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昨日の淵は今日の瀬1

  時は天延。

 京の都のとある邸宅に源満仲という人物が住んでいた。

 かれは藤原摂関家に仕え、やがては官職である鎮守府将軍の地位に就くことになる官僚の1人である。

 かつて満仲は自らの本拠地である摂津国の多田において、領地開拓のために武士団を指揮していた。

 満仲率いるその浪人の集団は、選りすぐりの豪傑の集まりであるともっぱらの噂であり、彼らの手にかかれば、野盗だろうが妖怪だろうが、歯向かうもの皆これ塵と化すと言われるほどである。

 そんな集団の中に、まだ年端もいかぬ童が1人、剣を振るっていた。

 妙に色気のある顔つきと、華奢な身体のせいで初見では性別が見抜けないなんとも怪しげなこの者の名は源頼光よりみつ

 満仲の実の子供であり、将来父の武士団を継ぐために、自らこの武士団に志願したなんとも野心家のわっぱであった。

 もちろん、こんな女顔の童が入れるほど甘い武士団ではないのだが、かれがそこ所属できるのには相応の理由があった。

 それは――。


「ライコウ様、急に足を止めてどうしたんでさぁ」

「おい、その呼び方はやめろと何度も言っているだろう」

「へへ、お嬢様の方が良かったですかい?」

「殺すぞ。あやかしの匂いがする。西の方角からな」


 そう、この頼光、人ならざる者の気配に人一倍敏感で、彼の振るう太刀はそういった存在にすこぶる有効であったのだ。

 なぜかは分からないが、生まれつきそういった体質であり、かの安倍晴明に言わせれば、それが彼の天命・・なんだとか。

 人の命が簡単に消えゆく混沌の時代、死者の霊魂や鬼の類がもたらす被害も多数報告されており、頼光のそうした能力は非常に役に立った。

 なのでこうして武士団への所属を認められているのである。


あやかしですかい。そりゃ、放っておけませんな。西っていうと、王平おうへいっていう村がありますから」

「ほう。村人に化けているのか、それとも隠れ潜んでいるのか。何れにしても、妖は討たねばならぬ」

「へい。その通りで。おおい、お前ら! いったん止まれ! 数人は俺についてこい! 王平の村にちいっとばかし寄り道していくぞ!」


 森で暴れている大猪の退治という任務の最中だった一行だが、頼光の提案で村の様子を見に行くことになった。

 誰一人、頼光のいうことを疑う者はいない。

 そういう時代だったのだ。


 ◆◇◆


「この村か」


 頼光たちは、数分で目的の村にたどり着いた。

 やはり、この村には妖怪の気配が充満していると頼光は確信する。

 鬼か、ムカデか、はたまた死武者か。

 頼光は愛刀の膝丸をいつでも抜けるように、気を引き締めた。

 武装した武士が近づいてきたことに村人はざわつき始め、しばらくすると村長と思われる初老の男が先頭にいる頼光に近づいてきた。


「これはこれは、勇猛果敢で知られる満仲様の武者様がた。このような辺鄙な村に一体なんのご用でしょうか」

「うむ、お主は村長だな。いや、なに、どうもこの村から人ならざる妖の匂いが立ち込めているんでな」

「……!」


 頼光が妖怪の気配を指摘すると、村長はビクっと驚いた反応をみせた。

 それは、妖怪の存在に驚いたというわけではなく、なにか図星をつかれた人が見せる反応に近い。

 そういった態度を頼光は見逃さなかった。


「なんだ、心当たりがあるようだな」

「いえ、いえ。一体なんのことでしょうか。私にはてんで見当もつきませんで……」

「まあよい。自分で探す。そこを通せ」


 入り口を塞ぐ村人を押しのけ、頼光と武士団はその村に入る。

 妖気は大きい。

 何かがいることは間違いない。

 王平の村人は、武士団を不安そうな目で眺めていた。


「妙な村だな。さて、妖気を詳しく探ってみるか。……あそこ、だな」


 頼光が目星をつけたのは、村の隅にひっそりと佇むあばら家だった。

 その家に進むと、王平の村人たちが集まり始め、頼光の行く手を阻む。


「ああ、お武家さま。どうかご容赦を。紅様は、なにも悪さはしておりませぬ」

「ええい、どけ!」


 しびれを切らした頼光は、村人を刀で威嚇しながら、その家の扉を力強く開いた。


 ――狭い家の中に、それはいた。


 人間にはない獣の耳と尾っぽを持った、妖気を放つ女。

 突然現れた頼光を、その全てを見透かすような澄んだ瞳でジッと見つめている。

 その姿にひるむことなく、頼光はそいつに語りかけた。


「妖怪だな。金色の髪、狐の耳に尾っぽとは、さては妖狐か」

「ほう。随分と剣呑な霊気じゃ。なにゆえそのように荒ぶっておるのか」

「無論、貴様ら妖を討つためよ!」


 頼光がつかに手を添えて妖狐に向かって踏み込もうとした途端、何者かが彼の足に絡みついた。


「紅様、いじめちゃ、ダメー!」

「なんだ!?」


 その正体は、村の(わらし)だった。

 頼光の綺麗な太ももにしがみついて、離れない。


「なんだ、お前は! なぜこの妖をかばう!」

「紅さま、お薬作ってくれて、おっかあを助けてくれた! 小豆でお手玉を作ってくれたし、畑の虫も退治してくれたよ! 悪いこと、何にもしてない!」


 なんと、この童によれば、この狐の妖はこの村の民を助けているという。

 頼光にとっては青天の霹靂であった。

 彼にとって妖怪といえば、人間を喰らい、傷つけ、呪い殺すこの世の異物、悪の権化である。

 それが薬師の真似事をするなど、聞いたことがない。

 混乱する頼光に、目の前の狐娘は問いかける。


「妖怪とはなんぞや」

「妖怪は……僕の友達を傷つけた……悪いやつで……」

「人は偉く、妖怪は悪い。そう思ってむやみやたらに剣を振るい、妖怪を葬れば、やがてお主はお主が憎む悪鬼となるじゃろう」

「……」


 頼光は迷った。

 この物の怪の言うように、妖怪にも善悪があると認めてしまえば、頼光の矛は妖怪を撲滅する破魔の(やいば)ではなく、罪の多寡を判定する審判の(つるぎ)と化す。

 今までは妖怪をただ切り捨てていればよかった。

 しかし、今ここで、この妖狐を切ることをやめるのならば、今後頼光の剣は迷うことになる。

 今から切る妖怪は、本当に悪なのか。

 自分が裁いてよいのか――と。

 善悪などという立場によってころころとその基準が変化する曖昧なものへの思考はやがて迷いとなり、迷いはやがて剣を鈍らせ、切るべきものも切れなくなる。

 肝心な時にそうならぬよう、あやかしは皆等しく切り捨てる――それが今までの頼光の矜持であり、そしてこれからもそうするつもりだった。

 しかし、この妖狐の醸し出すまるで母親のような(ぬく)い雰囲気が、その頼光の信念を揺らがせている。


「迷うておるな、童武者わっぱむしゃよ。まあ、好きにするがよい。全てを滅すというのならばそれも結構。その方が『楽』じゃからな」

「楽なものか!」

「楽じゃよ。相手の中身も知ろうとせず、ただひたすらに白刃を振り下ろすだけでよい。簡単なことじゃ。ただ、それは『戦い』ではなく『殺戮』であることをお主は知らぬ」

「戦いではなく、殺戮……」


 その違いとは何か。

 頼光はまだ濁ってはいない澄んだ瞳でその妖狐に問いかけた。


「相手を知る、ということじゃ。戦いとはそういうものじゃ」

「……」


 これが妖狐、紅と、頼光の出会い。

 そして問答の果てに頼光が選んだ武の道、それは――。








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