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妖狐は歳だが役に立つ1

 天気予報のお兄さんが、「今日、札幌市の一部では深々(しんしん)と雪が降り続いています」と言った。

 ひっそりと静まり返った街に、ただひたすら一定のスピードで舞い落ちてくる雪の玉の冷徹な様が、非常によく表現されている秀逸な描写であると僕は思う。

 そんな天気の中で僕はヒリヒリとした寒さを頬に感じながら、家の前に積もった雪を一箇所にかき集め、そしてそれをスノーダンプ、通称「ママさんダンプ」に乗せて庭に捨てる作業を、機械のように淡々とこなしていた。

 こうしないと、次の日に雪をよける場所がなくなるからだ。

 家によっては、家の前に積んでおいて排雪業者に依頼したり、目の前に公園があればそこに雪を捨てたりもするが、みなもと家ではこのように庭に捨てるという作業をスタンダードとしている。

 家の横に道を開拓しながら、よいしょこらしょと雪を運んで、水分を含んだ重たい雪をなんとか捨てて戻ってくる。

 待っているのは、雪、雪、雪。


 ああ、庭に雪を運ぶ最中に足が沈む。

 長靴の中に雪が侵入する。

 スコップとダンプの交互の作業で良い感じに筋肉が酷使されていく……。


 もう、嫌だ!

 なんて嫌な作業なんだ!


 そうこれは、有史以来、北方の民族が苦しめられてきた過酷な作業。

 日本の雪国に暮らす人々はこの忌まわしい活動のことを、こう名付けた。


 ――雪かき、と。


 ◆◇◆


 僕がこの雪の街、札幌に引っ越してきたのは、今年の春のことだった。

 それまでは京都に暮らしていたのだが、父親が札幌に転勤になることになったため、僕の母のお兄さん、つまりは僕の伯父さんが札幌で暮らしている家を貸してもらい家族みんなで移住することにしたのだ。

 なぜすんなりと家を貸してもらえたのかというと、映画俳優の伯父さんが海外での長期間の撮影のため奥さんを連れて家を空けるため、彼らの娘さんの面倒を僕たちが見るという名目があったからだ。

 

 なので今この家には、僕の父と母、そして従姉妹の女の子が暮らしている。


 春から始まった北の大地での新生活は、それはもう楽しかった。

 京都の方では僕についてあまり良くない噂が広まっていて、あんまり友達が居なかったのだが、こっちでは0からのスタートということで人間関係には困らない。

 それに、なんとこの地方にはゴキブリがいないのだ。

 ゴキブリが苦手な僕にとっては(得意な人なんていないと思うけれど)、かなりのアドバンテージだ。

 北海道ということで、夏は涼しい……ことは無いのだけれど、それでも僕にとって札幌の街は理想の都である。

 伯父さんの家はすこーし田舎の方にあるので、交通面では不便であるが、それでもやっぱり京都にいた頃よりはずっと、心が健康だった。

 空気もおいしいしね。


 そんなこんなで、春夏、秋と、順調に青春を謳歌してきた僕だけれど、冬が訪れた途端、僕を聖母のように包み込んでくれていた癒しの街、札幌が急に――牙を剥いた。


 僕が冬の恐ろしさの片鱗を味わったのは11月の下旬のことである。

 その日市内は、50年ぶりの豪雪だった。

 紅葉が雪化粧をするという珍妙な景色は風情があり新鮮だったが、それにしてもこんなに降るものなのかと驚きを隠せなかった。

 前日まで剥き出しだったアスファルトは、もう雪の絨毯で見えなくなってしまっている。

 父親が夏のタイヤのままで出勤し危うく死にかけたことは置いておいて、僕は初めて見た一面の銀世界に心を躍らせつつも、一瞬で変わる街の景色に僅かな不安を覚えた。


 そして暦は進み12月。

 もう一面の銀世界は見たくなかった。

 もう、堪能した。

 やめてくれ。


 どんどん積もっていく雪を放置してたら、ご近所さんから、「雪かきしなきゃ死ぬよ!」というアドバイスを頂いた。

 そこで伯父さんに連絡してみると、倉庫に雪かき道具があること、そして雪は庭に運べば良いことを教わる。


 早速、実践してみた。

 つらい。

 氷点下3℃という劣悪な環境で強いられる無償の重労働。

 これがもし仕事ならば速攻で労働基準監督署に駆け込んでいるところだが、あいにくと誰かに無理やりやらされている訳ではなかった。

 生活のためにやらざるを得ないのだ。


 その日は、父親は会社に泊まり、母は腰痛ということで1人で除雪を完遂した。

 雪かきを終え、積もった雪が綺麗になくなっているのを眺めていると、なんていうかこう、達成感みたいなものがこみ上げてくる。

 はは、働くって気持ち良いな。

 今日はグッスリ眠れそうだ。


 翌朝、目がさめる。

 家の前には一面の銀世界――。


 だから、もう、いいんだよ、銀世界は!!

 いらないの!!!

 もうおしまい、おしまい、冬はもう今日でおしまい!

 ね、そうしようよ気象庁!


 もちろん気象庁に冬を終わらせる権限などないので、僕はその日もしばれる身体に鞭を打ち、せっせせっせと雪をよけていく。

 隣に住んでいる同級生の北上さん指導の元、雪かきのコツを徐々に掴んでいき、疲れない身体の使い方などを必死で学んでいった。

 昨日の雪かきでの筋肉痛がキツイのでその日は庭に雪を運ぶ気にはならず、一箇所にまとめておくだけにとどめておいた。

 天気予報では翌日は晴れって言ってたし、明日庭に運べばいいんだという算段だ。


 翌朝、また雪が積もっていた。

 ふぅん、札幌中心部は晴れでも、一部地域では雪なんだ。


 気象庁!!!!!!!









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