6(微訂正)
思考を止めてすぐ扉がノックされた。ちょうどいいタイミングだ。返事を返すと召使が部屋に入ってくる。
「レイルお嬢様。登校には少し遅いお時間ですが、学園に行かれますか?行かれるなら、アーロン王子がご一緒してくださるそうです」
アーロン王子が!
鬱蒼な気分がパッと晴れる。しかしそれはたった数秒の間だけ。すぐにまた重苦しいどんよりとした気分が私を包む。
「ご一緒しても迷惑でないかしら?王子だって私となんて、嫌々でしょうに」
「いえ、そのようなお顔はしておりませんでした」
「そう……そう。学園に行くわ。着替えをお願い」
「かしこまりました。レイルお嬢様」
着付けの準備を始める召使いを見ながら、私は思案した。もしかしたら、王子は私をまだそこまで嫌っていないのでは?婚約破棄までは、もう少し時間がある。
ぱっと気分が浮かぶ。
いいえ、そんなこと有り得ないわ。
さっと気分が下がる。私の感情は忙しく上下を始めた。ポジティブな私と、ネガティヴな私が交互に出てきては、お互いを消し合う。感情のコントロールが効かなくなっている。
着替えが終わるとアーロン王子が部屋の前まで迎えに来た。
「気を遣わせてしまってごめんなさい」
「いや、いい」
屋敷の中を無言で歩く。アーロン王子と話したいが、なにを話せばいいのか分からないし、素っ気ない返事を返されるのではないかと思うと、自分から話を始めることができない。
私はアーロン王子の足元を見ては、真下の床に目線を落とすことを繰り返した。
「そういえば、経済学の時間……」
私はキュッと唇を噛んだ。もしかしたらリーシアの話が出てくるのかもしれないと。
アーロン王子が私の噛んだ唇の下を、指で撫でた。私は唇を噛むのをやめる。
「何も責めないよ。絶対王政を推奨しなかったこと、別に罪ではないのだから」
え?
驚いて顔を上げた私を、アーロン王子も驚いた顔で見ている。
「怒られると思って、唇を噛んだんじゃないのか?」
「いえ…」
アーロン王子が「ならなぜ?」と首を傾げる。
「同じグループで楽しく話していらっしゃった方の話をするのかと……」
口に出した言葉が自分の耳に入ってからハッとした。これは失言だ。アーロン王子をずっと見ていたと言っているようなものだ。
「たまたま、たまたま目に入りまして」
咄嗟に言い訳をするが、アーロン王子からの返事はない。私を気持ち悪がっているのかもしれない。
そんなのは嫌。懇願する様に私は顔を上げる。
「あ……」
王子は口元に手で覆い、眉を寄せていた。
私はまた目線を下へ戻した。アーロン王子は私に見られたことを不快に思っているに違いない。だから、あんな顔を。
その後、私とアーロン王子の間に会話は無く、学園まで気まずい雰囲気のままだった。
学園の中でも、しおらしくしている私を観察する視線が私をじわじわと殺す毒のようで、気分は最悪だった。
ただでさえ気分が優れない私の元へ「アーロン王子が赤毛の女とランチを共にしている」という噂が回ってきたとき、私は夢から目覚めたことを後悔した。
夢の中であの生温かい幸福に浸っていれば、心臓が締め付けられるような辛い思いをしなくても良かったのだから。
自宅に帰った私は身につけていたドレスを脱ぎ捨て、結われた髪を乱暴に解きベッドへ倒れこんだ。
現実を視界から締め出すように瞼が重くなっていく。視界が、現実が閉じられていく。
体の真ん中がじんわり温かくなり、それが強い引力を発する。私はその引力に身を任せ、夢の世界へ吸い込まれた。
訂正すべて完了しました。