序参 現在、紅都上空(1)
真田カイトが殺人事件の現場へ向かっていた時、その上空ではまた別の事件が起こっていた。
紅いネオンによって映し出される都市をバックに、その5…6つの影は、高層ビルの頭上で何度もぶつかり合う。
最も、そんな遥か上空の事など、地上の人々が気づくことは無かった。眩いネオンによって夜空の星すら視認不可能な状態であり、誰も己の頭上を見上げようとはしない。
人々はメインストリートで行われている様々なライブパフォーマンスに目を奪われ、いくつもの拍手と歓声が沸き起こる。
だが、その上空で戦いを繰り広げている者には、それは好都合でもあった。
なぜならば、この戦いは人々の目映ってはならないもの。誰の目にも触れさせてはならないものだ。
だからこそ、絶対にコイツ等を地上へと落とすわけにはいかない。
そう誓ったはずなのだが……。
「う、うわぁぁっ!! 落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる!!!」
戦いを繰り広げていた者達のうちの一人が、ビルの屋上から真っ逆さまに落下した。
くすんだ金髪……夜間であるにも関わらず赤いサングラスをかけた長身の男は、ジタバタと落下に抵抗するように手足を振るうが、その手は空を掴むばかりで何も成し得ない。
「あぁ……アリスちゃん。オレ、どうもここまでみたい。後の事はよろしく頼むね」
確かに、地上40メートルの高さから落下すれば、その命はないだろう。
……ないのだが、そんな最後の言葉は冷徹な言葉によって一蹴される。
『エージェント“サード”……戯言をほざく暇があったら、さっさと仕事をしてください』
そんな言葉が、男の耳に直接響く。
「ちぇー。少しぐらい乗ってくれてもいいのにぃ」
そう言って、サードと呼ばれた男は手にしていた銃を自分を突き落とした張本人へと向ける。それは、奇妙な形の銃であった。まるで、銃身の先端に十字架が組み込まれたような形状であり、その大きさも普通の拳銃より幾分大きい。それだけ大きい銃であれば、片手で持つのは至難の業だと思われたが、男はなんとそれを両手に一丁ずつ握っていた。
引き金を引く。
すると、そこから飛び出したのは、銃弾では無かった。撃ち放たれたのは、フックのついたワイヤーのようなもの。それは真っ直ぐに天を駆け、サードをビルから突き落とした張本人へと向かう。
黒いスーツを身に纏い、顔も平凡極まりなく、群集に紛れ込めばたちまち見失いそうな存在感だ。だが、今はその容姿を見間違えるはずがない。
何故ならば、その男の背には翼が生えていたから。
蝙蝠を連想させる黒い翼を持つその者は、ビルからサードを突き落とした事で油断していたのか、放たれたワイヤーを避ける事が出来なかった。弾丸の速度で放たれたワイヤーは、翼の男の腹部を容易く貫き、フックによって縫いとめる。
急所は外したため、それで死ぬ事はないが、その身体にズンとたった今落としたサードの比重がかかってしまった。もともと、自分ひとり分の重さ程度にしか耐えられない翼は、浮力を失って落下してしまいそうになる。
最も、サードの狙いはただ単に相手を道連れにするだけのものではない。
サードはもう一丁の銃を構え、それをビルの屋上めがけて発射する。再び銃口からはワイヤーが発射され、それはビルの屋上付近の壁へとめり込んだ。
サードはニヤリと笑みを浮かべ、翼の男を縫い止めた方の銃を力任せに振るう。
大人一人分の重さを物ともせず、翼の男は勢い良くビルの壁へと叩きつけられた。壁にめり込む程の衝撃を受け、翼の男はそのまま意識を失ってしまう。このままでは、男の身体は壁から離れた途端に台地に向かって転落してしまう。
『このまま地上に死体を落とすのは、さすがに問題ですね』
「ああ、解ってるよん!」
サードは再び引き金を引く。すると、男を縫い止めていたワイヤーが銃口に吸い込まれるように元へと戻っていく。しかも、そのままフックによって翼の男を縫い止めたままだ。
「悪いね。処理させてもらうよ」
意識を失ったまま翼の男はサードへと強制的に引き寄せられる。
すると、サードの持っていた銃の銃身……十字架のような形状の部位が回転する。すると、今までワイヤーを発射していたものとは別の銃口が現れ、翼の男の心臓部分へとポイントされる。
サードは慈悲もなく引き金を引く。
銃口からはまるで火の玉のような光が発射され、翼の男の心臓を完全に消し去った。すると、翼の男の肉体はまるで消し炭になるように崩れ去り、数秒後には姿そのものがこの世から消えうせた。
「うし! まずは一人!!」
嬉しそうにガッツポーズを作るが、その笑みは即座に消えた。
「あ……」
何故ならば、たった今消した男とまったく同じ顔をした者達が四人……サードの目の前に舞い降りたから。
男達は仲間が消された事にさほど動揺は無いのか、無言のまま、空中にワイヤーでぶら下がったまま呆然としているサードに掌を向ける。
その掌に、奇妙な文字が書き込まれている事にサードは気付く。
最も、その文字は自分達が使用している言語とは全く違うものだったが、それでも知識としてその文字の意味は知っていた為、理解は出来た。
刻まれた文字の意味は“熱”。
男達の掌がぼんやりと青く光り、そこから熱の塊がサードに向けて発射される。
銃などの機械を全く使用せずに、熱兵器を操ったのだ。それは、本来ならば驚愕するべき事なのだが、サードは特に驚いた様子も見せず、ぶら下がっていたワイヤーを元に戻し、自らの身体をビルの屋上目掛けて上昇させる。
今までサードが居た壁は、男達が放った熱線によって溶解している。まともに受ければ、身体なんぞ無くなってしまうかもしれない。
「ああ、もう……相変わらず便利だなぁ」
男達は自らも上昇する事でサードを追跡し、再び掌をかざしてサードに熱線を放つ。
当たってたまるか!
とばかりにワイヤーを利用して上昇する間にサードは自分の身体を振り子のように揺らして、熱線を避ける避ける避ける。
次第に、サードを追跡する男達に苛立ちが見え始めた。
『ところでエージェント・サード。先刻から言おう言おうと思っていた事があるのですが』
「ああ、なになに? こっちはそんなに余裕ないから手早く頼むよん!」
『……てめぇが居る場所はメインストリートの真上です。普通に考えて民間人に見られるとマズイと思いますので、戦闘区域の変更を提案します』
辛辣な言葉がサードの鼓膜に直接響く。
「オレとしては変えたい気満々なんだけどさ、あっちがちっとも言う事聞いてくれなくて……さ!!」
ワイヤーを巻き戻し、サードの身体はビルの屋上へとたどり着く。そして、それを追う男達も続く。
「ちょっと提案なんだけどー! ここで暴れるとちょっとばかし目立つかもしんないから、別の場所に移動しない!?」
当然のように自分の真上にポジションをつける男達に向かってサードは言葉を投げる。
その提案を聞き、男達は一瞬目を合わせるも……
「やっぱ駄目か!」
当然の如く却下され、再び四つの熱線がサードの居場所へと襲い掛かる。
「メーデーメーデー! あちらさん、提案に乗る気はないみたい!!」
『というか、素直に言う事聞くと思ったんですかい』
急ぎその場から飛び退き、サードが次なる足場にと選んだのは、何やら愛らしい形をした巨大なバルーン。……これは、今回パレードの主役となるベースボールチームのマスコットだったか。
「つーか、言葉通じてるのかな? ええと、アンタ等って本当に日本語理解してんの? ねぇ……“ヤクト”の皆さん」
そう。たった今、サードが相手にしているのはヒトではない。
ヒトとまったく同じ外見でありながら、その内に秘められた能力は、ヒトを軽く凌駕する。翼を出現させて空を自由に飛び、機械を使わずに炎を操る。それはヒトから見れば正に魔法の域。
彼等こそヤクト族。世界の半分を手に入れた、支配者の総称である。