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合わぬ蓋あれば合う蓋あり3

 俺たちはこのクソ寒い中徒歩で移動するわけもなく、みんなで仲良く道営バスで橋の近くへ向かった。

 もちろん、妖怪というのは本来普通の人間には知覚できない存在であるのだが、このチグモとクレナの2人は普通に人の姿をとって人間とコミュニケーションをとることができる。

 でも、2人分のバス代を払ってやるのは嫌なので、なんとか霊体化してもらった。

 チグモは隠密が得意なので問題なかったが、クレナはコソコソしたくないと意味のわからない駄々をこね始めたので、口の中に飴玉を放り込んで黙らせる。

 そんなこんなで、僕たち妖怪バズターズ(うち2人妖怪)は、目的地である陣城橋にたどり着いた。


「おお、おるわおるわ。どっぷり闇に染まった女の執念の匂いがプンプン香ってくる」

「やっぱり居ますよねえ……」


 今日の放課後、北上さんは特に何も感じていないようだったが、僕にはこの橋の下から立ち込めるなんとも邪悪な気の昇り立つ様子が視覚できる。

 けっこう、濃い・・


「で、どうするよ」

「ヒカル様、このチグモめに策がございます」


 僕が貸した母親のダッフルコートに身を包んだ美麗なお姉さんは、恭しくそう提言してきた。


「どんな?」

「はい。おそらく、前回のヒカル様の時は偽りの関係であることを看破されて、ここの橋姫は手出しをしてこなかったのでしょう。ここはひとつ、この場で真の愛を私とずっぽり育んで、ちょーらぶらぶの状態で橋を渡りましょう。そして将来的に子供は1000は欲しいですね……。新婚旅行は葛城の――」


 チグモは頬を赤らめてクネクネしながら、違う世界に旅立ってしまった。

 この場で真の愛を育むという発想がまず狂気を孕んでいる。

 こいつは無視しよう。

 そんなチグモを呆れた表情で見ながら、クレナはやれやれと両手を開いて首を振った。


「ヒカル、あの色情魔の戯言に耳を傾けんでよいぞ」

「ああ、わかってるよ」

「だいたい、嫁にするならあんな女よりも妾じゃろう? こう、奥ゆかしくて儚げで、清廉な美少女というか。ほれ、若き日のナタリー・ポー○マンのような妖艶さも兼ね備えておろう。そして決して膨張せず、常に謙虚でそれでいて時に京の大文字がごとき情熱さを見せ、そのギャップが――」


 ああ。

 こいつも頭おかしい。

 とりあえず、ナタリーさんに謝ってこいと言いたい。

 そうしているうちになぜか2人が俺の両腕に絡みついてきて、まるでコテコテのフィクションにおける修羅場のような展開になった。


「ちょっと! ヒカル様を離しなさい、この、エキノコックス!」

「なっ! なんたる暴言! お前こそ、昆虫が哺乳類に向かって偉そうにするでない! この、えーと、うーん、ええい、蜘蛛に絡めた暴言が思いつかん、くそ! あ、足がカサカサしててキモい!」


 うーん、なんだか橋姫じゃなくてこいつらを退治したくなってきたぞ……。

 左右から飛び散る罵詈雑言を右から左、左から右へと受け流していると、僕たちの目の前の橋を包むほどに、ここら辺の瘴気が増大し、そして集まり始めた。

 その黒い霧のような空気の流れは、グルグルグルグルと渦を巻き、やがて何かの形を維持しはじめる。

 頭に首、胴体に手足。

 女の形だ。

 頭からのびる長い髪の毛が、まるでタコのようにウネウネと空中を蠢いている。


「おいおい、出てきたぞ!」


 2人を腕から振りはらい、俺はその実体化した漆黒の影めがけて走り始めた。

 面倒なことは早く終わらせる、先手必勝!

 両手で握った雪切丸を振りかぶり、突進の勢いに乗せた一撃をこの見るからに邪悪そうな存在に向かって繰り出そうとする。

 しかし、奴の触手のような髪の毛が、雪切丸の柄の部分に絡みつき、ものすごい力で武器を封じられてしまった。

 なんて力だ!


「オマエノヨウナ、スケコマシノセイデ、オオクノオンナガ、ナミダヲナガス、ソノマエニ。ワタクシガ、ソノクビ、カリトッテクレヨウゾ……!!」

「ふん、僕がスケコマシだったらとっくに彼女ができてるよ……!」


 旦那が他の女を恋慕した挙句に捨てられた彼女は、2人の女をはべらせていた僕がよっぽど気にくわないようだ。


「おおい、チグモとクレナ! 加勢してくれ!」

「うーん、無理じゃ!」

「ええ!?」


 わりと即答で断られたので、心の底から驚いてしまった。

 なんで!?


「そやつ、一丁前に瘴気で結界なんぞ張りおったわ! 破壊するのに3分くらいかかる!」

「マジかよ! ヘルプ、ミー!」


 思えばなんで僕は無策にこの妖怪に突っ込んでいったのだろう。

 なんというか、本能的にやってしまった感がある。

 これが退魔の血の宿命だとでも言うのだろうか。

 いやだよ、そんなのは少年漫画の主人公にでもやらせとけばいいんだ!


 このまま綱引きしても仕方がないので、僕は雪切丸を手放し、相手から距離をとった。

 当然向こうは突っ込んでくる。

 えー、どうしよう。

 ここから何かものすごい力に覚醒とかしてくれませんかねえ。

 般若の形相で全力ダッシュしてこちらに突っ込んでくる闇の橋姫を眺めながら、途方に暮れていると、後ろの方からクレナの馬鹿でかい声が聞こえてきた。


「ヒカル! 壁ドンじゃ! 壁ドン!!」


 ――壁ドン?

 壁ドンって、少女漫画でイケメンの主人公が女の子を壁際に追い込んで、壁に手をついてその娘を逃さないようにするっていうあれだよな。

 間違ってもアパートで隣人がうるさい時に思いっきり壁を叩いて威嚇する行動ではないだろう。

 僕は頭の中を混乱させながらも、紙一重で橋姫の突進を交わした。

 すると勢い余った彼女は、橋の落下防止用の壁にどしんとぶつかる形で勢いを殺す羽目になった。


 もしかして、このベストタイミングで壁ドンするのかなぁ。

 意味わかんないなぁ。


 しかし、他に策もないので、思い切って一気に橋姫に接近して、ドン、と壁に押し付けてやった。

 ええい、ままよ!

 人生初の壁ドンは、この邪悪で良く分からない生命体である。

 顔が近い。

 ただの黒い人形のようではあるが、どこか驚いているようにも見て取れる。


「よし、そこで顎クイじゃ! 顎クイ!」


 あ、顎クイ?

 顎クイって、指でで女性の顎をクイってあげるやつ?

 やるの?

 僕がぁ?


 もう、どうにでもなーあれ!


 僕は橋姫の顎と思われる部分を、3本の指で、まるでワイングラスを掴むかのようにクイッとあげていあった。

 目と目があう……わけがない。

 心臓がバクバク……しない。

 もしかしてこれが……恋ではない。


 よく吊り橋効果と言って恐怖心と恋愛の感情を間違えるとはいうが、間違えようもなかった。

 ただただ恐怖しかない。

 恐怖の塊みたいなやつに壁ドンして顎クイしているのだがら無理もない。

 恋と勘違いする要素もなかった。


 だが。


 なんというか、顔がないくせに、この黒い存在はなんというか、キラキラ〜っと輝いているように見える。

 それはまるで、少女漫画にかかるエフェクトのような。

 背景にお花畑が広がっているような、そんな感じ。


「ヒカルー! そこでキス! キッスじゃー!」

「うおおおお!」


 もう言われるがままに僕は突っ込む。

 目をぎゅっとつむって、唇を彼女のおでこにくっつけてやった。

 フハハ、どうだ!

 僕の口づけの味は!!


 ……なにこれ。


 冷静になってみると自分のやっていることは意味不明だった。

 敵意むき出しの相手になにやってますの、自分。

 そんな自己嫌悪にさいなまれていると、目の前にいる闇橋姫の身体が、内側から鋭い光を放ち始めた。

 ペキペキとその闇の塗装は剥がれて行き、中からは白い女性の肌が徐々に現れていく。

 その煌めく黄金の光は、やがて彼女の全身を包むように広がり、ここら一帯の瘴気を吹き飛ばして、消えた。

 そこに残っている女の外見は、意外にもセーラー服をきた少女であった。

 金色に染め上げた髪に軽くパーマをかけているようで、目はクリッとしていて可愛らしい感じ。

 なんというか、てっきりチグモみたいな黒髪和装の女の人が出てくると思ったので意外だった。

 その女の子は黙して語らず、ボーッとこちらを見つめている。

 このままにらめっこしていてもらちがあかないので、会話を試みることにしてみた。


「あのー……あなたは宇治の橋姫さん?」

「! そ、そうよっ!」


 僕に話をかけられた彼女は一瞬ビクッとした後で、慌てて返事をした。

 なーんか今風の妖怪だなぁ。


「えーと質問いいっすか?」

「な、何よ……」

「金髪にパーマをあててセーラー服なのはなぜ?」

「ふん、乙女は常に時代の最先端を追いかけていくものなの。古臭い着物なんてとうの昔に捨てたわ」


 な、なるほど。

 なんというか、妖怪の乙女とやらも大変そうだなぁ。


「それにしても……自分が情けなくなっちゃう……私……」

「え? どうしたんです?」


 急に暗い表情になった彼女は、その場にしゃがみこんでしまった。


「中将殿に捨てられて、もう二度と悪い男には関わらないって決めたのに。こんな幼女と人妻をはべらせて酒池肉林を謳歌している子供にちょっと壁ドンされて顎クイからのおでこにキスされただけでときめいちゃって……。なんてちょろくて、ダメな女……」

「えーと、うん……なんかゴメン」


 反論しようと思ったが、あまりに落ち込んでいる彼女をみると、とても異を唱える気にはならなかった。


「あのですね、いや、心中お察ししますよ。でもねー、橋を通るカップルを破局させる行為はやめてもらいたいていうか、うん。やっぱ他の人に当たるっていう発散の方法は良くないと思うんだよ、僕は」

「……知らない。さっきまで頭の中が真っ黒で自分でも何してるのか分からなかった。記憶があるのは、新幹線に乗って北海道に来たことだけ」

「ああ、新幹線に乗ってきたんだ。便利だよねあれ。ははは」


 妖怪の間でめっちゃ使われてるじゃん新幹線。

 ちゃんとお金払ってんのかこいつら。


「そうか、私、また人様に迷惑かけてたんだ……はは……死んだほうがいいな」


 そう言って橋姫ちゃんは、橋の横にある転落防止用の柵をよじよじと登り始めた。

 俺は慌てて彼女の暴挙を止めに行く。


「ちょいちょいちょーい! 妖怪が自殺ってどうなのそれ!?」

「とめないで! 男に捨てられ、人を呪い、妬み嫉んでいる醜い私なんて、この世から消えてなくなればいいんだ!」

「やめなさーい! 男なんて星の数ほどいる! 君はまだ若い! いくらでもやり直せるんだー!!」


 昨日テレビで見た警視庁24時間!という番組の巡査部長のセリフをそっくりそのまま投げかける。

 この妖怪が若いのかどうかは置いておいて、自殺は良くない。

 なんていうか、呪いがグレードアップしそうな気がするからだ。


 20分ほどの説得の末、とりあえず僕の家でゆっくり話し合おうということになった。

 妖怪退治ってめちゃくそ面倒くさいなあ。






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