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昨日の淵は今日の瀬5

 

「紅ママーーッ!!」

「おお、よしよし頼光。怖かったのう」

「再びお会いできて、本当に嬉しいですぅうう! なぜ、この北の地に!」

「ん、まあ引っ越しただけじゃ。これ、あんまり引っ付くでない、幼子じゃあるまいし」


 さっきまで俺に太刀を振るいまくっていた頼光は、紅の腰にすがりついてオイオイ泣いている。

 なんなんですかね……この人。


「おお、ヒカルよ。よくこやつの狂化を解いたのう」

「狂化?」

「そうじゃ。頼光寺に祀られていた頼光の霊魂が、なぜかお主の強力な妖怪を狂化させておびき寄せる能力に引っかかったのじゃろう」


 マジかよ。

 じゃあ、もしかして諸悪の根源は僕なのだろうか。

 そんなことを考えていると、クレナに泣きついていた頼光さんが、こっちを向いた。

 長い黒髪を後ろで結い上げており、目元には泣きぼくろが一つ。

 妙齢の美人である。


「ああ、我が子孫。先ほどはすまなかったわね。私としたことが、闇に囚われてしまっていたようで」

「なんだか僕のせいで狂化してたみたいで。こっちこそすいません」

「いや、自分の子孫のことだからよく分かるけれど、そなたの妖を引き寄せる能力は決して悪しき力ではない。むしろ、呪いに囚われたものを引き寄せて浄化させる救済のつるぎ。そして妖怪のあなたに対する敵意とはかつて私が生み出したものだから、謝るのは私の方よ。本当にごめんなさい」


 そう言って頭を下げた頼光さん。

 しかし分からないのは、僕に敵意をもつ妖怪を引き寄せて、その怒りを鎮めるという能力に頼光さんが引っかかったという点だった。

 なんで子孫の僕に敵意を持っていたのだろう。


「……不思議でしょう。なぜ私があなたに対して敵意を持っていたか」

「はい。分かりません」

「それはね、あなたに対する敵意じゃなくて、自分自身にたいする敵意だったの。いえ敵意ではなく迷いと言うべきかしら」


 そう言って物憂げな顔をした頼光さんは、自分が歩んできた退魔の人生を語り始めた。

 なんでも頼光さん、昔は妖怪を見かけては即切り掛かり退治することを信条にしていたそうで、その目標は日ノ本ひのもとから妖を一匹残らず駆逐することだったらしい。

 そんな妖怪殺しの頼光が考えを改め始めた出来事、それは――。


「紅ママとの出会いよ」

「く、紅ママ」


 ある村で紅という善の妖怪に触れた頼光は、すべての妖怪が悪であるという自分の考えに疑問を持ち始め、妖怪を知ろうと努力することにした。

 そのためクレナと行動をともにするうちに、今まで感じたことのなかった母の愛のようなものをクレナから感じ取り、以降彼女を自分の母のように慕うようになったらしい。


「それからは、いろいろと考えるようになったわ。妖怪の言い分を聞いて、切るべきものを見定めることを実行して――」

「ああ、そうなんだ。土蜘蛛は問答無用で切りつけられたって言ってたけど」

「土蜘蛛? あれは確か私が寝込んでいるときに部屋に侵入してきて、『食べちゃいたいわ〜ぐへへ』って言ってたからてっきり暗殺しにきたのだと思ったのだけれど」

「なんか薬を届けに来てたみたいだよ」

「あら、そうなの……。後で謝らなくちゃ」


 まあ……寝込みに妖怪が不法侵入してきて不敵な笑みを浮かべてたら勘違いするのも仕方がないか。


「で、今の話が僕を狙ったのと何の関係があるわけ?」

「そうね……妖怪を知ろうとすることは、自分の中ではっきりと正しいことだとは思えていなかったの。調査や説得などによって、人間に害をなす妖を討つ早さは格段に落ちてしまい、道長様からもいろいろ言われたわ。あの混沌の時代では基本的に良い妖怪なんて少なかったから、多くの人にとって妖怪との対話など時間の無駄でしかなかったのね。たまに酒呑童子のような例外もいたのだけれど」


 なるほど。

 少ない例外のために、その他多くの悪を討つ早さが落ちてしまったのか。


「私はそんな自分の武の道に迷いに迷い、結局何が正しいのか分からぬままにその生涯を終えた――」

「その妖怪と対話する自分を否定する気持ちが、僕に向いたわけか」

「そういうことね。本当にごめんなさい」


 再び頭をさげる頼光。

 ま、謝ってくれたからこの話はこれでおしまいだ。

 僕が彼女を許す言葉を伝えると、クレナはそっと頼光によりそった。


「頼光や。あの争いが絶えず、人の命がまるで塵芥のように散っていった混沌の時代は終わり、この世の瘴気は格段に量を減らしておる。妖怪とはこれすなわち世相。昔のように邪悪な鬼たちはもう姿を消しておるわ」

「そうなのですね……。ではもう私の破魔の務めは……」

「必要なかろう。少なくともこの日本で殺し合いの時代は去り、法の下に秩序が悪から民を庇護しておる。それにもし邪悪なあやかしが現れても、心強い男の子がおるしのう」


 そういってクレナは僕の方をみて微笑んだ。

 そんな期待されても困るんだが。


「では、私は、私の歩んできた道は――」

「もちろん大きな意味を持つ。お主のような英傑たち一人一人の人生の上に今の時代あり。胸を張れ、頼光や」

「……ママーーッ!!」


 号泣する頼光の身体は光り輝き、やがて透け始めた。

 ああ、そうか。

 これが成仏ってやつか。


 そして頼光は――。


 ◆◇◆


「新年明けまして――」

「「「「「おめでとうございまーす」」」」」


 僕たちは1月1日の晩、グラスを合わせて乾杯をしていた。

 父と母は昼にしこたま酒を飲んでダウンしているので、今いるのは妖怪たちと小春、そして――。


「しゅてんちゃーん! ほうら、グラスがもうからだよー!」

「……おっとっと。グビリ」


 酒呑童子に酒を注いでいる源頼光だった。

 彼女、天に召される最中に、「あ、ちょっと待って。酒呑ちゃんに挨拶してないや」といって成仏をキャンセルした。

 そして我が家で年越しを迎えているのである。

 成仏ってキャンセルできるんだな……。


「ふむむ、酒を飲むのは久しぶりじゃ。ほれ、ヒカルも一杯」

「あほか。未成年じゃ」

「何ィ! 妾の酒が飲めんというのか!!」

「我が子孫! ママの酒が飲めないなんてどういうことよ!!」


 こいつらはすっかり出来上がってしまっている。

 橋姫ちゃんはなぜか下着姿で舞を披露しているし、土蜘蛛は酒ではなくコーヒーを飲んでベロンベロンに酔っ払い、僕の腕に纏わりついてくる。

 小春は我関せずと、お年玉でソシャゲのお正月ガチャを回しまくっていた。


 なんて騒がしいお正月なんだ!


 でもまあ、こういうのも悪くないな。

 京都にいた頃みたいに妖怪を毛嫌いしながらコソコソと生きてた頃よりもずっと、楽しい。


 妖怪と人間、もちろん相容れない部分はたくさんある。

 それでも、こいつらみたいに僕の生活を愉快にしてくれる奴らも存在するのだ。

 たとえ相手が異形の者であろうとも、すこし相手のことを尋ねてみれば、もしかしたら同じ気持ちを共有しているかもしれない。


 そう、例えば――。


「お前ら、今晩は吹雪だから全員で雪かきだぞ」

「「「「ヤダ!!」」」」


 ◆◇◆


 うーん、なんてすがすがしい朝なんだ。

 家の前に雪が一切ない。

 頼光を迎え入れた我が家の雪かきはもはや苦痛ではなくなっていた。

 それもそのはず、かの頼光四天王がすごい働くからだ。

 特に碓井さんがすごい。

 彼が的確な指示を出し、その他の怪力たちがもくもくと仕事をこなしていく。

 もはや雪など恐るるに足らなかった。


「あらヒカル。外に出てどうしたの」

「ああ、母さん。いや、綺麗に雪かきされた家の前を眺めていてね。最高の気分だよ」


 僕の母親が新聞を取りに外に出てきて、話しかけてきた。

 母さん、僕たちの雪かきライフは今後安泰だよ!


「ああ、いつもありがとう、ヒカル」

「いやいや! 大したことじゃないよ!」

「でもあんた、大丈夫かい?」


 母さんは新聞を手に持ちながら、心配そうな顔でこっちを見てくる。


「大丈夫大丈夫。雪かきのコツってやつを掴んだからね」

「いやそうじゃなくって。ご近所さんからの評判よ」

「え、何?」


 そして、頬に手を当てて僕を眺めている母さんの口から衝撃の一言が告げられる。


「あんた、まるで見えない何かに話しかけるように黙々と除雪をすることから、町内会でこう呼ばれているわよ。――妖怪を統べる者ぬらりひょん・ぼーいってね」


 ぎゃー!



完。


ってなわけで、最終回でした。

まさか雪かきの話がここまで多くの人に読んでもらえるとは思わず、嬉しかったです。

大変ですよね、雪かき。

予想外に人気だったので、シリーズ化して続編を作るのもありかなと思ってます。

それでは、寒さが厳しい日が続いているようですが、お風邪など召されませぬようご自愛ください。

お読みくださり誠にありがとうございました。

感想など、お気軽にどうぞ!

お待ちしております


岸涯小僧



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