愛多ければ憎しみ至る1
暖房、それは北海道の冬には欠かせない家庭内熱源である。
これには温度のレベルというものがあり、伯父さんの家の暖房は熱量が3段階に分かれている。
多趣味でアウトドア派な母はあまり家に居ないので、家の雪かきを含めた家事は8割がた僕に任されているのだが、暖房費の節約のためにこの家の暖房のレベルはいつも1に設定していた。
そうなると朝方はやや寒いのを我慢しなければならないのだが、今朝はそうはならなかった。
なぜなら――。
「くーくー」
「うー、あったけぇー」
ベッドの上で目を覚ました僕は、なぜか隣で眠っていたクレナを抱きしめてその温もりを堪能する。
妖狐は火を象徴する妖であるため、彼女はまるで湯たんぽのように暖かいのだ。
それにこの抱き心地……。
小春のお下がりのパジャマと、その下に着ている下着のお尻の部分には丸い穴が開いており、そこから伸びる真っ白の尻尾のもふり具合と言ったら、もう堪らん。
しかし、これはちょっとまずいかもしれない。
僕はよく女顔と言われからかわれたりするが、その中身は普通の模範的男子高校生。
模範的な男子高校生は、普段は恋愛なんかに興味ないっすよ自分みたいな態度をとりつつも、エッチなことに興味津々な生き物なのだ。
クレナがモゾモゾと動くたびに、僕の朝方元気になる例のアレが服の上から擦れて、非常によろしくない状況になってしまっている。
あかん、これ、このまま――。
「お兄さん……。小春は悲しいです……。自分の従兄弟が、性犯罪者なんて――」
「ん゛っ!?」
僕の耳元で、わが従姉妹の小春の悲しげな声が聞こえてきた、
恐る恐る振り向けば、背中にピトっと彼女がくっついている。
全然気がつかなかった……。
「なんで小春が俺のベッドに……」
「小春はお兄さんの童貞ガーディアンなので」
「なにその仕事」
兄の童貞を守護して一体なんの得があろうというのか。
ベッドの上に三人が川の字でくっ付いている状態なので、もはや暖かいと通り越して暑かった。
「お兄さん、小春、お腹すきました」
「あー、そうだな。朝ごはんにするか」
さてと、今朝の雪の様子はどんな感じかな。
◆◇◆
「さぁて! 今日も元気に雪かきだ、クレナ!!」
「朝からテンションが高いのう、お主……」
「無理やり上げないとやってられないんすよ!」
今日の最高気温は5℃、最低気温は0℃。
けっこう暖かいので、ポカポカとした日差しが気持ちよかった。
突き刺すような寒さの中の雪かきよりは大分行動がしやすい。
しかし――何か違和感を感じる。
雪かき歴1ヶ月の僕の中の警鐘がガンガンと鳴っている。
なんだ、この違和感は一体なんだ……?
「どれ、妾はスコップでここら辺の塊をまとめるかのぅ……」
「――待てっ!」
プラスチック製のスコップをクレナが雪の塊めがけて突き刺そうとした時、違和感の正体に気がついた僕は咄嗟に止めようとしたが、時すでに遅し。
振り下ろされたスケルトンピンクのスコップは、そのまま雪に目がめて勢いよく突き刺さ……らなかった。
ガギィン!!
「なんじゃ!? ええい、この!」
「よせぇ! クレナー!」
雪によって愛用のピンクスコップが弾かれたクレナは、華麗なる槍術乱舞をその硬い雪に解き放った。
「そりゃそりゃそりゃそりゃ! やー!! あっ」
その見事な乱舞も、所詮はプラスチック。
その柄の先は、無残にもポッキリと破壊されてしまった。
雪かき用スコップ、1980円、轟沈。
享年一ヶ月である。
「ああ、妾の愛刀、天羽々切氷雪が……」
「――下がってろ、クレナ」
今日の敵はどうやら防御力が格段に高いようだ。
その原因はおそらくこの暖かさにあると僕は推測する。
深夜に降っていた雪がやがて小雨へと変化し、その水分が早朝の冷え込みによって凍結してこのような雪を生み出したに違いない。
僕は家に立てかけてある”最終兵器”に手をかけ、そいつをもってしてアイスブロックと対峙した。
「お主、それは!」
「今朝のこいつは血に飢えているぞ、心せよ雪ん子。この世全ての硬雪を屠りし破壊の権化、名を――雪切丸!!」
ビョウと風を切り雪めがけて振り下ろされた鉄製のスコップが、その硬い雪をまるで豆腐のように一刀両断した。
こいつの前で防御力は意味を持たない。
あるのは破壊という未来のみである。
重たいので長時間の使用はできないが、こいつがあればどんなに硬い雪でもお手の物であった。
「一体なんの御伽刀じゃそれは!」
「御伽刀? いやこれはこの家にあったやつでホームセンターとかにもあるけど」
「阿呆! そこまで霊気が染み込んだ神器みたいな代物がホームセンターで売っていてたまるか!」
聞けば御伽刀とは、壮絶な運命とともに死んでいった英雄の魂が霊気となって武具に染み込んだ神秘の装備品であり、持つものに怪力や神通力、栄光に幸福などをもたらすモノらしい。
うーん、胡散臭い話だ。
「よく分からないけど、この雪切丸には俺の雪を憎む気持ちが乗り移っていることだけは間違いないな」
「うーむ。その強い思いがお主のその並々ならぬ霊気に乗ってスコップに伝わり、それが定着したのか……? なんとも不思議な話じゃ。生きながらにして御伽刀を生み出すとは」
まあ使い道は雪かきしかないので、あんまり意味のないことかもしれない。
「少し調べてみたいゆえ、後でそいつを家の中に運んではくれまいか?」
「ああ、いいよ。それより雪かきを始めようか。今日の雪は重い。腰を壊さないように、慎重にいこう」
そういって僕は雪切丸を振り回し、雪の塊を砕いて砕いて砕きまくった。
我が名は源ヒカル――雪の破壊者なり!