愛多ければ憎しみ至る4
びゅうびゅうと吹き付ける強い風が雪を肌に打ち付けてくる上に、地面の粉雪が舞い上がって視界もあまりよくない。
すでに雪は10センチ以上積もっており、このままでは父の車が駐車できないだろう。
今日帰ってくるのかどうかは知らないが。
「さて、ヒカル様。私めは何を為せば良いのでしょうか?」
「ああ、雪かきだよ。雪かきって言うのはね――」
僕は雪かきの仕組みを簡単に土蜘蛛に伝えた。
「なるほど、理解しました。ヒカル様、私の術にかかればこのような作業一瞬に終えてみせましょう」
「ん? どうするんだ?」
「我が配下である小蜘蛛たちを、童の姿で現界させて、みなにやらせるのです。その間、私たちは家の中でしっぽりと過ごしましょうぞ」
しっぽりと何をするんだろう……。
そして当然だが、この提案を受け入れることは出来なかった。
「土蜘蛛……そいつはダメだよ」
「おや、何か拙いことでも」
「ああ、いいかい。雪かきって言うのはな地域共通の問題なんだ」
「共通の問題でございますか」
「みてみろ。向かいの家も、そのお隣の家も、みんなせっせと必死の形相でスコップを使って雪を投げているだろう?」
「投げておりますね」
「そんな中、この家が子供の軍勢に雪かきを委託している様子を見られるとどうなると思う?」
「はて、どうなるんでしょうか」
「ウチは苦労して除雪しているのに、あの家は子供を使って楽をして除雪している――そう思われてしまうんだ」
「はあ、そういうものでございますか」
「たとえば……あそこを見てくれ」
俺が指をさしたのは、この通りの角にある一軒家である。
その家に住む竹内夫妻は、家の前にある「穴」の中に雪をドンドン捨てている。
その穴からはモクモクと蒸気による煙が立ち込めており、雪が一瞬で溶け出して下水管へと流れていくようになっている。
――融雪槽だ。
あの穴中では熱湯がひっきりなしにで続けているので、雪の捨て場所には困らないという寸法らしい。
「なんと、雪国に暮らす人々の発想には驚かされますね」
「あれは、とても便利な道具なんだけれど、この区画で所有しているのは竹内さんだけなんだ。彼は町内会でこう呼ばれている。――百熱富豪ってね」
「あらかっこいい」
竹内さんはよく町内会の行事を企画してくれたりするので、この界隈での評判は良い。
別に融雪槽で楽をしているから陰口を言われているとかそういうことはなかった。
「融雪槽ぐらいなら全然ありだけど、さすがに子供に雪かきを丸投げするのはまずいよ」
「かしこまりました。配慮が足りず申し訳ございません」
「いや、気持ちは嬉しいんだけどね? じゃあ正攻法で始めようか」
「はい! 初めての共同作業でございますね!」
「妾もいるがな」
こうして雪かきの戦力に妖狐に加えて土蜘蛛が参戦することになった。
彼女には母親が来ていた赤色のスキーウェアを貸している。
初めは、土蜘蛛にダンプの作業をやらせて、栄光へと続く雪道の洗礼を浴びせてやった。
「ああっ! この! なんでこんなところに落とし穴が!」
「ははは、無様よの土蜘蛛。そのような見え見えの雪の妖精のイタズラに引っかかるとは。体重が重たいからそういうことになるのではないか?」
「黙れ化け狐! お前は幼児体型だから引っかからぬだけであろう。私は胸が重たいのだ、胸が!」
「なっ! なんじゃと! 小春よりは胸はあるわこの色情魔が!」
いや普通にクレナも雪にハマってたけどね。
猛スピードで降り積もる雪だが、三人いればそれをのけるのも早かった。
ついにスノーダンプを3台投入し、雪を積むもの、運ぶものをローテーションさせることで、過去最高の効率を生み出すことに成功した。
徐々に雪を捨てる庭のスペースがなくなっていくのがやや心配だが、無くなれば栄光へと続く雪道を奥の方から埋めていけば良い。
そして、働き者の新入りのおかげで、吹雪の日の雪かきを1時間足らずで処理することができた。
素晴らしい。
僕のQOYがドンドン向上していく。
今まで妖怪を忌み嫌っていた僕であるが、これはちょっと考え方を改めるべきだなと思う冬のひと時であった。
◆◇◆
「さーて、ご飯ができたぞー。クレナ、鍋敷きを頼む」
「ういうーい」
僕はキッチン手袋をはめながら、熱々の土鍋をコタツの方まで運んでいく。
そして中央部の鍋敷きの上に、そいつを置いて蓋を開けた。
もわわっと湯気が立ち上り、美味しそうな香りが解き放たれた。
「おーおでんですね。お兄さん」
「ああ、大根とか汁めっちゃ吸っててうまいぞ」
冬の日の定番であるおでんには、夢が詰まっている。
はんぺん・ちくわ・つみれ・蒟蒻・大根・がんもどき・牛すじ・ゆで卵・もち、などなど。
美味しいものを詰め込んでうまいだし汁で煮込んでいるのだから、まずいはずはなかった。
「じゃあみんな、手を合わせて……いただきます」
「「「いただきます」」」
さっそく僕は一押しの大根に箸を伸ばし、からしをちょこっとつけてがぶりと一口。
口の中に濃いめの味付けのだし汁の味が広がって、大根の甘みとともに至福の旨味を与えてくれる。
たまらん。
「お兄さんは大根が推しメンなんですね。私はちくわが一番好きです」
「妾は牛すじじゃな。んー❤︎ やわらかいのう」
牛すじは圧力鍋で別に熱しているので、柔らかいのは当然だ。
「土蜘蛛は何が好きなんだ?」
「あの――ヒカル様」
「ん、どうした?」
土蜘蛛に話題を振ると、急にモジモジして顔を赤らめ始めた。
なんだろう。
「あの、その、私も、そこの妖狐のように名を――賜りたいのですが。ダメでしょうか?」
「ん? あーあー! 確かに、いつまでも土蜘蛛じゃあちょっとな」
そうだなー。
紅がクレナだから、土蜘蛛だと――
「チグモかな」
「チグモ。チグモ、チグモ……。ああ、なんて素敵な名前でしょう。この名に恥じぬよう、精一杯働かさせていただきます」
そういってチグモは、妖艶な顔を崩して、あどけない少女のような笑みを浮かべた。
「それで、好きなおでんのタネですが……私も大根がすきです♡」