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【プロローグ 港の公園にて、遠塚 文緒は、この宇宙(ストーリー)を、聞いた】

学校内やクラスメートとのやり取りのシーンと、それ以外のシーンが半々の割合です。

チートではないので、主人公は結構苦労します(笑)。ただし後半ではチート級かも……


※初投稿です!


※(二〇一六/二/二七追記)

 ここでは「一〇の九十兆乗後の世界」の話が出てきますが、それより遙かに近い未来な(笑)一〇の一〇〇乗年後の時点で、既に原子も崩壊して素粒子だけの世界になっている、と啓蒙書(初心者向け科学的読み物)の雑誌に書かれていました。

 この章と言っていることが違う……見なかったことにしよう!

 修正はしないことにしたので、笑うなりイジるなりして楽しんでください。宇宙の大きさについての仮説は問題ありません。

 水は、人を引き込む魔力がある。海を見ていると、時々そう思います。空をゆらゆらと映す水面に人は魅入られ、吸い寄せられそう……

 今、わたしは公園の片隅、海に張り出したテラスにいます。今日は高校の卒業式、お友達と待ち合わせをしているのです。海と言っても『内港ないこう』と呼ばれる、三方を港に囲まれた小さな水の領域、すぐ目の前には桟橋、そして桟橋の先には向こう岸が見えます。ここは『内港北ないこうきた公園』という、文字通り港に面した細長い公園です。桟橋を離れたタグボートが一隻、港を出ていく。遊歩道ではおじいさんが散歩している。朝のすがすがしい中に、水だけが妖しい光をたたえている。眺めているわたしに、風が吹き付ける。もう春だというのに、風はまだ冷たい。


 思い起こせば、平穏無事に済んだ高校三年間でした。平穏と言っても何もなかったわけではなく、ささやかながらも日常にはいろんな出来事が起こって、とても楽しく過ごしてきました。

 だけど、時々思う。


 ―― 本当に、そうだったのでしょうか ――


 わたしは何か忘れている……?

 仲良しのお友達が、誰も傷付かず、転校せず、留年せず、退学せず、入院せず、殺されず、殺さず、そして愛し合っているのに、親友なのに、憎み合ったりしなかった?

 違う、気がする。

 わたしとお友達にはそのような、いろんなことがあったから、親友をゆるし、仲間を助け、励まし合い、信じ合って、他の誰にも負けない強い絆を作った。―― 何故かそう思えるのです。

「あまり水を覗き込むと、引き込まれてしまうぞ。

 水は、そういう衝動に逆らえない存在なのだ」

 突然声を掛けられて、そんな、お伽話とぎばなしめいたことを言われました。でも、わたしの空想と同じだ。

 振り向くと、そこにいるのは凛とした雰囲気の長身の黒づくめの女性。顔は分かりません。だって闇に覆われているから。凛とした雰囲気だなんて、わたしはどうしてそう思ったのでしょう? 体型? 姿勢? 違う気がする。多分、容貌と表情。顔が見えないからそんなはずはないのに、どうしてもそうだとしか思えませんでした。この人は一体……?

 長く慣れ親しんだ人のように感じました。でもきっと初対面なのでしょう。

文緒ふみおくん、何か想うことでもあるのか?」

「わたしには……忘れてしまった記憶があるのかな?」

 どうしてこの人にそんなことを打ち明けたのか、自分でも分かりません。でも、そうすることが自然であるように思えたのです。

「『忘れた』か。言い得て妙だな」

 何故かその人、『スクールマシュ』さんはおかしそうに笑いました。

「しかし、それは間違いだ。この宇宙には、そのような過去はない」

「『この宇宙』? それって別の宇宙があるってこと? 平行世界パラレルワールド?」

平行世界パラレルワールドではない。別の宇宙だがな。そして異なる宇宙の同一人物は別人だ。別人と記憶が連結リンクすることはあり得ない」

「そうなの? もう一人の自分と同じ記憶とか、あってもよさそうなのに」

「ないな。別の宇宙の同一人物カウンターパートあるいはかつて同一存在アイデンティティから分岐したもの。それらの間に因果律の糸が繋がっている。そういう発想を『呪術的思考』というのだ。『非合理的』とはっきり言った方が早いか。西洋魔術に多いが、日本の『丑の刻参り』も典型的な例だ。


『人形は人の形、つまり呪う相手の形をしている。そして相手の髪の毛、かつて相手の一部で、今はそこから別れたもの。ならばその藁人形に五寸釘を打てば、同じ形をした相手は、その髪の毛が分かたれる元だった相手は、同じ影響を受けるに違いない』


 そういう発想が『呪術的思考』だ。だが実際にはマンションの七〇五室の住人が引っ越ししても、別のマンションの七〇五室の住人も引っ越しするわけではない。一つのりんごを二つに割り、一方を焼きりんごにしても、もう一方も焦げるわけではない。過去の時代や別の宇宙でもう一人の自分に会ったとて、それを起因とする消滅など起こらない。そもそも『自己同一性アイデンティティ』など宇宙には存在しない。『分類』や『公転軌道』と同じ抽象概念、つまり人間の心にしか存在しない想像の産物なのだ。ギリシャ哲学にある『テセウスの船』が好例だろう。


『船の部品を次々と交換していく。最終的には全部品が置き換わる。さて、どこまでが元の船か?』


 答えは、ない。人間がまだ答えを定義していないからだ。『どこまでが元の船か分からない』ではなく『どこまでを元の船と見倣みなすか決めていない』が真実だ。そもそも『同一』とは人間の空想。『同一のものが存在する』のではなく『同一視している』だけだ。だが、どこまで同じなら『同一』なのか、それを人間は定義していない。答えを作っていないから答えられない。ペンで引いた『まっすぐな線』はどこまで歪めば『まっすぐ』ではないか? これも同じだ。『自己同一性アイデンティティ』も『まっすぐ』も、無意識とは言え、人間が生み出した概念だ。人間が定義の境界線を定めない限り、答えはない。『ニワトリと卵、どちらが先か?』も同じ。答えが出ないのは、生物種スピシーズの定義の時間軸に対する曖昧さが原因だ。かつての『冥王星が惑星かどうか』と同じだったのだ。人間がすべきなのは答えを探すことではなく、答えを決めることだ。

 もっとも、『惑星』という概念自体も普遍性はない。太陽系外の知性体を見れば良い。そういう概念を持つ種の方が確かに多いが、持たない種も少なくない。どれ、適当に近くの種族を見てみようか」

 スクールマシュさんがそう言った直後、どこからか糸のような細い光の線が何本も現れました。それはまるで縛るようにスクールマシュさんの周りをぐるぐると駆け巡ると、空気に溶けるように消えていきました。そしてわたしと彼女の周りが急に暗くなっていたのです。

 ここはどこ? 元の場所じゃないみたい。もしかすると海の中? 自分の周囲が水だと分かる。水に包まれて、だけどわたしは濡れない、息苦しくない。これって魔法?

「ここは水深約一万メートル、水圧は一二〇MPa(メガパスカル)。君が普段過ごしていた気圧の千二百倍だ。本来は光がまったくないが、一時的に物理法則と状況を書き換え、見えるようにしている」

 わたしたちは深海にいるそうです。薄暗いけど、本当は完全に真っ暗らしい。闇の奥から何かがぬうっと現れました。白い、ぬるりとした巨体。そこには、クラゲのような形の白い不透明な生き物がいました。とっても大きい。触手が一〇本。そのうち五本は傘の下からググッと回って、上に伸びる。先端が烏賊いかの触腕みたい。残った下向きの五本で海底を歩いていました。そして傘の上には蝸牛かたつむりみたいな目玉が五本、ウネウネと動いています。わたしとスクールマシュさんは海底から一〇メートル近く上に浮いていて、わたしたちの体の前に、その生き物の傘がありました。ちょっと触りたくないなあ。

「彼はこの天体の知性体フブルムト人だ。傘の直径五〜七メートル、傘の天頂から海底を歩く触腕の先まで一〇メートル前後。人間など脊椎動物バルテブラータは左右対称だが、彼らは地球のクラゲやヒトデのように放射対称(回転対称)なのだ。上下はあるが前後左右はない。

 この星系は五連星、太陽が五つ存在する。そしてこの天体は表面が水深一万メートルの海に覆われ陸地がない。地球の生物圏は太陽光で繁栄しているが、ここは五連星のうちの二つの周りを公転し、太陽光の供給が不安定だ。一方で海底火山からの熱エネルギーと噴火で供給される塩化物とミネラルは、ごく狭い領域で見れば激変するが巨視的には安定し生態系を豊かにはぐくむ。このため生物のほとんどが深海で暮らす。彼らは海面付近では低水圧で破裂してしまう」

 えっ、……ここは宇宙? 巨大クラゲの触手がわたしに近付いてきた。怖いよぅ!

『何だろう、これ?』

 何の音だろう、と思ったけど、よく聞くと『音』じゃなくて『声』です。目の前の巨大クラゲの声。アブラゼミが気を遣って静かに鳴いているような、そんな声でした。

『世界には、まだまだ未知の生物がいるって生物学者が言うけど、ぼくは新発見したの?』

 巨大クラゲみたいな人は、興奮して早口でまくしたてています。

「初めまして、少年イムフェロンテよ」

『しゃべった!』

「私の名はスクールマシュ。こちらは遠塚といづか 文緒ふみおだ。我々は『ニンゲン』と言う種族だ」

 スクールマシュさんが自己紹介しました。そう言えば、わたしがスクールマシュさんの名前を聞くのは初めてでした。あれ? だけど知っていた。どうして?

〈説明が面倒なので、私もニンゲンということにしておこう〉

 スクールマシュさんの声がわたしの頭の中に響きました。

「ちなみに、ニンゲンとフブルムト人の言語を自動翻訳している。また音波の可聴域も異なるが調整しておいた。本来、ニンゲンの声はフブルムト人よりずっと高い」

『すごいすごい! すごい科学力。そんなことができるんだ』

 イムフェロンテさんははしゃぎながら直径五〇センチの円盤に把手が付いた手鏡みたいな黒いものをわたしたちに向けました。手鏡みたいなものからシンセサイザーの和音のようなシャーンという音がすると、円盤部分を裏返してわたしたちに見せました。

『写真を撮ったよ。見て見て!』

「真っ黒で何も映っていないけど?」

「ふむ、フブルムト人は光でなく音で視るからな。『写真ミリャン』は当たった音波を、像を結ぶように反射することで映像を表示する。しかしこれではニンゲンには視えないな。変換しよう」

 スクールマシュさんがそう言うと、手鏡の中に映像が現れました。わたしたち二人の姿です。スクールマシュさんは、やっぱり顔が闇に覆われていました。音で視ても、こうなるんだ。

『確か、知性体はフブルムト人とユームネイト人しかいないとされていたのに』

「ユームネイト人はフブルムト人より大型の近縁種だな。我々はこの星の生物ではない」

『宇宙人なんだ! そう言えば宇宙生物学者の中には、音でなく光でものを視る生物がいるかも知れないって言っていたけど、本当なんだね。空中に住んでいるの? 空気中は気体の成分次第では、光の方がものを視るのに適しているそうだけど』

「わたしたちニンゲンは空中じゃなくて、陸地に住んでいるの」

 わたしがそう言うとイムフェロンテさんは『リクチ?』と訊ねました。

「おっと、すまない。フブルムト語に翻訳できなかった。この星には無いからな。海底が水面より高い位置にあると、その地域は海がなく海底がじかに大気と接することになるな。それが『陸地』だ。チキュウの表面の三割は陸地になっている。ニンゲンは陸地の生物なのだ」

『なるほど。でも陸地って水がないのに生物が生きていけるの? 有機生命体じゃない?』

「ニンゲンもフブルムト人と同じ有機生命体だ。そして水もあるぞ。海面上の水分は一部が蒸発し、それは雨となって再び降りてくることは知っているな。しかし雨の落ちる下が海でなく陸地だと、どうなると思う? 雨は陸地の窪みに溜まる。これを『池』と言う。大きければ『湖』だ。流れ出して水路を造ると『川』、地下の空洞に溜まれば『地下水』だ。陸地にも水が至る所にあるのだ。一方で『砂漠』という水が非常に乏しい地域もあるが、やはり生物には厳しい環境だ」

『そうだったんだ。宇宙生物学者でもそこまで詳細を想像していなかったのに、ぼくは貴重な話が聞けて嬉しい。ところで、チキュウってどこにあるの?』

「この星からは見えない。一〇の八千六百兆乗先、一〇の九十兆乗前に存在した天体だ」

『【世界の果て】の向こうなんだ! しかも一〇の九十兆乗前って、宇宙が誕生した頃だ!』

「その通り。我々のいた時代は宇宙が誕生してからわずか一〇の一〇乗年、一三八億年後だ。しかし既に様々な天体に知的生物は存在していたぞ」

『その頃って宇宙はどうなっていたの?』

「賑やかな時代だったよ。沢山の星、沢山の銀河、そして沢山の生き物がいた。今はエントロピーがかなり大きくなったな。物質とエネルギーの総量は変わらないのに、それらが集まって何らかの構造体が生まれる確率が激減している。しかも生まれたところで物理変化を引き起こす確率が乏しい。知的生物も少なくて寂しいよ」

『物理学者の話では、宇宙の寿命は残り九九.九九%以上らしいって。まだまだ若いってことだけど、生まれたての頃は元気だったんだなあ』

 ずっとイムフェロンテさんとばかり話していたスクールマシュさんは急にわたしの方を向き、話し掛けてきました。

「彼らフブルムト人は海の中間層以上の低水圧に耐えられないため、海の外について近年まで知らなかった。海面に浮上し自動撮影をする無人艇によって空を知ったのが四〇〇年前だ。しかし空は厚い雲に覆われて星空はない。そしてロケットを大気圏外に飛ばして初めて宇宙を見たのが、今からわずか一五〇年前だ」

『宇宙人なのに、ぼくたちの歴史を詳しく知っているんだね』

 イムフェロンテさんが感心しています。

「まあな。だからフブルムト人が宇宙を見たのは、科学がかなり進歩した後だった。彼らにとって、この星系内の天体は恒星(太陽)、そしてその他の天体に二分される。先史時代から星空を眺め、天体の分類としてまず最初に『惑星』という概念を生み出したニンゲンとは歴史的経緯が違うのだよ」

「なるほど、そうなんだ。あれ? もしかして、それだけを言うためにここまで来たの?」

「はっはっは、まあせっかくだし、いいじゃないか。ちょっと近くまでの散歩だ」

 ちょっと、呆れました。

「ところで、ここってどこ?」

「聞いていなかったのかね? 地球から一〇の八千六百兆乗先だと言ったのだ」

「えっとぉ……分かりません。単位は光年? それともキロメートル?」

「単位など無意味だ。例えば一〇の一〇〇〇〇乗光年=一〇の一〇〇二九乗ナノメートル。光年(十兆キロメートル)とナノメートル(十億分の一メートル)では二九桁しか違わない。『八千六百兆()』という桁数に対して二九桁など誤差に過ぎないのだ」

「ふ〜ん。よく分からないけど、結局オリオン座星雲よりは近いの?」

「M42 オリオン大星雲は地球からわずか一〇の三乗(一三〇〇)光年ではないか。まだ天の川銀河の中だ。

 ちなみに天の川銀河の直径は一〇の五乗(一〇万)光年、天の川銀河の隣、アンドロメダ銀河までの地球からの距離は一〇の六乗(二五〇万)光年、天の川銀河やアンドロメダ銀河が属する乙女座超銀河団ヴァーゴ・スーパークラスターの大きさは一〇の八乗(二億)光年だ。人間の知る最大の物差しは……そうだな、当時の地球から理論上見える最遠は一二桁、一〇の一一乗(約七百億)光年だ。それより八千六百兆ほど桁が多いということになる」

「ちょっとだけ分かった。それってすごく遠い! 全然近くないよ」

「そんなことはない。宇宙の大きさは……真実を追求する権利を人類から奪うほど私は無粋ではないが、とりあえず君の生きていた時代の科学者は最小でも一〇の一〇の一〇の一二二乗乗乗以上であることを突き止めている。『一〇の一〇の一〇の一二二乗乗乗』とは『一〇の(一〇の(一〇の一二二乗)乗)乗』だ。ちなみに『一〇の(一〇の一二二乗)乗』で『10^10……(0が一二二個続く)……00』となる」

「えっとお……」

「分からないか? それは困ったな。ならば何かにたとえてみようか。例えば君のよく読むライトノベルは一ページ当たり最大で四二字×一七行=七一四文字を表記できるが、一冊が三百ページとして、『七百億』を漢数字でなくアラビア数字で表記すれば、何冊必要になる?」

「七百億は『70000000000』、十一文字だから一ページどころか一行で足りるよ」

「では、『一〇の八千六百兆乗』は?」

「う〜ん、分かりません」

「はっはっは。ざっと四百億冊だよ」

「四百億冊! 百万冊でミリオンセラーなのに、やっぱりすごいよ!」

「しかし一冊が二百グラムとして、本の総重量はわずか八百万トン。地球のわずか八百兆分の一ではないか。『一〇の一〇の一〇のX乗乗乗』という数字を印刷した本の総重量は、Xが〇.三以上で天の川銀河どころか、地球から観測可能な半径七百億光年の全ての質量よりも遥かに大きいのだ。宇宙全体の大きさに比べれば一〇の八千六百兆乗など小さいどころか、限りなくゼロに近いとさえ言える。つまりそれぞれの距離をライトノベルに印刷した場合の冊数(および重量)は、

 ①『当時』の地球から見える最遠 = 一冊(二百グラム)……というより一行

 ②この星までの距離 = 四百億冊(地球の八百兆分の一の質量)

 ③宇宙の果てまで = ?(最低でも半径七百億光年内の全ての質量を遥かに超える)

となる。③に較べると②が如何いかに小さいか?」

「何となくだけど分かったわ。実感は湧かないけど」

「実感が湧いたなら『おめでとう、人類超越!』と祝ってあげたいところだが、一五〇〇ccの脳細胞では無理だろうね。この分だと分かっていないようなので言っておくが、ここは君の時代よりも遥か未来だぞ」

「未来? お母さんたちは今どうしているの?」

「つくづく君は面白いな。十年や百年程度の未来ではないのだが。君の時代よりも未来に、太陽系ソラリスがどうなったかについては私も楽しみにとっておきたいので、敢えて知らないようにしているが、少なくともその周辺の星々はとっくに消滅しているぞ。

 あの時代からわずか一〇の一〇乗年未満、四〇億年後には天の川銀河はアンドロメダ銀河と衝突、更に二〇億年後までには衝突と分離を繰り返して最後に融合したが、更に一〇の三〇乗年もの間には何兆、何京もの他の銀河と衝突を繰り返して、既に銀河系としての形を失ってバラバラになった。その残骸を材料に新たな銀河が生まれるのだが、一〇の一〇〇乗年も経てば銀河は誕生と消滅を無数に繰り返している。この時代の宇宙には、かつて人類が知っていたものは何一つない。如何いかなる星座も銀河も残っていない。人類がまだ存在するとは思えないな」

「そ、そんな。わたしは人間で独りぼっち……ううう、」

「嘆くな。安心していいぞ。そろそろ元の時空間に帰ろうか」

『元の時空間って、時間旅行ができるの?』

 イムフェロンテさんが驚いてスクールマシュさんに訊ねました。

「なに、自分が存在する時間と空間の座標について情報を書き換えるだけだが。せいぜい整合性のための後処理と因果関係の調整が少々面倒なだけだ。

 君たちは宇宙の物質だから『移動』とはエネルギー変換によって発生させる速度変化となり、しかも物理法則つまり時間座標を引数パラメータとした関数の操作となるため、空間座標の変更量に比例した時間座標をずらす必要がある。更にエントロピーの支配下にあるため、過去ではなく常に未来方向に移動しないといけない。『宇宙の法則に身を委ねる』とは面倒な行為だな。君たちが生物を超越した知性を有していたら、ぜひとも時間を俯瞰した視点を経験してもらいたいのだが」

 スクールマシュさんのお話は、わたしには少し難しいです。

「ではイムフェロンテよ。お別れの時間だ」

「イムフェロンテさん、ばいばい」

 途端に、風景が明るくなりました。明るい青空、目の前に港が見えます。元の公園だ! 空気がある。息もできるわ。あれ?

「スクールマシュさん、わたし、さっきは息してたのかな?」

「はっはっは。呼吸以前に代謝メタボリズムそのもの、つまり生命活動を停止させていたんだ。当然ながら脳も停止させていたので、君の『心』は代替システムで演算させてもらった。イムフェロンテは君の幻影と会話していたのだ」

「はあ。よく分からないけど」

「話がれたな。とにかく、同一人物だからと言ってそれを原因として別の宇宙の君の記憶を、ここにいる君が持つことはない。あるとすれば、その原因は他にある。

 そして君は『忘れた?』と聞いた。『忘れる』とは記憶を『失った』のではなく『見失った』のだ。失ったものは戻らないが、見失ったなら見付ける=思い出すことも可能だ。もっとも『忘れた』というのはあくまで比喩メタファー。具体的に言うと、私は親友の頼みで一つの宇宙を創った。それを別の宇宙に同期させてコピーとした。双子の宇宙になったわけだ。実を言えば、この宇宙の方がコピーだ」

 大変です! わたしのいる、この世界、スクールマシュさんが創ったそうです。

 後、全然具体的じゃないです。漠然としすぎて分かりません。

「とは言え、わずかに違いがある。この違いこそが重要なのだが。そしてこの世界の君の周り、藤林ふじばやし 茅汎ちひろ喜屋武きゃん 美依乃みいのたちにはもう一つの宇宙での記憶を持たせている。彼らはあの宇宙ストーリーでの役者プレイヤーだったからな、当然の権利だ。そして残りは君や藤林ふじばやし 優弧ゆうこ、山田 桜など数人だ」

 わたしと優弧ちゃんと桜ちゃん?

「君の周りの九五人は役者プレイヤーだった。しかし君たちだけは違った。観客リーダーだ。だからこれはある意味、読者リーダーである君たちのための物語ストーリーなのだろう。だから君たちにも、あの宇宙ステージでの記憶を持つ権利がある。だから君たちの脳にも向こうの宇宙ステージでの物語ストーリーを書き込み、それを閲覧するための検索鍵を半ば壊したのだ。つまり、物語ストーリーは君の脳の中では『忘れた』のとほぼ同じ状態になっている。思い出しそうで思い出せないのは、そのためだ。

 さあ、どうする? 君が望むなら検索鍵を修復し、役者プレイヤーたちと同じ物語ストーリーを共有させよう。ちなみに、優弧くんと桜くんは物語ストーリーを得ることを選択したぞ」

「わたしは……」

「今、結論を出すことはない。私がここを去った後、君は私と経験した一切の出来事を忘れることになる。次に私と逢った時、そのすべてを思い出すことになろう。その時、結論を出せばいい。とりあえず、少し見てみないか? では、検索鍵を一時的に修復しよう」

 途端に周囲が暗くなりました。無数の星々が輝いています。これ、夜空じゃない。宇宙だ!

 小惑星のような天体の上に、わたしの友達がたくさん乗っています。立っている人や座り込んでいる人、みんなボロボロで疲れ果てています。


「もう、無理……」

 小惑星の上、へたり込んだように座った詩愛しあちゃんが弱々しくつぶやきました。

「さすがにこれは……私も打つ手が思い付かないな」

 いつもしっかりしている雪玲シュエリンさんまで、仁王立ちしたまま否定的な意見。

「やっと、ここまで来たのに!」

 紗依さよりさん、悔しそう。誰もが打ちひしがれています。動く気力もないようでした。

「ぷっ」

 誰かが突然、吹き出しました。ここの雰囲気に、あまりにも場違い。

「あっはっは!」

 笑っているの、茅汎くんだ! 一体どうしたの?

「どうした茅汎、大丈夫か?」

 怪訝な表情で陸堂りくどうくんが訊ねました。そりゃあ、そうだよね。

「なんだよ、そういうことか!」

 茅汎くんだけが、みんなと違って明るい表情です。

「何だ茅汎、もしかして奴を倒す方法が見付かったのか?」

 実啓琉みけるくんが、期待を込めて茅汎くんに声を掛けます。

「日本には素晴らしい言葉がある!」

 実啓琉くんの顔が、希望から懐疑に変わりました。

「『諦めたら負けだ!』 逆に言えば『諦めない限り負けじゃない!』」

 途端に実啓琉くんも、他のみんなもガッカリ。

「ここに至って精神論か? お前はアホか!」

 実啓琉くんの言い分もごもっとも。

「ふっ」

 茅汎くん、怒られたのにドヤ顔? 何だか楽しそう。茅汎くんが頼真らいまくんみたい。

「茅汎、状況が分かっているのか?」

 雪玲さんが厳しい表情でとがめました。

「ああ、ごめんごめん。言い方が紛らわしかった。俺が気付いたのはもちろん精神論じゃない、戦術タクティクスだ。これが勝敗を決する『鍵』だってこと。あいつはずっとゲームを続けているのに、俺たちが投げ出しちゃ駄目だよな?」

 そう言って茅汎くんは虚空に浮かぶ『敵』、すべての始まり、そして元凶に向き合いました。

「『3×4』か。三つのキーと戦争の四、なるほどな。それじゃ、今から三つの問いをする」

 茅汎くんの言葉を受けて『敵』が答えます。

〈良かろう。問うのはなんじの自由。だが答えるか否か、それを決めるは我なり〉

「違うな。答えるかどうか、決めるのはお前じゃない。俺だ。答えるべき問い、答えるべきじゃない問い、どちらかは俺が決める」


 ああ、そうだ。

 これは絶望と、

 そして希望の物語ストーリー


 みんなの中心になった茅汎くんがあの宇宙ステージで、この物語ストーリーを始めて、

 そして、この物語ストーリーを終わらせた。

 すべては茅汎くんがパートナーの少女と出逢った公園から。

 そう、今わたしがいる、この内港北ないこうきた公園から……

ここが良くなかった、とかがあればドシドシ言ってください。よろしくお願いします。

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