7(全訂正)
◯
経済学の授業があった次の日。わたしの元には入学式に見たあの女神のような少女が来ていた。
「御機嫌ようリーシア」
わたしの頭のてっぺんから足の爪先までじろじろと見た彼女は、鼻で笑った。優しく常に微笑みを浮かべているわたしの中の彼女の像が、音を立てて崩れ落ちる。
「貧相でちっぽけな娘。顔と同じでドレスもみすぼらしいわ」
「わたしを馬鹿にするのは良いですけど、このドレスは馬鹿にしないで」
「あら、馬鹿になんてしてないわ。筆を筆と言うように、当然のことを言ったまでよ」
わたしが口答えをしたのに腹を立てたのか、少女は片眉を吊り上げた。
「突然、なんなんですか」
「あなたがアーロン王子に色目を使っているから。身分知らずの醜女め!」
言い争うわたし達の横を行き交う生徒は、触らぬ神に祟りなしとわたし達をチラリと見るだけで足を止めない。時折「あの令嬢か」と言う声が聞こえてくる。
「色目なんて使ってません!あなたはアーロン王子の何なんですか?」
声を荒らげたわたしを少女は満足そうに見てから、ゆっくりと口を開いた。
「私はアーロン王子の婚約者ですわ。父の身分は伯爵ですのよ」
婚約者。その言葉を聞いた時、頭が鈍器で殴られたように痛んだ。
そうだよね、王子様だもん。
目を伏せたわたしを見て、伯爵令嬢は勝ち誇ったようにふふふ笑った。
「自分の立場をわきまえなさい」
唇を噛んで、伯爵令嬢の言葉を聞くことしかできなかった。わたしは平民で、容姿も優れていない。煌びやかな学園で一人だけ浮いた汚れみたい。
それにドレスを馬鹿にされた。街のみんながわたしのためにと贈ってくれたドレス。わたし自身と、街のみんなを馬鹿にされたようで悔しかった。気がつけば、わたしは涙を流していた。
「リーシアどうしたの!?」
教室に入ってきたリリアンネがわたしの顔を覗き込む。
「わたし、釣り合ってないって。色目使ってないのに、ドレスも馬鹿にされた……」
支離滅裂に話すわたしの背中を、リリアンネは優しくさすってくれる。
クレイア伯爵のところのレイル令嬢が来たんだよ、と誰かが言った。リリアンネはそう、と納得した。
「彼女に何を言われたか分からないけれど、身分や姿形よりも大事なものは沢山あるわ。それにドレスもレトロで可愛らしいわ」
「うん、うん」
リリアンネの優しさに涙がどっと溢れ出た。リリアンネはわたしを抱きしめてくれた。
ランチタイムにアーロン王子様がわたしに謝罪をしに来た。泣き腫らしたわたしの目を見て、アーロン王子様は申し訳なさそうに眉を下げる。
「謝罪になるか分からないが、俺ができることならなんでもするよ」
レイル令嬢の代わりに謝罪をするアーロン王子様を見て、やはり二人は婚約しているのだと知る。
「じゃあ」
この身の程しらずの恋に、最後の思い出を。
「一緒にランチ、食べてくれませんか?」
後ろを振り向かないで前に進みます、はい。