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合わぬ蓋あれば合う蓋あり2

 

 バスに乗って自宅に帰ると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。

 寒空の下、自宅の横の方に、蜘蛛の糸のようなものでがんじがらめにされた何かが屋根から吊るされており、ものっすごいジタバタしているのだ。

 口には猿轡さるぐつわをされており、声が出せないようにされている。

 よくよく見るとその正体は、ニット帽を深くかぶった中年の男だった。

 

 ――誰?


「お帰りなさいませ、ヒカル様」

「お、おおチグモ、いつの間に。ただいま」

「ヒカル様に早急にご報告しなければならないことが――おや、何やら人間のメスの匂いがしますね」


 そう言って、和装の美女チグモが僕のピーコートの匂いを嗅いでくる。

 こええよ。


「それで、あれ何?」


 僕は匂いを嗅ぐチグモを無視して、ミノムシのように吊るし上げられている男を指差した。


「ええ、あのゴミクズこそが、ご報告したいことそのものでございます」

「なになに、あいつは何なの」

「はい。この家には我が配下の子蜘蛛に警備をさせておるのですが、物置の方に何やら怪しげな男が侵入したという報告を受けてすぐさま私がそこに向かいました」

「うわあ、まさか」

「はい、ご想像の通りでございます。あの男は愚かにも源家の所有物を盗み出そうとした不届きものでございます」


 泥棒か!

 あぶない、チグモが居なかったらやられていた。

 この冬の時期に物置を狙う泥棒といえば、やはり狙いはあれ・・だろう。

 まさかこの家が狙われるとは……!


「よくやった、チグモ。大手柄だ」

「んああ、身にあまる光栄にございますぅ。それで捕まえてからすこーしあの男を拷問したのですが、奴の狙いは――」

「タイヤ、だろ」

「ご明察。この男は予備のタイヤを専門にしている盗人ぬすっとでございました」


 そう、冬の初めの方は物置などで保管してあるタイヤが盗まれる事件が多発し、地方のテレビ局では注意喚起の特集が組まれるほどなのである。

 対策としては、チェーンでタイヤを繋いでおくというようなものがあげられるが、最近のぬすっとはそれすらも切断してかっぱらっていくというのだから恐ろしい。

 僕の家も何か対策をしなければと思っていた矢先の事件なので、背筋か凍るような思いである。

 タイヤ、高いんだぞ!


「よし、ポリスを呼ぶ。なんならチグモ、あいつ食っていいぞ」

「ああ、いえ。妖気の補充は他の方法でも大丈夫ですし。何より、ヒカル様のお作りになられる手料理などには物凄く潤沢で極上の『生命力』が宿っておりますゆえ、常にチグモは満腹の状態なのです」

「へーそうなの」

「はい。あのスコップといい、ヒカル様はモノに霊気を込める能力に長けているようですね。それでは、私は家の中に入っております」


 そう言うとチグモは家の中に戻っていった。

 いやー、彼女がいてくれて助かった!

 ヘタな警備会社よりも優秀だなあ。


 ◆◇◆


「じゃからな、妾も盗人が侵入したのには気がついたのじゃ! それでな、妾の妖術でとっちめてやろうと思ったのに、この女が手柄を横取りしたのじゃ! 本当じゃ!」

「ふん、どうだか。本当はソファの上で寝っ転がって、ワイドショーを見ながらお菓子を貪っていたのではないのですか?」

「ち、ちがうわたわけ! むむー! ヒカルぅ、妾も気がついたのじゃぞ?」


 家の中に入るなり、クレナとチグモが舌戦を繰り広げていた。

 その横では先に帰っていた小春がコタツから顔を出しながら携帯ゲームをやっている。


「おいおい、喧嘩はよせよ。クレナ、今回活躍の機会を逃したお前に再びチャンスが訪れたぞ」

「んあ、なんじゃ?」


 チグモへの反論で息が上がっているクレナがこっちを向いてハテナマークを浮かべている。

 俺は、今日の帰りに陣城橋で感じた怪異について、クレナに一から説明した。

 彼女には知恵袋として貢献してもらおう


「ふむ。とりあえず、橋の上で大きな気を感じたというのなら、それは”橋姫”じゃろうな」

「橋姫?」

「そうじゃ。まず、橋というのはな、古来より『あの世とこの世の境目』の象徴とされておる。今では人の子は橋に対してあまり関心がないようじゃが、かつては神聖なものとしてみな大切に扱っておったのじゃぞ」

「へえーそうなんだ」


 橋なんて道路と同じくらい当たり前の存在のように感じていたが、昔の人はそこに何か特別な意味を見出そうとしていたらしい。

 そういう文化はけっこう好きだなー。


「それでな、そのあの世とこの世の境目である橋を守る存在がおる。それが橋姫じゃ」

「なるほど。ってことは悪い存在ではないということですか」

「うむ、基本的に守り神みたいなものなのじゃが……特殊な例もおっての」

「特殊な例?」

「その橋では、恋人同士の男女が破局するのじゃよな?」

「はい」

「うーむ、となるとそいつはやはり宇治の橋姫じゃのう。なんでこの北の地にいるんだか」


 宇治の橋姫。

 様々な古典で取り上げられている、有名なあやかしである。

 とある中将の本妻である彼女は、ある日他の女に惚れ込んだ旦那に捨てられて心に深い傷を負ってしまう。

 人生に絶望し、何もかも嫌になった彼女は、横恋慕した女を何とかして呪い殺したいと神に願った。

 そのとき授かった神託の通り、鬼を模した異常な格好で宇治の橋下を流れる宇治川に浸かること二十一日。

 その尋常ならざる執念は彼女を生きながら鬼へと変えることになる。

 嫉妬にとらわれる悪鬼にみをやつしたその女は、夫を寝取った女とその関係者達を次々とむごたらしく殺していったという。

 その後は、源頼光の配下である渡辺綱の手によって重傷を負わされ、愛宕の山に逃げ帰ったとか何とか。


「へえーそんな橋姫もいるんだなあ」

「ま、ろくなもんじゃないの。こういう人間に迷惑をかける一部の馬鹿者のせいで、妖怪全体が悪いもののようにとらえられるとたまったものではないわ」

「確かに。人間界でもそういうこと多いよ」


 悪い奴って目立っちゃうから、どうしても、ね。

 個人とそれを囲む巨大な集団はなるべく切り離して考えたいところではある。


「ま、恋人ができたらあの橋を渡らなきゃいいってことか」

「何を言う、頼光の末裔よ。悪鬼羅刹を切り捨てるのがお主の血の定めであろうが」

「えー? 僕、そんな正義の味方みたいなキャラじゃないよ」

「頼光も別に正義を気取ってはおらんかったぞ。あくまでも自分のために刀を振るう奴じゃった」

「どういうこと」

「つまり、今回の件でいうと、例えばお主の両親や、もしくは未来のお主の子供たちがその橋で不幸な目に会うのは嫌じゃろう。こころが穏やかではないはずじゃ」

「あぁーまぁーねー」


 確かになぁ。

 いつかどこかで僕の大事な人が辛い目に会うと思うと、落ち着いて生活はできないなあ。


「自分の心を健康な状態に保つために、悪を討つ。それが頼光よ」

「へえーそうなんだ。うーん、じゃあ、行くかなあ」


 そこまで言われてしまっては、行くしかないだろう。

 今日は雪も積もってないし、さっさと済ませようかな。


「いまから妖怪退治にいくけど、ついてくる人ー」


 僕がそういうと、クレナとチグモが挙手、小春はコタツから動けないらしい。

 僕は雪切丸を手に取り、妖怪たちを引き連れて、さっき通った橋を再び目指すのだった。



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