4(全訂正)
◯
赤煉瓦の校舎が見える。気品漂うその建物を視界に映すだけで、私は緊張でどうにかなりそうだった。
これからわたしはこの学園に通うのだと思うとため息が出る。魔力が多いだけの平民が、貴族と方々と混じって勉強をするだなんて、やっていける気がまるでしない。
友達、できるかな?
不安を胸に、わたしは一歩足を前に出した。
学園までの一本道を歩いている途中でわたしの心は一回折れかけた。女子生徒が身につけるドレスの煌びやかさに目がやられたのだ。
どうしよう。
自分の格好を見下ろす。纏まりのない赤毛に下ろし立てではあるが、輝きを放っていない地味なピンクのドレス。しかしこのドレスは街の人たちがわたしのために、お金を集めて買ってくれた大切なものでもある。
少しレトロな感じがいい。わたしはドレスに問題はないと判断した。
慣れない状況への興奮から、わたしは忙しなく目を動かす。何処もかしこもキラキラしていて眩しい。
ようやく校舎に足を踏み入れたとき、わたしの隣を通り過ぎる少女がいた。今まで見たどの金色よりも美しい髪と、同性ですら見惚れる美貌を持った少女だった。わたしはその妖麗さに歩みを止めた。
なんて綺麗な人。
自然とため息が出てしまう。彼女の横顔が見られるように、わたしの歩幅を彼女の歩幅に合わせた。
無表情の少女はまるで神殿に飾られる女神像のよう。色の白さと相まって、とても人には見えない。
そんな少女の表情が突然ぱっと華やいだかと思うと、小走りに走り出す。その先にいるのは長身で黒髪の男。
「御機嫌よう」
鈴の音のような声で、少女はその男に挨拶をした。しかし男は横目で少女を見ただけで、挨拶を返さない。
なんて酷い男だ。
男の顔は見えないが、きっと良い顔だちはしていないだろう。さっとその男から目をそらし、わたしは美貌の少女を見つめた。
友達になれるかな。
入学式から数日が経ち、わたしには世話焼きののリリアンネと、柔和なバートさん、見た目は少し怖いけど照れると可愛いディオン君という友達ができた。
もっと色々な人と友達になってみたかったが、平民のわたしに好んで近づいてくる人はあまりいなかった。落ち込んだわたしをリリアンネが「気にしなくていいよ。きっといつかリーシアの良さに気づいてくれるから」と励ましてくれたから、いつか仲良く話し合える日を楽しみにしてる。
友達もできて、少しずつ学園での生活に慣れ始めた。
そして今日、楽しみにしていた三学年合同の経済学の教科書に授業がある日だ。今までは同じ学年、クラスの人のみとの交流だった。しかし、今日は違う。
「三学年合同!」
新しい友達ができる新たな機会だ!
わたしは期待に胸を膨らませ、その授業に挑む。授業はディスカッション形式で、十人ほどのグループの中で自分の意見を発表し、全員が終わったのちに互いの問題点を述べ合いその解決策を考えるという流れのようだ。
振り分けられたグループの机に着く。隣の人に挨拶をしようと顔を向ける。
「あ」
わたしには衝撃を与えた少女の挨拶を無視したその男がいた。男は吸い込まれそうなほど綺麗な青い瞳と、神秘性を感じさせる顔だちを持っていた。少女に引け目を取らない美しさだった。
「はじめまして」
男の声にハッとする。
恥ずかしい!見惚れてしまっていた!
「はじめまして。リーシアです」
わたしの声は少し震えていた。
「俺はアーロンだ。君が噂のリーシア?」
その噂がわたしが平民の出であるということについてのものだとわたしは察した。
「はい」
少しドキドキする。平民だからとわたしに罵声を吐いた人は少なからずいた。彼はどんな態度を取るだろうか。
「そうか。君の住んでいた街の話を聞かせてはもらえないかな?」
「はい!是非よろこんで!」
わたしの住んでいた街のことを聞かれるのは、とても嬉しかった。わたしが育った、わたしの愛する素晴らしく、温かい街だから。
「わたしの育った街は他のところに比べると、少し貧しかったです。でもみんなが助け合って生きていて……」
街の素敵なところや少し不便なところ。わたしはそれらを興奮気味に話した。アーロンさんの相槌がうまく、必要ないことまでべらべらと話し込んでしまった。
「君は街が好きなんだな」
「はい!この街は、国は、とても素敵だと思います!どれもこれも国王陛下のおかげなんだよって、街の人は言ってました」
大人たちは良いことがあるたびに「国王陛下様からの幸せだ」と言っていた。わたしもそう思う。国が平和だから、幸せでいられる。
「父が褒められているのを聞くと、くすぐったい」
アーロンさんが照れ臭そうに笑った。
「ちち…?」
アーロンさんの笑顔に胸を熱くする同時に、アーロンさんが国王陛下を父に持つ王子だという事実に冷や汗をかいたりで、わたしの身体は忙しかった。
「え、え。王子様だったの…?」
どうしよう。無礼とか働いてないよね?
「大丈夫だ」
わたしの心配を察したアーロン王子様が、子供を宥めるように笑った。
わたしは自分の顔が真っ赤に染まったのがわかった。
体が火照ってしかたがない。心臓がうるさい。なんの病気だろう。わたしはその答えを知りたくない。
ヽ(;▽;)