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赤煉瓦で出来た風情ある古城。巻きつく蔦が歴史を感じさせる。この古城が王国学園だ。入学は14歳から。学力の向上を目的とした学園ではなく、貴族か稀な能力を持つ平民のお見合いを目的としたものだ。よりよい血筋を求める貴族は、こぞって此処へ入学する。血筋を目的としていなくとも、学園で得られる広い交友を求めて、貴族は此処へ通うのだ。
14歳となった私、レイル=ド=クレイアもその例に漏れず、学園へ入学することとなった。婚約者であるアーロン=オブ=ウォーラ王子は一足早く、去年からこの学園に通っている。
私はいつものように伯爵令嬢としての自信に背筋を伸ばし、胸を張り学園の門をくぐった。
大きく開かれた門の両端の馬の像。両端に低木がある城までの一本の道。それに、どこか既視感を覚えた。
これから真っ直ぐ道を進むと登校中のアーロン王子に会う。私は挨拶をするが、返事はない。王子は私を嫌っている。好きになるのは平民の娘。名前はリーシア。色が白く、赤毛の可愛らしい女の子。彼は彼女と結婚を望み、私との婚約を破棄する。
ものの数秒で、私はこの先の人生を見た。アーロン王子を心からお慕いしている私の心を抉る出来事ばかりの人生。それが妄想だとは思えなかった。
私の足は止まる。胸は張ったままだが、地面がうねっているようで、足元が覚束ない。
なんてこと、なんてこと。
愛する彼に、あんな冷たい目で見下ろされるだなんて。
先の人生の映像の一部。彼の冷たい目が、私の心に突き刺さる。幼少期から彼のために作られた私という人格と容姿。人格は上手くいかず、我儘で傲慢なものとなってしまったが、礼儀作法は王女となるに相応しいものを身につけた。容姿だって、透ける金髪にアメジスト色の瞳。肌は常に美しく保ち、身体にも程よい筋肉のしなりをつけた。
彼に捧げた14年の歳月をかけた努力を、これから現れるリーシアという女に壊される。私が得たかったアーロン王子の優し気な瞳を、彼女が受ける。
立ち止まった私をちらちらと通り好きる人間が見ていく。だが声を掛けることはない。貴族のような貴族。関わりたくないほどの傲慢を持つ伯爵令嬢。それが私。
溢れそうになる涙を堪えようと唇を噛み締め、私は足を前へ出した。物珍しそうに私を見る人の目。私は早足になり、ついにははしたなく走り出していた。
涙が滲み、前が見えなくなる。早く何処かへ身を隠さなければ。
エントランスに入って早々、私は人にぶつかった。倒れそうになる私の腹部を逞しい腕が支える。衝撃で涙が溢れた。頬を涙が濡らす。
「申し訳ありません」
顔を上げて飛び込んできたのは黒髪にブルーアイ。整った顔立ちが、私の涙を見て驚きに染まる。
「あ……アーロン王子」
一番会いたくなかった人に会ってしまった。
「ご無礼をお許しください。急いでおりましたので、不注意になっておりました。支えていただき有難うございます」
さっとアーロン王子から離れ、片足を一歩引き礼をする。
顔をあげれば、訝しげに私を見るアーロン王子と目があった。
あぁ。この方が私に笑いかけることはない。ジンジンと胸が痛んだ。奥歯を噛み締め、涙を堪えた。
「私、具合が悪いようで。申し訳ありませんが、お暇させていただきます」
先ほどよりは軽く礼を取り、私はアーロン王子から離れた。
人のいない廊下を通り、地下へ続く階段の途中で座り込んだ。ポロポロと溢れる涙がドレスに落ちる。学園用の控えめな水色のドレスが涙を吸い、青色に変わる。
小さい頃、人見知りだった私は舞踏会で壁の花になる事に徹していた。キラキラのドレスを着て、お話をする他の人をみて羨ましいと思ったが、自分がその輪に入ることは出来なかった。
父に連れ添われ、殿下に挨拶をしたとき、その傍にいたアーロン王子が私をダンスに誘った。踊っている最中に向けられる王子の優しい目に、私はコロリと恋に落ちた。私を気遣うダンスのステップ、ちらりと合う王子の青い瞳。恋に落ちないわけがなかった。
大好きで、大好きで。私はこれ以上ないほど努力した。それに見合った能力も培った。同時に、煽てられる回数が増え、私は我儘で、他人を見下すような人間になった。
なぜだろう。学園の門を潜るまでは、私は自分が我儘で、尊大な態度を取っていることに気づきもしなかったのに、今は分かる。
不思議な感覚だ。不気味でもある。それでも、間違ったまま道を進まずに済んだ。これからは控えめに生きよう。
今夜開かれる学園で行われる全生徒参加の入学を祝うパーティ。そこで王子に自分の思いを伝えようと私は決意した。嫌な顔をされるに決まってる。それでも、アーロン王子と相思相愛だなんて勘違いをしていた、過去の馬鹿な自分を切る捨てたい。
ハンカチで目元を拭う。深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせた。大丈夫だわ。大丈夫。
そっと立ち上がり、胸を張る。気丈に振舞わなければ。
私は伯爵令嬢。弱みを見せてはいけないのだから。