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妖狐は歳だが役に立つ2

 

「なあ小春。お兄ちゃん今日友達の家に行ってくるから、雪、やっといてくれない?」

「やだ。あ、オレンジジュース、買ってきて、お兄さん」

「うん、拒否からの要求、すごいね。すごい神経だね」

「ハァー、いたいけな女子中学生にさ、肉体労働を要求する男の人って……。あ、だから彼女ができないのか。お兄さん、やったよ! 謎が解けた!」

「謎じゃなくて雪なんだけどね、溶けて欲しいのは。ま、いいや。確かに引きこもりの細腕であの重たい雪は無理か」

「ムリムリムリムリこたつむり。小春はおこたでゲームしてます。いってらっしゃいお兄さん」


 僕の従姉妹である源小春はそう言うと、ズサーっとコタツの中に潜り混んで、反対側からピョコリと顔を出した。

 黒髪を適当に伸ばしたヘアスタイルでも、ちょっとセットすれば清楚な美少女に見えるのだから、顔の造りというのはつくづく重要だなあと思わされる、そんなジト目の少女だ。

 家ではブラシで梳かしもしないので、ところどころ寝癖で髪が跳ね上がってしまっている。


 趣味はアニメ鑑賞、ゲーム。

 将来の夢は専業主婦。

 理想の男性は家事ができること、オタク趣味に理解があること。


 専業主婦で旦那に家事を求めるって、一体どういうことなのか僕にはよく分からない。

 そんな引きこもりの少女を家に残して、僕、源ヒカルは家から徒歩5分の所にあるバス停を目指した。

 家からバス停まで徒歩5分だからと言って発車時刻の7分前くらいに家を出ていては、アイスバーンに苦戦して間に合わないこともある。

 なので、少なくとも10分前に家を出るのが、冬の常識なのだ。

 そしてバスは悪路のため、10分遅れでバス停に到着する。

 こういうこともしばしばあるのがこの街の日常だった。


 バスの中は暖房が効いてて、ぬっくぬくで、ついウトウトしてしまった。

 雪かきの疲れもあったのだろう。

 ハッと気がつけば、目的地を通り過ぎて、見知らぬ土地をバスが走っていた。


 これはいかん!


 慌てて降車ボタンを押し、定期券の範囲を超えた料金を支払って、降車した。

 バス停の名前は「五穀稲荷神社前」。

 この辺りまで来たことは無いので、完全に初見の地域である。

 友人にスマートフォンで遅れるという旨を伝え、反対車線で次のバスを待った。

 さて、ここで僕の中に一つの疑問が浮かび上がる。

 バス停の名前に反し、近くに神社らしき建物が見当たらないのだ。


 稲荷神社といえば、地元では伏見稲荷大社が有名であったが、北海道にも稲荷様を祀った(やしろ)はそこそこあるという話を爺ちゃんである源平助から聞いたことがある。

 そもそも稲荷神社は日本中、特に東日本にたくさんあって、その数は数千にものぼるとかなんとか。

 ただ中には人知れず自然災害や工事などで消えていく社も多いらしい。

 もしかしてもうこのバス停名になっている神社はもう取り壊されたのかな。

 そんなことを考えていると、人の気配など無かったこの田舎のバス停に、何か人の声のような音が聞こえてきた。

 よく、耳を凝らしてみるとそれは助けを求める女の子の声のようである。


『助けて......助けて......』


 注意深く声の発声源を探ると、どうやら僕が座っているバス停の背後にある、雪をかぶった木々の生い茂る森の奥。

 そこから声が聞こえている気がする。

 当然、道などない。

 しかし、放ってはおけない。


 僕は歩道から、腰の高さほど重たい雪が降り積もった森へと乗り込んだ。

 ズボッズボッっと足を沈めながら、雪をかき分けてなんとか進む。


『助けておくれ……助けて、助けて』


 次第に助けを求める声が大きくなってきた。

 しかし、一体こんな森の中で少女がどんな目にあっているのだというのか。

 なんだかそぞろな気分で森の奥へと進んでいくと、ある場所を境に、何やら森の中を流れている「空気」が変わった。

 なんというか、ここだけ世界から切り離されているような――そんな不思議な感覚。


 足を止め、白い息を吐きながら耳を凝らしてみる。


『おお、ここじゃ、ここじゃ。お主の目の前に埋まっておる。掘り起こしてたもれ』


 「埋まっている」と、確かにこの声の主はそう言った。

 いや、「言った」というのは適切ではないかもしれない。

 なぜなら雪に埋まっている人間はこんなにはっきり言葉などを発することが不可能だから。


 すなわち、この声の主は人外。

 人ならざるもの。

 妖の類である――と僕は気がついた。


 信じられないかもしれないが、この世界にはいわゆる妖怪のような怪異が存在しているのだ。

 僕の先祖は、そう言ったものを「視る」力を持っており、そしてその力を駆使し、成り上がって時の権力者に使えたと、爺ちゃんから聞いたことがあった。


 その子孫である僕にも、その厄介な力が遺伝しており、こうしてたまに遭遇してしまうのだ。

 ライトノベルなんかじゃあ大人気のこの能力だが、いいことなんか一つもない。

 周りからは嘘つき呼ばわり、たまに悲鳴をあげる頭のおかしい子供――。

 いつしか僕はこういった妖の類を見て見ぬ振りをする技を身につけたのだった。


 それにしても。

 こんなにはっきりと話かけてくる奴は珍しい。

 みな、間髪入れずに逃げ出すか、襲いかかってくるかのどちらかなのだが。


『何をしておる。はよう、掘ってたもれ。寒いぞ、寒いぞ。冬は嫌いじゃ、雪は嫌いじゃ』


 本当なら、いつものように無視をするのだが。

 僕と全くもって同じ意見を持つこの人ならざるものに対して、何というか、親近感が湧いてしまった。

 気がつけば、雪を手で掘り返していた。


 ザクザクザク。


 一心不乱に雪を掘ってみると、何やら木でできた謎の物体がだんだんと姿を現してきた。

 どうやら、この木のオブジェクトの正体は「祠」のようなもので、雪を払ってみると、そこには「お稲荷様」という文言が墨文字で刻まれていた。

 ああ、そうか、ここが稲荷神社か。

 周りの雪を綺麗に取り除き、完全な状態にしてやると、目の前の祠が眩い光を放ち、その上空から先ほど聞こえていた声がよりはっきりと僕の耳に届いた。


「ふうっ! ようやく出るのができたわい。おお、おお、お主か。妾を助けた勇敢なる若人は。ふむ、何やら懐かしい香りがするのう……」


 その声につられ、ふと見上げると、祠の上にそれ(・・)はフワフワと浮遊していた。

 頭には白い狐の耳が、お尻にはモフモフの尻尾が。

 赤い袴をきた巫女装束の狐っ娘が、こちらをみてクンクンと匂いを嗅いでいる。


 さて、ここが神社で彼女は人外、ということはやはり――。


「あなたは、もしかして神様ですか?」

「ふふ、かつて人の子にはそう思われていたようじゃが、それは違う。妾は妖狐、妖狐の(くれない)と申す者である。何やら野盗に襲われている村人を気まぐれで助けたせいでこうして社まで建てられて、信仰を集めてしまい、神格化してしまってはおるが……妾はそんなたいそれた存在ではない」


 白い毛並みの妖狐。

 確か、かの有名な陰陽師である安倍晴明の母親、葛の葉という人物が、白い狐の妖であったという話を聞いたことがある。

 色の白い狐は幸福の象徴であり、稲荷神社に祀られている神様は大抵が白いお狐様。

 神社にある真っ白な狐の像を見たことがある人も多いのではなかろうか。


 本人は自らを妖怪と呼んでいるが、ここが稲荷神社で、耳と尻尾が白いとあってはどう考えても神様にしか見えない。

 ここは、敬意を持って接することにしよう。


「それで、(くれない)様は、その、なぜ僕に助けを?」

「ふむ。この地ではもはや妾を信仰する者も居なくなり、細々とここで街を眺めておるのじゃが、なにぶん神気が弱いばっかりに、依り代に縛られてしまってのう」

「依り代に縛られる?」

「簡単にいうと、この祠から動けないということじゃ。じゃから、降り積もる雪に抗うこともできず、ただうもれてゆくのよ。ああ、忌々しい、この雪めが。このっ! このっ!」


 ゲッシゲッシと雪を蹴り上げる紅様。

 ああ、おいたわしや。

 あなたもこの冷酷で残忍なる雪の被害者だったのですね。


「でも、それじゃあ、僕が掘り起こしたところで、再び雪が降ったならば――」


 また、彼女は埋もれてしまう。

 僕が毎日通うというのも、交通費の面から考えてちょっと苦しかった。


「その問題は、解決できる。お主次第じゃがなあ」

「僕次第、ですか?」

「うむ。神の依り代というのは、何か大量の霊気を持ったモノでなければならぬ。例えば、神木。例えば、魔鏡。例えば、職人が魂を込めて創り上げた人形。そして例えば――強い霊気を持つ人間、とかの」

「霊気を持つ人ですか」

「うむ。見たところお主は尋常ならざる霊気を持っておるゆえ、妾の依り代としては十分、いやむしろ最適と言っても良い存在なのじゃ」


 なるほど。

 つまりはこの社から僕へと引っ越すことで、移動を可能にしようというわけか。


「そうなると、紅様は僕にぴったりとくっついてしまうのですか?」

「いやいや、お主が魔力を供給してくれるのならば、ある程度は自由に動けるのじゃ。簡単にいうと、お主にくっついているのがコンセントに直接繋がっている状態で、離れると、貰った霊気を使って動く充電タイプになるというわけじゃ」

「なるほど。分かりました。雪に苦しむ気持ちは僕はすごくよくわかります。僕が、あなたの依り代になりますよ」

「――!! ほ、本当か……? 嫌じゃないか……?」


 目を潤めて、僕の手を握りながら、紅様はこっちを見上げてくる。

 彼女の手は冷たかった。


「嫌じゃないですよ。一緒に帰りましょう」

「ありがとう……少年!!」


 こうして、僕と妖狐の紅さんは、お友達になったのだった。



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