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序参 現在、紅都上空(2)




 ……その世界の支配者と言える種族であるが、たった今サードが一人殺してみせた事からも理解できるように、決して万能の存在ではない。手足を失った程度ならば、自動的に修復してしまう異常な回復力があるが、頭と心臓を失えばこの世から簡単に消滅してしまうだろう。

 そしてサードは、この者達と戦う事を義務付けられた宿命を背負うものだ。


「全く、紅都でこれだけの“ヤクト”とバトった記憶ねぇよ。まあ以前ロシアに行った時に比べたらマシだけど」

『自慢話はいいですから、早く仕留めて下さい』

「そんな事言ったてねぇ。こっちは飛べないし、あちらは便利な翼持っているし、それでいて下の一般人に見られちゃいけないんでしょ? ちょっと制約多すぎだよアリスちゃん」

『それが仕事です。与えられた仕事は完璧にこなすのが貴方の信念でしょう? さっさとして下さい』


 アリスのその言葉にサードはふふんと鼻を鳴らす。


「おおっと、それ言われちゃうと仕方ないね。じゃあ、さっさとやりますか」


 四人のヤクトが、四方に散らばってこちらを取り囲む。

 今、サードが立っているのはただの巨大な風船。こんなフワフワした足場で、この者達の攻撃を躱す事は至難の業だろう。

 ……そんな状況にも関わらず、サードは口の端をニヤリと歪める。


「20:00ジャスト。時間だ」


 ドォン…とまるで大砲のような音が夜空に響き渡った。

 ヤクト達は慌てて辺りを警戒して見渡すが、それは決して大砲ではない。

 煌びやかな光に、周囲が照らされる。


 それは、パレードの開始を伝える、花火だった。


「―――――――――ッ!!!!」


 サードを取り囲んでいたヤクト達が、一斉に苦しみだす。慌ててその顔を両手で塞ぐが、もう遅い。光に目が焼かれ、まぶたから異常な量の煙がたちこめた。

 ヤクトが吸血鬼と呼ばれる由縁。ヒトの血をすする習性だけでなく、光に弱い事も伝承に伝えられるものと同様であった。最も花火程度の光量では日光程にヤクトの皮膚を焼き尽くす事は出来ない。だが、目となれば話は別だ。こんな一瞬の光では、一時的に視力を奪う程度の事しか出来ないが、サードの力を持ってすれば一瞬で十分。


「夜だからって油断したな。せめて遮光レンズでもつけていれば耐えられただろうに」


 まず、正面に位置したヤクトに銃口を向け、火の玉の如き弾丸を放った。そして、そのヤクトが消し炭となるのを確認せぬまま、すぐにそのすぐ隣に浮かぶヤクト目掛けて次弾。足場の悪い風船の上とは思えないほどの精密な射撃。続けざまに二人のヤクトを葬ったサードは、風船の上から飛び上がり、未だ視界を奪われて苦しんでいるヤクトの男の肩に着地する。

 突然肩の上に飛び乗られたヤクトは慌てて振り払おうとするも、一気に増えた体重の増加に翼の方が持たず、そのまま重力に負けて落下しはじめる。


「チッ…もうちょいふんばれよなっ!!」


 悪態をつきながら、サードは三人目のヤクトの心臓を射抜く。

 これで、後は今自分が乗っているヤクト一人。


「悪いな……アンタで最後だ」


 両手に持っていた銃の銃身を再び回転させ、別の銃口を出現させる。そして、ポイントしてのは相手の両腕。

 バァン…と銃声が轟き、ほぼゼロ距離から発射された銃弾は、ヤクトの男の両腕を半ばから吹き飛ばす。


「―――――――――ッ!!!!」


 声にならない悲鳴を上げたヤクトの男はそのまま力を失って落下しようとするが、それをサードは許さない。

 再び銃身を回転させ、銃口からワイヤーを発射し、元居たビルの屋上へとその身を戻す。確かな足場を手に入れたサードの手には、両腕を失って苦しみ悶えるヤクトの男。その頭部を鷲掴みし、サードは床上に男を放り捨てた。


 花火が打ちあがって、一分にも満たない僅か数十秒でサードは四人のヤクトを瞬殺したのだ。

 もし、この光景を何の力も持たない一般のヒトが見たら、どんな感想を漏らしただろうか?

 ヒトとヤクトでは、力の差に絶望的なまでの開きがある。だから、ヒトは決してヤクトには逆らえない。唯一この国に住まうヒトだけはヤクトの脅威から守られているが、万が一ヤクトに攻め込まれでもすれば、抗う術はないだろう。


 だから、ヒトに希望を持たせてはいけないとサードは考える。矮小わいしょうなヒトでも、ヤクトに勝てる事が可能などと、思わせてはいけない。確かにこの程度の敵ならば、サードも勝つのは難しくは無い。それでも、その数が数倍に跳ね上がるのならば話は別だ。それに、自分の身体は特殊なものだと理解している。自分と同じ事を、他のヒトに望む事は出来ない。なればこそ、自分の役目はこうして極力秘密裏にヤクトの脅威からヒトの生活を守る事だ。

 サードは己のこの仕事に対して誇りを抱いていた。


『やれば出来るじゃないですか』

「ふっふ~ん。褒め言葉として受け取っておくよ」


 すると、たった今放り出したヤクトが残った足のみでなんとか立ち上がろうとしている事に気付く。

 それを見た途端、サードは男の両足目掛けて銃弾を撃ち込んだ。

 そこには何の慈悲もない。容赦を加える事はない。この国に侵入したヤクトを殲滅する事は、サードの最優先事項なのだ。それを、たった一人生かした事には当然ながら意味がある。

 サードはゆったりとした足取りでヤクトの男に近寄り、その苦悶に歪む顔を覗き込んだ。


「おおっと死んじゃ困るよ。あんた達には聞きたい事山ほどあるからねぇ。

 まず、どうやってこの国に入ったか。いくらこの国がアンタ達ヤクトにとって宝の宝庫だろうが、この国の結界はかなりハイレベルだぜ。一体どういう手段で入ったのさ。

 それと、そうまでしてこの国に手を出す理由はなんだ。この国に手を出す事がどういう事なのか、アンタ達もそのリスクは解ってんだろ?

 別に今話さなくてもいいが、拷問はきっついぜぇ。何倍にも凝縮した紫外線ライトに、銀の針に、ニンニク注射。アンタ達にいくら耐性があっても、多少は効くでしょ? そんな事でねちねちやられるぐらいなら、あっさりここで吐いちゃいなよ。そうした方が色々と時間の節約になって……おや?」


 男は怒りに満ち溢れた瞳でサードを睨みつけている。

 もう瞳の再生が終わったのかと感心したのも束の間、その瞳の下部にある紋様が浮かび上がっている事にサードは気付く。そう、それは確かに紋様だった。彼等の手に刻まれたヤクト文字とは違う、何かを示す記号のようなもの。それに、サードは見覚えがあった。


「おいおい、その“刻印”は……」

『サード下がって!』


 アリスの声が聞こえた時、目の前のヤクトがニヤリと笑った。

 途端、男の肉体が瞬時に光に包まれ、小規模ながらも爆発を引き起こした。幸いな事に、その爆発の音は花火の音によってかき消された。下の一般市民に気づかれることは無いだろう。


「ふぅ……危機一髪。アリスちゃんありがとう。自決……なのか初めから仕組まれていたのか、なんとも用意周到なこって」


 小規模な爆発であった事が幸いし、サードは飛び退くだけで爆発から免れる事が出来た。

 ともあれ仕事は無事に完了だ。だが、どうもそれだけでこの件は終わったとは思えない。その理由は……


『あの刻印……あれは、確か』

「うん。ハインウォール家の物だ。最もブラフという可能性もあるが、あいつらはそういう事に嘘とかつかない主義だからなぁ。多分マジじゃない?」


 いつになく真剣な口調でサードは頷く。


『何故、ハインウォール家がこの国に……』


 終始冷静な態度だったアリスの言葉にも若干の戦慄が含まれているのが理解できる。確かに、これは由々しき事態だ。急ぎ上役にこの事柄を伝え、事態の対処に望まなくてはならない。


「さぁ、ひょっとしたらこの国で何かでかい事が起こるのかもねぇ。全く、こんな時に帰国して良かったのか悪かったのか……ところで」

『なんですか?』

「ちょこっと仕事の疲れを癒していってもいいかな?」

『帰還します』

「アリスちゃんの鬼ぃ~」


 この夜に起こった事件は、これで一旦の幕を閉じた。

 だが、物語を語る上で必要な人物はまだ出揃ってはいない。その者達がこの都市へと現れた時、この物語は本当の意味で始まる事となるだろう。




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