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妖狐は歳だが役に立つ4

「で、具体的に妾は何をすれば良いのじゃ」

「そうだなあ、クレナ、スコップとスノーダンプ、どっちがいい?」

「なんじゃ、よう分からんが、スノーダンプという名前がカッコ良いの。それにする」

「オーケー。じゃあ、まずはこの雪寄せ用の道具で一緒に雪を集めよう」


 そう言って僕は、スキーウェアを着た狐娘に、プッシャーを手渡した。

 プッシャーとは、長い柄の先にブルドーザーのような形をした雪を押し出すプラスチックの部品が付いており、主に雪を集めるのに使う。

 こいつで雪を押しながら、一箇所に集めるのだ。


「おお、なるほど。便利な道具じゃ」

「それじゃ、雑巾掛けみたく、端から順番にこいつを地面に押し付けて進んでいこう」

「うむ」


 そうして、2人並んででプッシャーを持ちながら、家の前の雪をどんどん一箇所に堆積させていく。

 こうしていると、本当に小学校の時にやった集団での雑巾がけを思い出すな。

 プッシャーで集まらない雪や、散らかった残雪は、スコップを使って積み上げていく。

 こうして、家の入り口から少し離れた簡易雪捨て場に、ドンドン山を作っていくのだ。


「はは、なんじゃ、けっこう面白いのう」

「ま、最初は新鮮でいいよな……」


 僕はもう筋肉痛で腰が痛いので、この作業でも身体が悲鳴をあげている。

 雪かきは、2日目が地獄なのをまだ彼女は知らない。

 ふふふ、これからジックリとその身に教え込んでくれるわ……。


「ふう、だいたい集まったのではないか?」

「よし。2人でやったから20分くらいで済んだな。今集めた雪を、俺がスコップでこのスノーダンプという運搬用の道具に乗せていくから、クレナはそいつを押して家の横を通り、庭に投げてきてくれ」


 スノーダンプとは、雪の上を滑るように進む車輪のない手押しトロッコのようなもので、大雪の日には欠かせない雪国のマストアイテムである。


「あいわかった。では早速、雪を積んでくれ」

「オーケイ……気を付けろよ……」

「? なんじゃ、まるで化け物退治に行く戦士を見る目じゃが……」

「行けば分かる。よいしょっと。これで、上から叩いて固めて――よし! 行ってこい!」


 雪を積み終えた俺がそう言うと、クレナはものすごい勢いでスノーダンプを押して、角を曲がり、家の横にある道に入った。


「ふははは! 峠の走り屋と謳われたこの紅御前くれないごぜんに掛かれば、このような作業、造作もないわぁ!」


 調子に乗っているクレナだが、この先の展開を俺は知っている。

 僕も何度も経験した、北の大地の洗礼を。


「ぎゃーー!!」

「やはり! やられたか……!!」


 曲がった直後に聞こえてきたクレナの悲鳴を聞いた僕は慌てて駆けつけた。

 見ればそこには、雪に腰のあたりまで沈んで動けなくなった狐娘が、ジタバタともがいている。


「くっ! この……! 抜けぬっ! ふぬっ! ふぬっ!」

「待ってろ、今行く!」


 雪に足を取られたクレナは哀れ、罠にかかった獣のように必死の形相で足を抜こうと頑張っている。

 俺は彼女に手を貸し、グッと引っ張ってやると、ようやく彼女の足が雪から解放された。


「はぁ、はぁ。なんじゃ……罠か!?」

「そう。自然が仕掛けた雪の罠――雪の妖精のイタズラフェアリー・トリックだ」

「いちいち名前がカッコいいのう。はあ、くそ、今のでだいぶ体力が持って行かれたわい……」


 そうなのだ。

 雪の運搬では、雪に足を取られて体力が消耗することこの上ない。

 なんの変哲もない雪道には、無数の天然落とし穴が点在しているのだ。

 一度深い穴を発見したら、そこを埋めながら進んでいくのが基本である。


「クレナ。俺たちは開拓者なんだ。この雪を運ぶ道、栄光へと続く雪道アッピア・オブ・サッポロを、地道にならしながら進んでいく。そう、それこそが北の大地が誇るフロンティア精神……!」

「なーにを訳のわからぬことを言っとるんじゃお主は……。まあ、とにかく大変なのは分かったわい」


 だいたい除雪の仕組みが分かったクレナと僕は、黙々と作業を続けた。

 お互い集中し、会話はない。

 俺は必死に雪を載せ、クレナは同じ道を何度も往復する。

 単調な作業の繰り返し。

 給料は出ない。

 寒い。

 こんな作業は――。


「もう、いやじゃ! 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃー!!」


 ついにクレナが駄々をこね始めた。


「だいたい、少年と美少女妖怪がボーイミーツガールして、やることが雪かきて! ふざけてるのか!」

「うるさい! これが現実なんだ! 現実を見ろ! まだまだまだまだ雪はあるぞぉ? そうれ、おかわりだ。 彼方にありますのが、昨日残しておいた雪でございまぁす! アハハハハハ」

「うー! なんてやつを依り代にしてしまったのだ……! こんな雪狂いスノージャンキー、妖怪よりよっぽどタチが悪いわ……!」

「ま、今日は2人だから作業を分担できてまだマシだ。ほら、スコップとダンプを交代しようぜ」


 スコップで雪を削ってダンプに乗せる筋肉と、ダンプで運搬する時に使う筋肉は微妙に異なるため、交代することによって疲労を軽減することができる。

 当たり前のことだか、1人よりも、2人の方が除雪は捗るのだ。


「クレナ……。僕は君と出会うことができて、本当に嬉しいよ……!」

「いやそれ最終回あたりの感動的なシーンに言うやつじゃ! こんなところで使わないで!」


 そんなこんなで、僕たちは小一時間、雪との格闘を繰り広げた。

 ダンプを二台投入し、雪を捨てて戻ってきた時にはすでに2台目のダンプに雪が乗っている状態を維持する。

 この作戦が、はまった。

 あれよあれよと雪は減っていき、気がつけば家の前の雪は綺麗さっぱり一掃されたのだった。


「終わったのじゃ……」

「ああ、見てみろよ、クレナ。この雪が綺麗になくなった美しい景色を……」

「おお、スッキリ爽快と言うやつじゃな。えもいえぬ達成感がこみ上げてくる」


 辛い作業だが、終わってみると気持ちのいいもんだ。


「中に入ろう。シャツが汗で気持ち悪いだろ。風邪をひく前にさっさと着替えないとな」

「うむ。では、そうしよう」


 僕たちは除雪グッズを片して、家の中に入った。

 長靴やスノーウェアを脱ぐと、身体が羽根のように軽く感じられる。

 さあて、お楽しみは、これからだ。


 ◆◇◆


「そうら、煮詰め終わったぞー」

「んあ?」


 僕はキッチンから、人数分のお椀をトレーに乗せて、コタツに入ってダウンしているクレナの元に運んだ。

 ついでに小春の分も。


「くんくん、おお、この香りは……ぜんざいか!?」

「おしるこでーす。はい、お疲れ様」


 そう、これは小豆を火にかけて茹でながら潰し、その中に餅を打ち込むみんな大好き冬の和風スイーツ、おしるこである。


「おおー! これは美味しそうじゃ!」

「お兄さんは料理が上手いのでとても役にたつです」


 こんなもん料理の部類に入るかどうかはわかんないが、美味しいことは間違いない。


「働いた後の甘いものは最高だぞー」チラッチラッ

「何ですかお兄さん、こっちをチラチラ見て。まさか、従姉妹の私に欲情しましたか?」

「ちげえよ! 暗に働けって言ってるんだよ!」

「ふっ笑止。働かなくても美味しいものは美味しいのです。あむっ。んー甘〜い❤︎」


 小春はスプーンでおしるこを掬って、心底美味しそうにその味を堪能している。

 まあ、気に入ってもらえたのなら嬉しい。

 そして、クレナはというと――。


「おかわり! おかわり!」


 口の周りをアンコでベトベトにしながら、目をキラキラさせて空いたお椀を差し出してくる。

 なんか、こう、ペットみたいだ。

 可愛い。


「よしよし、好きなだけ食っていいからな」

「おお……! 極楽浄土とは現世に存在しておったのか……!」


 尻尾をご機嫌に揺らしながら、目を細めてコタツの中でぬくんでいる狐様は、とても幸福そうな顔をしていた。


 季節は12月の中盤――。

 冬はまだまだ始まったばかりである。


 雪や寒さを乗り越えるのに必要なのは、身体と心の暖かさだ。

 幸い、我が家には幸福のお稲荷様がいる。


 愛くるしいこのモフコフの紅御前がいる限り、今年の冬はぬくもりが失われる心配はなさそうだと思う、雪の日の午後のひと時であった。








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