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合わぬ蓋あれば合う蓋あり4

 さて、所変わって我が家のリビングである。

 コタツを囲んで、妹とチグモ、橋姫ちゃんが僕の左右正面に1人づつ。

 そして僕の膝の上にクレナを座らせる形で暖を取っている。

 机の上の網カゴに入れてあったみかんは、ものの数分で女性陣の胃袋の中に消えていった。


「それで、えーと、橋姫ちゃんはいつ成仏するのかな?」

「知らない。そもそも私って成仏する存在なのかな」


 うーん、どうなんだろう。

 未練を残し死んで地縛霊になった幽霊とかなら、その終わりは成仏で間違いないと思うが、彼女の場合は生きながら呪いを受けて鬼になったようなものだからな。


「どうなんです、クレナ先生」

「ふむ。そこの橋姫がさとりを開いて仏陀になるのは無理な話じゃ」

「いやそうじゃなくて。あの世に行くことができるかって話ですよ」

「それも無理じゃ。そやつは人間ではなく、もはやあやかし。人間がゆく死後の世界とは無縁の状態じゃよ」

「へえ。妖怪が死んだらどこに行くんですか」

「ふむ。知らぬ」


 なんだよ、知らないのか。


「えーじゃあ彼女はどうするんです?」

「妾の知ったことではない。橋姫業界に就職すればいいんじゃないのか?」


 就職!?

 橋姫ってそういう感じなの!?


「昔エントリーシート出したんですけど、やっぱり前科があるのと、全国橋検定を取得していないから、無理でした……はぁ」

「エントリーシート出したの!? あの真っ黒い呪われた状態で!?」

「いや、あの状態になったのは北海道に来てからだから。なんでかここに引き寄せられて、気がついたら自我を失ってたんだよねー」


 ううん、チグモも似たようなことを言ってたな。


「この現象は一体なんなのでしょうか、クレナ先生」

「ふむ。原因は十中八九お主じゃヒカル」

「僕ぅ?」


 なんとなくそんな気がしないでもなかったが、一体どういうことだろう。


「お主が妾の依り代になったことで、お主のうちに秘めた退魔の霊力が妾の神気に引き寄せられる形で目覚め始めておる」

「まじっすか」

「そして、その霊力が、かつてお主の先祖である源頼光が痛めつけた妖怪の魂に干渉し、狂化させてお主の下に引き寄せておる――と妾はふんでおる」

「なんでそんなことに!?」

「それは、あれじゃよ。ゴキブリホイホイ的な感じ。引き寄せて、殺すみたいな」


 なんて嫌な能力なんだ!


「てことは橋姫ちゃん、、昔僕の先祖に何かされたの?」

「今の会話から察するに、お前は頼光の子孫ね。いや、直接は何もされていないけれど、部下の渡辺綱に散々斬りつけられた時、頼光の名前を叫びまくっていたから、嫌でも記憶に残っているわ。恨んでいた、と言って間違いないわね。まあ自業自得なんだけど」


 なるほど、こういう感じの妖怪がわんさか寄ってくるということか。

 うーん、地獄かな?

 ものすごい理不尽な出来事に辟易する僕だが、ま、とりあえず陣城橋で今後カップルが別れるという悲しい事件はもう起こらないだろう。


「なんだかんだで橋姫の件はこれで解決ってことでいいのかな」

「待ちなさい、頼光の子孫。あなたにはやらなければならないことがあるでしょう」


 僕が陣城橋連続破局事件の解決を宣言しようとした所、当の橋姫から待ったがかかった。

 その大きな瞳でこちらを見据えながら、彼女はやや頬を赤らめて、やがて言葉を発す。


「私とデートしなさい!」


 ◆◇◆


 札幌の街というのは、碁盤の目のような形をしているので、住所がよく分かりやすい。

 その中心部は中央区にある札幌駅および大通り駅近辺である。

 大きなビルが立ち並び、日曜日には子供から大人まで様々な人々が食事や映画、そしてデートを楽しんでいる、札幌でもっとも栄えている地域と言っていいだろう。

 札幌、そして大通、果てはすすきの駅までは地下通路が一本通っているために、冬場の徒歩の移動も可能という、なかなかの親切設計だ。

 そんな繁華街を、僕は妖怪の女の子と2人で並んで歩いている。

 なぜ、こんなことに。


「ちょっと、ちゃんと私をエスコートしなさいよね」

「はいはい、善処しますよー」


 あのあと橋姫ちゃんは、私にあれだけのことをしたのだから責任を取りなさいと言って、一日のデートを要求してきたのだ。

 まあ、私を娶りなさいとかそういう無理難題ってわけでもないので、僕は渋々了承した。

 チグモと小春は反対していたが、最終的に後日この2人とも遊びに出かけるという条件で許可が下りた。

 なんでこいつらの許可がいるんだろうと思ったが口には出さなかった。

 そういうわけで、今日は橋姫ちゃんと札幌の街に繰り出しているのである。


「それにしても、女の子とデートなんてしたことないから、あんまり期待しないでくれよ」

「あ! それ減点よ! 男ならハードルを下げるようなこと言わないでよね。でも、デートが初めてっていうのは加点だから、プラマイゼロね!」


 おおう、なかなかに手厳しい採点だ。

 でも確かに、自分に保険をかけるやつは俺も好きじゃないな。

 テスト前に「昨日ずっとゲームしてたわーw」みたいに宣言するやつとか。

 それで点数が低かったらゲームのせいにし、高ければ勉強しなくても点を取れる自分スゲーとなる、なかなかの作戦だが、聞かされている方はウンザリしていることに気づいて欲しいといつも思っている。

 そういう人間にならないように僕も気をつけよう。


「ま、とりあえず映画を見て、それからごはんって感じで」

「いいわね! 奇をてらうより、そういうオーソドックスなほうが、好みだわ」


 見たい映画があるというわりかし自分本位なプランだったが、そこそこ好評みたいだった。

 それにしても、この橋姫、見るからにおろしたての可愛らしいピンク色のコートを羽織り、顔にはおとなし目のお化粧をいい感じに施して、心なしか髪の毛のパーマも昨日より綺麗にかかっている。

 ものすごく可愛いのだが、一体どこでこんなオシャレをしてくるのだろうか。

 供給源、資金源、ともに不明だ。

 妖怪の世界は複雑怪奇だなぁ。

 とりあえず、見た目を褒めておくか。


「橋姫ちゃん、今日の服、すごく可愛いね」

「えっ? そ、そうかな? えへへ……」


 当たり障りのない褒め言葉だが、橋姫ちゃんはモジモジとはにかんで嬉しそうだ。

 うーん、男に騙されそう……。


 ◆◇◆


 僕たちは服屋などを少し回ってから、ショッピングモールの7階に入っている映画館で、話題のアニメを2人で見た。

 綿密に書き込まれた美麗な背景と、少年少女のファンタジックな恋愛が魅力の作品で、前評判のハードルを大きく超える大当たりの映画だった。

 これはBlu-ray購入確定ですわ。


「いやー良かったね」

「さいっこうだったわ……! やっぱり、こう、青春+夜空+奇跡っていうのは、もうこれ以上のない組み合わせよね! いうならばごはんと味噌汁にお魚、みたいな!」

「わかるわかる。カップラーメンに白米的なね」

「あはは、そんなジャンクを例えにしないでよー」


 興奮冷めやらぬ僕たちは、映画館の下のフロアにあるレストランで、お互い感想を言い合いながらオムライスを食べている。

 ここはオムライスの専門店で、家で作るオムライスとは一味違う、ちょっと凝ったやつが味わえる人気のお店……らしい。

 確かに、この和風おろしオムライスというのは、意外な組み合わせだが、スッキリとした味わいでとても美味だ。

 橋姫ちゃんも気に入ってくれたようで、ニコニコ笑いながらスプーンでどんどんオムライスをすくっては口に運んでいる。


「あー、映画も面白いし、ごはんも美味しいし、いいデートね」

「そう? なら良かったけど」

「でも、映画を見たのが少し遅かったから、もう日が暮れてしまっているわ。あまり時間がないのよね」

「うん、晩御飯作りに帰らなきゃ」


 ま、このくらいがちょうどいいと僕は思う。

 あんまり連れ回すとお互い疲れちゃうし、ちょっと余力を残すぐらいで終了したほうが、何事も良いと思う。


「ちょっと、名残惜しいわ……」

「……」


 彼女は感情がストレートに顔に出るタイプで、見るからにシュンとしてしまった。

 ああ、これはいかん。

 デートは笑顔で終わらせなければならないと、メンズ雑誌に書いてあったのだ。


「橋姫ちゃん、帰り道もデートだよ」

「ん……そうね、最後まで楽しむことにするわ」


 僕は帰り道を少し変更することに決めた。


 ◆◇◆


 札幌駅周辺で遊んだのだから、札幌駅で地下鉄に乗って帰宅すれば良いのだが、あえて大通りまで歩くことにした。

 その理由は、大通りの一丁目から市役所まで続く、この光輝く展示物。

 札幌ホワイトイルミネーションを彼女に見せてあげるためだった。


「わあ……! すごく、きれい!」


 木々はまるで光り輝く木の実を実らせているかのように電飾が巻かれており、青赤黄色と点灯して、幻想的な雰囲気を纏っている。

 クリスマスが近いことから、緑と赤を基調にしたアート作品も沢山あって、色とりどりの光るボールが、まるでおとぎ話の中に迷い込んだような楽しさを演出しており、通行人はその美しさに魅了され、足を止めてただ息を飲んでいた。

 そんな世界が、この長い道にずっと続いている。


「ま、札幌のデートじゃ定番らしいけどね。僕は初めて見た。すごく、綺麗だ。なんだかドキドキするね」

「うん、心が踊るとはこのことね。異国の神様の誕生日だったかしら。こんな景色が見られるのも、その神様のおかげね! 生まれてきてありがとうと言いたいわ!」

「まさにそういう日らしいけどね」


 こういうクリスマスとかハロウィンとかって、キラキラ街がいろんな色で光るから、心臓がバクバクしてすごく楽しい気持ちになるのは、まだ僕が子供だという証拠だろうか。

 電飾が好きなのかな、僕。

 よく分かんない。

 光り輝く札幌の街を2人並んでゆっくりと歩いていると、今まではしゃいでいた橋姫ちゃんが急に喋らなくなってしまったので、彼女の方に目をやった。


「橋姫ちゃん?」

「ああ、楽しい。とても楽しいわ。そうね、デートの締めくくりには、あまりに素敵な幕引きで……」


 綺麗な町並みを眺める彼女の表情は、どこか憂いがあり、気持ちが読み取れなかった。


「あまりに綺麗で心地よく、夢のようで――良くない・・・・わ」

「良くない?」


 あれ、ドヤ顔で連れてきたんだけど、お気に召さなかったのかな。

 やっぱ寒いのと歩道がツルツルで歩き辛いのがまずかったか?


「だって、こんなにも胸をときめかされちゃうと、また、ああなるもの」

「ああなる?」

「あの時もそうだった。中将殿が私によこすお手紙に書いてある歌は、いつも情熱的で、私への恋心がいじらしく表現されていて、会えない寂しさを上手にたとえていて、本当に夢のようなやりとりだった――」


 歌のやりとりねぇ。

 そう言えば昔は結婚することを「見ゆ」と表現したという話を古文の時間で習ったことがある。

 これには理由があり、当時の女性は家族以外の男性には顔を見せてはいけないという今では考えられないような習わしがあったことが関係している。

 外出するときには扇で顔を隠したり、家の中では簾越しに会話したりと、そんな日常が続き、結婚して初めて男性は女性の顔を見ることになる。

 それゆえ、「見る」=「結婚」なんだとか。

 だから、男性はまず女性に和歌を送って、その思いを伝え、そこから恋を発展させていく。

 橋姫ちゃんにもそういう時代があったのだろう。


「わすらるる身をば思はずちかひてし人の命のをしくもあるかな――っていう歌、私好きよ」

「えーと……」

「男なんて! さんざん愛を囁いた後に、結局飽きたら通わなくなって、それで足早に次の恋へうつろう、最悪な存在よ! 正妻の私が捨てられてしまったら、後がないのよ……。ひとつの愛を信じ、すがりつくことしかできないのに! なんで、なんで捨てるのよぉ……。あの和歌は全部嘘だったの?」


 やばい。

 なんだか黒いオーラが橋姫ちゃんの後ろから現れ始めている。


「ならば……ならばいっそ殺してしまえばいいのだわ。そうすれば愛は永遠に……!」

「橋姫ちゃん! よく聞け!!」


 その時僕はこの哀れな妖怪に、教えてあげなければならないことがあることに気がついたのだった。


「今の日本では、そんなふざけた男からたくさん慰謝料をしぼりとれるぞ!!」

「……え?」


 そう、男女平等をうたう現代社会、浮気、不倫に世間の目は厳しいのだ。


「不倫は犯罪というわけじゃないから逮捕されることはないけど、完全な法律違反ではあるんだ! 貞操義務の不履行っていうのに引っかかって、その慰謝料はだいたい100万円から500万円!! そいつは金持ちなんだろ? 1000万は取れるかもしれんぞ!」

「!!  いっせんまん……!!」

「さらにさらに、その中将の職場にファックスで不倫の事実を送りつけてやれば、そいつの社会的地位は地の底まで落ちる!」

「すごい!」


 僕は昨日テレビで見た「予約の多い法律相談所」という番組で弁護士が言っていたセリフをそのまま述べた。


「なんていうか、うまく言えないけど、今は女性は昔よりよっぽど過ごしやすい世の中になっているよ。あんまり深刻にならないで。もう不倫は文化じゃないんだから」

「そうなんだ……じゃあ、昔のように男に裏切られて泣き寝入りしなきゃならない女の子は減っているのね……」


 ゼロではないと思うが、一夫多妻で男の貞操観念ガバガバの時代よりはマシだと思いたい。


「橋姫ちゃんも、新しい恋を見つけてさ、もう過去の男に縛られるのはやめたほうがいいよ」

「……そうね! よくよく考えたら、あの男のことで悩むってこと自体がなんだかむかつくわ! というか結婚して初めて相手の顔見たけど、死ぬほど不細工だったし!」


 橋姫ちゃんは何か吹っ切れたようで、憂いの表現はすっかり消えて、最初の笑顔に戻ってくれた。

 よかった。


「ふふ、じゃあ、今の世の中に、わすらるる〜の歌は似合わないわね! 何か私にピッタリの歌はないかな?」

「えーそうだなー」


 歌なんて、全く知らないけれど、そういえば教科書にいい感じの歌があった気がする。

 失意の中にいる人を応援するようなやつ。

 ええと、なんだったかな。


 ――ああ、そうだ、思い出した。


「やせ蛙 負けるな一茶 ここにあり」

「それ、和歌じゃない!」








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