合わぬ蓋あれば合う蓋あり1
「ヒカル君、こんな噂話を知っているかい?」
「え? なんの話?」
僕の通う白雪高校の放課後の教室、自分の席で帰る準備をしていると、前の席に座る女の子の北上エリが振り向いて僕にそう語りかけてきた。
「エリたちの高校から、坂を下ってまっすぐ進み、駄菓子屋のある角を曲がった先に小さな橋があるんだ」
「あー見たことあるよ。たまに駄菓子屋に行くし」
「そこは街に行くときのちょっとした近道になるんだけれどね、今、この高校の生徒の間でその橋に関する不思議な現象が確認されているんだよ」
ははあ、またオカルト的な話か。
この僕の目の前にいる北上エリという女の子は、超常現象研究会、略して超研という怪しげな部活の唯一の部員であり、UFOを追いかけ、河童を釣り上げようとする不思議系女子なのだ。
肩まで伸ばしたストレートの茶髪に、綺麗な二重、セーターを押し上げている胸など、男にモテる要素を全て持ち合わせていながらも、浮いた噂がないのにはそういった理由があった。
彼女とは家が隣同士であり、雪かきを始めいろいろと見知らぬ土地でのアドバイスを頂戴しているので、部活動を手伝ったりしてあげていて、もはや僕は超研の部員のような扱いになっている。
「どんな現象なんだ?」
「それがね、その橋を相思相愛の仲睦まじい男女が渡ると、次の日には大げんかして破局を迎えるそうなんだ」
「ええ……何というリア充キラー」
その橋を渡ったものは行方不明になるとか、不幸な死を迎えるとかそういうのを想定していたので意外だった。
「本当なの?」
「かなり信憑性は高いだよ。エリが確認しただけでも三組のカップルが別れている。このカップル全てが橋を渡った直後に破局しているんだ」
「へぇ、偶然ってわけでもなさそうだね」
確かに、そのような共通点があるならば超常的な力が働いていると考えても不思議ではなさそうだ。
「ねえ、これって幽霊とか妖怪のしわざなのかな?」
「多分そうじゃないか? きっと痴情のもつれで死んだ女か男の怨念が悪さしてるんだろう」
「ふふっ 君は当たり前のようにオカルトを信じているんだね。まるでそれが生活の一部のように」
「それは北上さんもでしょ」
「私は――うん、信じてるよ。いると信じていた方が人生楽しいからね」
窓から入り込む西日に照らされた北上さんはそういって笑って見せた。
「で、だねヒカル君。私と一緒にその橋に今から行ってみないかい?」
「え、僕と北上さんが?」
「うんそうだよ。男女が並んで歩いていたら、なにかが起きる可能性はあるだろう?」
うーん、正直ちょっとめんどくさいな。
帰って晩御飯の準備して、お風呂洗って雪かきをしなきゃいけないし……。
でも、北上さんには雪かきを伝授してもらった恩がある。
無碍にするわけにもいかないだろう。
「わかった、お供するよ」
「おお、ありがとう! 我々、超研に新たな歴史の1ページが増えるわけだね!」
「いや、僕は超研じゃないんだけどね」
そういうわけで放課後に寄り道をすることになった。
……
「ここが例の橋だね」
「おお、川が半分凍ってるね。一応この橋は除雪されてるんだ」
2人でテクテク歩くこと15分ほど。
僕たちは目的の橋、「陣城橋」に辿りついた。
隣を歩く北上さんは、赤いマフラーで顎まですっぽり覆い、オレンジ色のダッフルコートをダボっと着こんでいる。
足は黒タイツをつけていて、防寒はバッチリといった感じだ。
「ふふ、じゃあ早速、歩いてみようか」
「……ああ」
歩き出そうとすると、北上さんは僕の手を手袋の上からギュッと握った。
「こうしたら、恋人に見えるかな?」
「どうかな。まあ人間にはそう見えるかも」
懸命に平静を装うが、内心心臓はバックバクだった。
自分今、JKと手を繋いでます!
放課後に制服で!
穏やかではない心のままに、僕は北上さんと繋がりながら橋の上を歩いていく。
短い橋だ。
1分もかからぬうちに渡りきってしまった。
「……どうだいヒカル君。私のことが憎かったり、嫌いになったりするかい?」
「いや全然。いつも通り」
「そうか……」
そう言って北上さんは、少し悲しそうな表情を見せた。
残念でしたね、幽霊に会えなくて。
「一方通行ということだね」
「? 確かにこの橋は狭いから、反対から人が来たら避けづらいな」
「いや、何でもないよ。実はエリ、これからバイトなんだ。ヒカル君はどうやって帰るんだい?」
「ああ、僕は少し戻ってバス停に向かうよ」
「そうか。じゃあここでお別れだね。今日は付き合ってくれてありがとう」
「いや、楽しかったよ。それじゃ」
こうして僕は踵を返して北上さんとお別れをした。
それにしても――本当に何かいるな、この橋。
こっちを攻撃しようと伺っていたみたいだが、僕の霊気にビビったのか、何もしてこなかった。
いったい何の怪異であろうか。
帰ったら狐さんに相談してみるかな。