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昨日の淵は今日の瀬3

 

 ――酒呑童子しゅてんどうじ


 かつて平安の日本を暴れ回っていた鬼たちの親玉であり、人里に降りては人をさらい、喰らい、悪逆の限りを尽くした悪名あくみょう名高い最強の鬼の名前である。

 この鬼の大将の暴虐を憂いた朝廷は、妖怪退治のプロフェッションである源頼光と部下の四天王たちに酒呑童子の退治を依頼した。

 そうして大江山にある鬼たちの居城に山伏のかっこうをして乗り込んだ一行は、「神便鬼毒酒」という神から授かった毒入りの酒で酒に目がない酒呑童子を弱らせて、見事その首を落としたという。


「その酒呑童子が、君ってわけ?」

「……全然ちがう」


 僕は酒呑童子を名乗った少女の情報をスマートフォンで調べて検索した結果を彼女に伝えたが、どうやら情報に誤りがあるみたいだ。


「……まず私、生きてるし」

「だよねー」


 頼光が酒呑童子の首を切り落として退治したというのは、どうやら間違いみたいだ。

 目の前に五体満足で立ってるしね、彼女。

 ほぼ無表情の鬼娘はすこし黙り込んだ後、小さな口を開いて、事情を話し始めた。


「……私は、もともと比叡山で配下の鬼たちとひっそり暮らしてた。そこに延暦寺とかいう寺が立って、そのあと最澄だの、空海だの、はちゃめちゃに強い僧侶が鬼狩りを始めた。しんどい。だから大江山に移った」

「ふむふむ」


 歴史の教科書にも出てくる有名な人物たちの名前だ。

 つまり、人間に住処を追われたってことか。


「……それで大江山にきた。人間に同胞たくさん囚われてるから、こっちも人間捕まえて、交換しようとした」

「あーそれで姫様とかをさらってたのか」

「……うん。そしたら、頼光たち来た。お酒くれた。美味しかった」


 頼光の持ってきた酒に毒など入っておらず、ふつうに美味しかったらしい。


「……頼光に事情話した。囚われてる同胞帰ってきた。人間返した。おしまい」

「おー、頼光ナイス。いや、なんかすまんね、人間がめちゃくちゃやったみたいで」

「……いや。私たち以外は欲の塊みたいな鬼ばっかりだったから。しかたない」


 酒呑童子、なんかすごい大人だ。

 しかし話を聞くとますます分からないことがある。

 平成のこの世で、かつて酒呑童子と酒を飲み交わした頼光が彼女を殺そうとしたという話。

 なぜ、死んだ頼光が今の時代に。

 なぜ、酒呑童子に敵意を持っているのか。

 この2点が全く分からない。


「その、頼光に襲われるっていうことに、何か心当たりはあるのか?」

「……ない。私は蟹を食べに新幹線で北海道にきた。そしたら、懐かしい気配あった。頼光だった。居酒屋に誘おうとしたら、切りかかってきた。ビックリ」


 ……なんだか色々と突っ込みどころがある。

 ただ、今わかることは、なぜか頼光が現代に蘇って、酒呑童子を殺そうとしているということ。

 こういう事態に詳しそうなクレナは今、レンタルビデオ店にいる。

 肝心な時にいないやつだ。


「うーん。どうしようか」

「……どうしよう。頼光に勝てる妖怪なんてそうそう居ない。ここに私がいたら土蜘蛛と橋姫も危ない。私はちがう場所に行く」

「いやいや、そういうわけにも。うーん、その頼光がなんで現代にいるのかっていう謎が気になるんだよな」


 首をひねって考え事をしていると、ピンポーンという音が家の中に響いた。

 来客のようだ。

 一体この年の瀬に何の用だろう。


 画面に映っているのは、なんというか、やばい・・・人だった。


 いわゆる胴丸という形の鎧に身を包み、矢よけの籠手や、その他いろいろ時代劇でよく見る日本古来の出で立ちをしている、謎の人物。

 その顔は、般若はんにゃのお面で隠されている。

 無視すると何されるか分からないので僕はガチャッとインターフォンの受話器をとり、何者か尋ねることにした。


『はい、どちら様でしょうか』

『やあやあ、我こそは、悪鬼羅刹を冥府に送り候う破魔の武者、源頼光なり! 此方こなたに妖気を聞き侍り参上つかまつった!」


 ◆◇◆


 あーちょっと……よくわかんないな。

 なんだろう、もしかして頭のおかしな人なのだろうか。

 いや、酒呑童子の件もあるし、この女みたいな声で名乗りを上げているのが本当に源頼光なんだろう。

 自分でもビックリするくらい落ち着いている僕は、とりあえず家の妖怪たちに頼光の来訪を伝えることにする。


「なんかガチの頼光きたわ」

「なんですって!?」

「えー!?」

「……マジ?」


 僕の報告に妖怪たちはものすごい驚いている。

 そりゃそうだ。

 稀代の妖怪スレイヤーが住処のインターフォンを鳴らして「妖怪ころす!」って言ってるんだから。


「とりあえずお前ら、家の奥に隠れてろ。俺が話をつけて帰ってもらうから」


 僕がそういうと、妖怪たちはブンブン頷いて、僕の部屋の方に走り出した。

 まったく、うちの雪かき戦力たちを驚かせやがって。

 ご先祖だからって許さんからな。


 ◆◇◆


 僕はあまり厚着はせず、比較的動きやすい格好で玄関から外に出た。

 入り口から少し離れたところには赤地の甲冑に身を包んだ般若顔のめちゃくちゃ怖いやつが背筋を伸ばして静かに佇んでいる。

 そいつはスイッとこちらの方を向いて、口を動かさぬまま話し始めた。


「おお、我が子孫よ。健在で何より。ここに我がかつて討ち漏らしたあやかしの気配あり。わが膝丸にて一刀両断するゆえ、安心するがいい」

「その心配はないよ、我が先祖。みんな悪さをする気はないから、妖怪スレイヤーはお呼びじゃないね」

「何を言う。我が魂が多田の神社より今世こんぜに蘇るに至るは、これ妖怪を滅せよとの神のおぼしなり!」

「おいおい、何を言ってんだ。あんたは酒呑童子とは話し合って仲良く酒盛りしたらしいじゃないか」

「笑止! この世全てのあやかしを討つ、それが頼光! それこそが頼光! そこ退くがいい我が同胞はらからよ!!」

「まったく、イかれたご先祖だ。いいか、妖怪だの人間だの境目なんてあってないようなもの。気が合うやつか合わないやつか、それだけさ。お前は――気が合わないな!」


 僕は家の壁に立てかけてある雪切丸を構え、頼光と対峙する。

 やつの能面のようなその面は、どこを見ているのかてんで分からなかった。

 その身体からは橋姫のときと同じように黒い瘴気が立ち込めて、よくない空気が家の周りに充満する。


「カカ! カカカカ!! 妖怪ハ滅ス! 例外ナドナイ! 妖コレミナ斬リ伏セルルルル!!!」


 こうして突然に僕とご先祖の戦いが始まってしまった。

 

 喋り方キモっ!

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