昨日の淵は今日の瀬4
急に邪悪な気配を纏い出した僕の先祖を名乗る武者は、腰に差していた太刀をシュルリと綺麗な動作で抜き、そのまま雪の地面を蹴り上げてこちらに切りかかってきた。
「キエエエエッ!!」
「あわわわわ」
般若の面をつけた鎧武者が凶器を持って切りかかってくるのだから怖くないはずがない。
僕はなんとか雪切丸を頭上で横に構えて、上方から振り下ろされるやつの兇刃を受け止めた。
その立派な刀と僕のスコップが衝突すると、ビイイィン!という重く鈍い振動が身体に伝わり、2、3秒ギリギリと膠着状態が続く。
バックステップを踏んで一度離れた相手は、一呼吸おいた後、スイイっと刀で空中に円を描いたのち、再びものすごい速さで刀を振るいはじめた。
僕はじいちゃんに妖怪への護身として剣術の基礎は習っていたのだが、達人のじいちゃんの剣を受け続けた経験から判断するに、この相手の動きは天下無双というほどでもない。
なぜなら敵の攻撃は力任せの読みやすい太刀筋で、なんとかにわか剣法でもギリギリ刃を防いぐことはできているからだ。
しかし、なにぶん僕のスコップを支える筋肉が足りていないので、上腕二頭筋あたりの疲労が尋常じゃなかった。
そんな事情は御構い無しと、この武者の乱舞はいっそう激しさを増し、スコップとの衝突音の間隔も次第に短くなっていく。
僕はジリジリと後退しながら必死にスコップの先を敵の攻撃に合わせることしかできなかった。
「ドウシタ! ドウシタ!! ソンナ軟弱ナ振ル舞イデハ、コノ世カラ妖ヲ駆逐デキナイゾォオオオ!!」
「うぐっ! うわあっ! よっと……うぎゃあ! なまらキツイ! ええい、この!」
なんだか相手が語りかけてくるが、もうそれどころじゃない。
襲いかかる白刃に合わせて、腰に力を入れながら、リズムよくスコップを繰り出して弾きかえす。
というか僕、素人にしてはよく相手の刀捌きについてこれてるよな。
だれか褒めてくれてもいいんじゃない?
そんな攻防が続き、いよいよ壁際まで追い詰められそうになったので、僕の取れる手段は一つしか残っていなかった。
「……あっ! あそこにいるの崇徳上皇じゃね!?」
「ナンダト!?!?」
僕が適当な方向を指差してそう叫ぶと、鎧武者はあわててそちらを向いた。
――崇徳上皇。
さっき酒呑童子を検索したときに出てきた、なんかヤバそうな妖怪である。
「バーカ! そんなやついるかマヌケ! 女声! じゃあな! ああ、家の鍵は俺が持ってるぞ!」
「……コノ!」
俺は武者を煽るだけ煽ったあと、家の右側へと逃げ出した。
京都暮らしのシティボーイめ、見せてやるよ、北国の戦いってやつをな……!
◆◇◆
僕は慣れた足取りでスススっと雪道をすすみ、ものの数秒で一番奥へとたどり着く。
鎧武者は、いままさに雪道に足を踏み出そうとしているところだ。
「おっせえなあ! そんな重たい甲冑捨てたらぁ?」
「黙レ! 可愛イ子孫ダト思ッテ手ヲ抜イテオッタガモウ容赦セヌ! 待ッテロ、クソ餓鬼ガ!」
怒髪天を突くっといった感じの鎧武者が、ドシンドシンと地面を踏み鳴らしてこっちに向かって走ってきた。
おやおや、ずいぶんと重たい装備だ。
「大丈夫か? この栄光へと続く雪道には重量制限があるぞ?」
「ガアアアアッ!!」
そんな優しい僕の忠告を無視して、イノシシのように突進してくる奴さん。
なんて……愚か!
「気を付けろよ、重装武者。そこらへんは、遊んでいるからな。――妖精達がよ」
そういって俺は何度も自分が被害にあったその場所に武者が足をおいたその瞬間、パチンと指を鳴らした。
「雪の妖精のイタズラ!!」
「!? グワアアッ! ナンダァ、コレハ!」
ズボボッっと武者の足がものすごい勢いで雪に沈み、一瞬で腰まで埋まることになった。
今日はまだ栄光へと続く雪道をふみ固めて居ないのだ。
そんな重たい格好で走っていては、埋まらない方がおかしい。
冬に痛い目を見る人の敗因の9割は無知なのだ。
「動けまい、鎧武者。ようし、待ってろよ。いま楽にしてやる。ふひひ」
僕は雪切丸を引きずりながら、ジリジリと敵に歩み寄る。
まるで罠にかかった鹿にトドメを刺しに行くかのように。
敵は穴から抜け出そうと剣を離して両手でもがいているので、隙だらけだった。
そうして雪に埋まったマヌケな武者の目の前に来た僕は、やつの剣に注意を向けながら、ドヤ顔でやつを見下して勝利宣言をする。
「冥土のみやげに何か言い残すことはあるか?」
「……甘イワ」
ん?
甘岩?
どこかの銘菓か何かか?
その瞬間、上半身の自由がきく武者は両手をパンと合わせて、高らかに声を上げた。
「主君ガ呼ビ掛ケニ応ジ、速ヤカニ我ガ元へ集結セヨ。破魔ノ誓イ二偽リナシ――出デヨ四天王!!」
◆◇◆
――頼光四天王
頼光に仕え、信望し、ともに妖を討ったとされる四人の英傑を指してそう呼ばれている。
その名前を呼んだ目の前の武者の周りに、四つの光の柱が天から降りてきて、やがてそこには四人の幼女が姿を現し、一斉にこちらを向いた。
「我こそは天下一の鬼殺し、名刀髭切を振るい落とした鬼角数千本、渡辺綱 (わたなべのつな)!」
「足柄山の力持ち、熊を相撲で投げとばす怪力が自慢でござる。坂田金時!」
「大猿を切り大蛇を切り、しまいには温泉まで見つけてしまう何でも屋です! 名を碓井貞光!」
『遠方の針の穴をも射抜く弓の達人とは僕のこと! 姑獲鳥、山姥なんでもござれ、卜部季武!」
「「「「四人合わせて、我ら頼光四天王!!!」」」」
ババーン!
名乗りを上げた四人がポーズを決め、キメ顔でこっちを見てる。
四人の幼女の顔は瓜ふたつの可愛い見た目で、髪の毛が赤青黄白という奇抜な色をしていた。
「なんだこれ!?」
僕が呆気にとられていると、その頼光四天王はみんなでせっせと埋まっている武者を掘り起こし始めた。
「うおー! いま助けます、頼光様!」
「でもちょっと待てよ、なんか頼光様、様子がおかしくないか?」
「いやいや、この匂いは間違いなく頼光様でござる」
「よっりみつ! よっりみつ!」
ものすごい勢いで雪が掻き出されていき、武者が雪から出てくるのに数秒もかからなかった。
「カカカ、ゴ苦労、我ガ忠臣タチヨ!! 形勢逆転、モハヤ汝ニ逃ゲ場ナシ! 喰ラウガイイ! 我ガ破魔ノ一閃ヲ!」
そう高笑いして、武者は居合の体制を取り、素早いすり足でこちらに急接近してくる。
僕はというと、普通に雪に足が埋まって動けなかった。
もう! こんな時に!
絶対絶命、そう思ったその時、少し離れたところから聞き慣れた声が飛んできた。
「これ!! 何をしておる、頼光!!」
「!?」
その声の主はクレナ。
武者はクレナの声を聞くや否や、ピタリと動きを止めて動かなくなった。
なんだかよくわからないが、いまがチャンスだ!
僕は渾身の力をもって、雪切丸を思いっきり武者めがけて投擲した。
まっすぐ般若の面に向かって飛んでいった剣先スコップは、スコーン!といい音を立ててその顔面に直撃。
すると、そのお面はピキピキとヒビを入れながら壊れ始め、やがてまばゆい光とともに弾けとぶ。
そうして露わになった武者の素顔は、なんとも美人のお姉さんであった。
やっぱ歴史上の偉人って、幼女とか美人なんだなぁ。