイズを算出出来るんだ』
『もちろん早速委員長のサイズを算出した。委員長のサイズを知っているのは本人と、親と、そしてこの俺だけだ。ついでにクラスメイト全員分の情報も収集したが、それは情報の確度と高めるためで決して浮気しているわけではない』
『委員長は特別に巨乳ってわけじゃない。クラスで上から四番目だ。でも体が凄く細いから体とのバランスで見ると胸が大きいように見える。クラスで一番の美乳なんだ』
『使いたいヤツがいるなら好きにダウンロードしてくれ』
こんなことをやっているうちにネットでは大人気になり、フレンドやフォロワーは十万人を超えるまでに至ってしまった。コイツラは多分全員男だと勝手に思っている。ネットでは神と崇められ、気分が良い。
『さて、今日はもう寝るか。委員長はクラスで一番早く登校するからな。いつも二番目に登校するこの俺を夫の帰宅を待つ新妻のように待っているんだ』
紫苑は晴れやかな気持ちでPCをシャットダウンし、ベッドに潜り込んだ。
(……あ~。僕って幸せだなぁ。おやすみ、委員長♪)
―――翌日。
「ねえ、新条君。教えて貰いたいんだけど、ちょっと良い?」
「うん、いいよ」
(……委員長、今日も可愛いなぁ♪)
紫苑は始業から一時間以上も早い七時五五分に登校した。早く登校するのは中学時代からの習慣で、朝に勉強すると捗るから、というのが元々の理由であったが、同じ理由で彼女も登校が早い。一緒に早く登校しているうちに何だか凄く彼女の事が気になるようになってしまった。
彼女の名前は、瀬川 楓。背中に届く程の黒髪ストレートで眼鏡が良く似合う。頭にはヘアバンドを付けている。清純でクラス一の美少女だ。実は彼女は学級委員長でも何でも無い。このクラスの委員長は男だ。楓については紫苑が勝手に設定を付けて楽しんでいるだけである。家族構成なども全然知らないが、一流企業に勤務する父親を持ち、玉のように可愛がられて育った上流家庭の一人娘だと勝手に決めてネットにも流布している。
彼女も紫苑と同じくらい成績優秀だが、紫苑が理系で楓は文系だという違いがある。理系科目で分からない事がある場合、紫苑が教えてあげることも多い。片思いではあるが、他のクラスメイトと比べると二人はやや接点が多い関係だと言えるだろう。
「それで、教えて欲しいことって?」
「実はね、新条君ならこれに詳しいと思ってね」
楓はおもむろにスカートからスマホを取り出すと、何らかのアプリを起動する。そういった所作の一つ一つも上品で流麗である。彼女なら茶道とかやっていても不思議ではない。そして起動したアプリを紫苑に見せた。
(……えっ?)
その画面は紫苑にも見覚えがあり、そして背筋が凍り付いた。
「凄いね、このアプリ。神懸かり的に正確な数字が出てくるの。自分で試してみたら、誤差一センチ未満だったよ。よっぽど頑張って作ったんだね。こっちも見て欲しいんだ」
楓はまたスマホを操作すると、今度は違う画面を表示した。その画面も紫苑には見覚えがあるものだった。
『委員長みたいな真面目な子に限って一端好きになると夢中になるに違いない!』
『今頃家では俺のことを考えて一人身を焦がして悶えているのかと思うとハァハァ』
『デパートで黒い下着を発見したぞ! 委員長みたいな子が実は黒い下着を着ているってのも燃えるパターンだよな。画像加工に使えそうだ。写真撮っておくか』
『スリーサイズも判明したし、委員長の3Dモデルを作ったぞ。どんな姿勢でも取らせることが出来る。これ凄ぇな。このままエロゲーに転用出来るぞ』
『3Dプリンターがあれば委員長のおっぱい触り放題だ』
『委員長にご奉仕して貰いたい』
『ペロペロチュッチュペロペロ』
(……ブーッ!?)
何故バレた!? 特定されないように細心の注意を払ってきたのに!? 何とかしらばっくれたいと思ったが脂汗が止まらなくてマトモに言葉を紡ぎ出せない。急激に喉が渇いて咳き込んでしまう程だった。
「凄い技術力だね。ここまで出来る高校生は日本中探しても新条君だけだと思うよ。でもね、女の子の写真や声を勝手に保存して切り貼りしてエッチなことに使うって十分に犯罪なんじゃないかな?」
(……あうあう)
「こんなことしてるのがバレたら一体どうなっちゃうんだろう? 警察出動? 逮捕されなくても学校中の有名人になっちゃうね。男の子から見たらヒーローかもしれないけど、女の子からはどういう視線で見られちゃうのかな? 残りの高校生活を学校中の女の子から白い目で見られ続けて送るなんて、そんなの新条君は嫌だよね? 私も下着を履いた時にはみ出しているお尻の面積まで親切に算出してくれた数学が得意な新条君がそんなことになるのは嫌だなぁ。でも新条君が私のお願いを聞いてくれるなら黙っていても良いかも」
脅迫!? まさか!? 委員長って清純で虫も殺さないような女の子じゃなかったの!? あの委員長がこんな蒸し暑い夏の雨のように纏わり付くサディスティックな物言いをしてくるなんて!?
「大丈夫? 顔が真っ青で体が震えてるよ。そんな顔してたらクラスのみんなに訝しがれて理由を探られちゃうよ? ああ、そっか。私が助けてあげればいいんだ。私が近くを通るだけで良い臭いがしてそれだけでご飯を何杯でも食べられるくらい生きる気力が沸いてくるんだもんね。ならこれならどうかな?」
楓は紫苑の耳元に顔を近づけフーッと息を吹きかけた。
「ヒィィィッ!?!?!?」
「やっぱり、すぐに元気になったね」
ゾワッと鳥肌が立つ。これが委員長の本性? 嘘でしょ!?
「もうすぐ他の子が登校してきちゃいそう。これは私と新条君の二人だけの秘密にしておこうね。そうでなければ新条君は残りの高校生活どころかその後の人生まで全部台無しになっちゃうもんね。他の人は実の親であっても砂粒程も介入させない二人だけの秘密で良いよね? それで良いよね?」
「は、はい……」
「良かった。この広島と長崎に投下された原子爆弾のような秘密を守っていく為には他にも色々と作戦と約束が必要になるね。続きは放課後で良い?」
「う、うん……。だ、大丈夫だよ……」
「頭が良い新条君は将棋のAIみたいに適切な状況判断をいつでも出来るからきっと大丈夫だよ。自信を持って、元気出してね。あ、それから……」
最後に一言を付け加えた時の楓のニコッとした笑顔は、正に委員長という設定がピッタリな清純で涼しげなものだった。
「そのアカウント、一生消しちゃダメだからね」