3
恋する乙女の気持ちが分からない……自分が何をしたいのかも分からない
パーティから数日経った日。私はこれまでにないほど憂鬱だった。今日はリーシアとアーロン王子が出会う日だ。
今日は一般教養の経済学の授業がある。全3学年全員参加で、意見を交換しあうのだ。そこでアーロン王子とリーシアは同じグループに振り分けられる。彼らは今日出会い、お互いに興味を持つ。そして次第に互いを深く知っていき、知らぬ間に恋に落ちていく。
私は、それを見て嫉妬と名の炎に身を投じる。焼かれる私は、リーシアをひどく責め立てる。貴族としての礼を欠いた汚い言葉を投げかけるのだ。
「……もう嫌だわ」
毎日、未来に起こることを思い出している。冷たい王子の態度と、幸せそうなリーシアの顔。醜く顔を歪ませた私。そんな私を非難する多くの人間の目。
精神に異常をきたしそうだった。
「なんで私なのかしら」
なぜ、自分自身がレイル=ド=クレイアなのか分からなかった。私が私でなければ、アーロン王子は私を見ていてくれたかもしれない。こんなに醜い感情に心を埋めることもなかったかも知れない。
「お嬢様、そろそろお時間です」
召使の一声に思考を中断した。考えても無駄なのよ。嫉妬も、悲しみも、すべて感じなければいいの。人形のように笑って、感情を捨ててただ時を過ごせばいい。いつか、アーロン王子への想いも忘れる日がくるはずだわ。
大きく息を吸った。
今日は感情を捨てるための最初の試練。アーロン王子とリーシアを見て嫉妬してはいけない。涙ぐんではいけない。
人形になるの。
経済学の時間。やはりアーロン王子とリーシアは同じグループになった。私は二人を遠くから見つめる。辛いなら見なければいいのかもしれないが、目を離すことができない。
私の前の席の人が経済に関する自論を披露し始めるが、私の耳にはまったく入ってこない。見えるのは、前の席の男の後ろ。興味深そうにリーシアの話に耳を向けるアーロン王子。
どろどろした黒いものが、心を埋め尽くす。これでは駄目なのに。醜い感情に身を染めてはいけない。アーロン王子の侮蔑の目をこの身に受けたくない。
「レイル様。お次はあなたの番です」
「あら、そう」
意識を現実に向ける。まっすぐ椅子から立ち上がり、私は口元に笑みを貼り付け、声に覇気を入れて話した。
「素晴らしいご意見でした」
私が持っていたのは、王族至上主義を元にした経済を推奨する意見だ。今まではそれが正しいと思っていたが、今はそうでない。だから私は民主主義的な経済推奨の意見を出した。
将来王族になる人間が持っていてはいけないだろう意見だ。近い将来、王女になると考えられている私が持っていいものではない。
でも、いいじゃない。どうせ私が王子と結婚することはないのだから。
席に着いた私は、またボンヤリとアーロン王子とリーシアが話すのを見つめる。
見たくないはずなのに、目が行くのはなぜだろう。
リーシアが柔らかな笑顔を浮かべ、アーロン王子に何かを話した。それにアーロン王子は笑って返した。
笑った。
私には笑いかけもしてくれないのに、彼は笑った。
ストンと何かが落ちた。それは私の感情なのか。顔に笑みを貼り付けたまま、私の目から力が抜けた。
未来は変えられないのね。もう、いいわ。
数日延々と見続けた残酷な未来に精神を擦り減らし、弱った私にとどめが刺さった。これから先にあるのは不幸ばかり。
もう、こんな世界いらない。
自分の身体がやけに重く感じた。力が入らない。腕や足の物質的な重みを直に感じる。ガラクタを身に纏っているよう。
ゆっくりと景色が傾いていく。ゴン、と鈍い音が聞こえた。痛そうだわ。
世界がぼやけ出した。体の中心にある強い懐かしい匂いのする何かの引力が私を引きつける。
それに逆らうことなく、私は目を閉じた。