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愛よ、永遠なれ

作者: 亜衣

前作「マスターへ」の続編です。

先にそちらを読まれることを強くオススメします。

愛、を題材にして執筆しました。

短いですが、穏やかな純愛物語をお楽しみください。



夢を、見た。



私は、一人で大きな木にもたれ掛かって…

その大きな木を、ただ呆然と見上げていた。




「……ー…!」



そんな私を、遠くから誰かが呼んでいる。

その声は私の耳にすんなりと馴染み、そして同時に胸の底から湧き上がる想い。


徐々に見えてくるその姿を視界に捉えた瞬間、愛しさで胸がいっぱいになった。


愛しい、愛しいのよ。




私の…私の…



「………お…」


私の、大好きな。




-------





「っ……!」



自分の驚いた声で目が覚め、飛び起きた。



「…っまた…」



荒くなった息を必死に抑え、ふとベットの近くに置いている時計に視線を移す。

示された時間はいつも起きる時間よりも大分早くて。


その時間を見て軽くため息を吐き、すっかり眠気が覚めてしまった自分に気付いてまた溜め息を零したくなった…




「なんなの、もう…」



最近、毎日のように同じ夢を見る。

自分が死ぬとか、そんな縁起の悪い夢じゃなくて。


ただ、私であろう人物が木にもたれ掛かって、誰かが来るのを楽しみに待っている夢。

そして、待ち人であろう人物が来た瞬間、いつもそこで目が覚めてしまう。



そう何度も同じ夢を見ていては、続きが気になるというもので。

いつも頑張ってその続きを見ようとするんだけど、気が付いたら目が覚めている。


それがもう何日も続いていて、いい加減起きる。という作業にもうんざりしてきた。




「…学校行こう」



…もう一度寝てやろうかとも思ったけど、身体はそんな心に反していつもと同じように学校に行く準備をしていた。

我ながら本当に優等生だ…とぼんやり考えながら、キッチンへと向かう。



「…あ、忘れてた。」




最近夢に魘されていて、いつもの日課すら忘れてしまっていた。

私はキッチンへと向かっていた足を、違う方向へと変えた。




「…おはよう、母さん、父さん」




写真に写る笑顔の両親に、いつもの挨拶。

…私の両親は、私が物心つく前に事故で他界した。


それからは祖父が身寄りのなくなった私を引き取って育ててくれたけど、そんな祖父も去年他界して。

今は親戚の方に助けられながら一人暮らしをしている。

一人、というのにも慣れてきた。


…寂しくは、ない。






今日は早く出てゆっくり学校に行こう、と決めてしっかり朝ごはんも食べた後に鍵を閉めて学校へと道のりを歩き出す。

この道を通い歩くのも、3年目に突入してしまった。


大学に進むか、就職するか。


最近良く親戚の方に聞かれるその言葉を思い出すと、少しだけ頭が痛くなった。

まだ高校3年生になって1ヶ月しか経っていないのだ、もう少しくらい進路から話を逸らしても怒られはしないと思う。


自分の進路はおろか、何がしたいとかも自分自身よく分かっていないだけに、この質問をされる今の境遇が、とても辛く感じた。




「あ、おーい!おはよー!」

「あ…おはよう」

「おはよう、アンタ今日は早いのね!」



悶々と将来について考えていると、遠くから聞きなれた声が聞こえてそちらに目線を向けた。

そこにいたのは同じクラスで仲の良い友人。

友人は私を見つけるなり笑顔で駆け寄ってきてくれた。



「アンタ、いつもより登校するの早くない?なんで!?」

「別に…、早く起きたからかな?」

「うっそだー!あの子の事避けてるからじゃないの?かわいそうに…!あんなに一生懸命アンタにアタックしてるんだよ?少しくらい応えてあげなよ!見てるこっちが可哀相という心に押し潰されそうだわ!」



「…そんなに熱く語ること?」

「語ること!」



ふーん。と気のない返事をして、そういえば彼の事をすっかり忘れていたと今更ながらに気づく。


彼と言うのは…




「先輩」

「ほら、噂をすればなんとやら」



友人の面白半分からかい半分の声が、横から聞こえた。



「先輩、おはようございます」

「…おはよう……、えっと」

「理央です、先輩」



彼がニコリと笑うと、横で友人が「か、可愛い…!」と悶え苦しんだ。



彼こと、理央君が私に付き纏う様になったのは彼が入学して来たその日からだった。

在校生として入学式に参加し、いつものようにぼんやりと時が過ぎるのを待っていた。

ぼんやりしているうちに式が終わり、友人の物凄い勢いで繰り出される話を聞き流しつつ教室に戻ろうとした矢先。



『先輩』

『……呼ばれてるよ?』

『いや、どう見てもアンタを呼んでるでしょ!』



教室に戻る道の途中にある中庭で、彼が私を待っていた。

彼が私を呼び止めたと見て取るや、友人は急にニヤニヤ笑い「ごゆっくり~」なんて言って軽やかに教室に戻って行ってしまった。


それをぼんやりと目で追い、それからようやく私を呼び止めた彼を見た。




身長は高い、詳しくは分からないが180センチ近くはあるんじゃないだろうか。

端整な顔立ちは、とても女子に人気がありそうな顔をしていて。

地毛なのか少し茶色かかった綺麗な髪が、風が吹くとサラサラと靡いていた。


…容姿をまじまじと見つめてから、彼がなぜ私を呼び止めたのかを聞こうと口を開こうとしたとき…





『好きです』

『……え?』

『好きです、貴女の事が。

…ずっと、貴女の事を愛してました』




…突然の告白を、受けてしまった。

呆然と彼を見る事しか出来ない私に、彼はクスリと笑って微笑んだ。




『……また一から始めていきましょう。

俺の名前は理央、理央です。』





そう言って、彼は教室に戻って行った。

そんな彼の後姿をいつまでも追っていたけれど、チャイムの音が聞こえて慌てて教室へと戻った。





『おかえり!どうだった!?告白!?

てか新入生だよね!?物凄いイケメンだったけど知り合い!?告白オッケーしたの!?』



教室に入った瞬間再び繰り出される事になった友人のマシンガントークを軽く交わし、私は一言だけ呟いた。





『……また一からって…どういう意味…?』














そんな出来事から一ヶ月と少し経った現在。



「理央君、相も変わらずコイツの事追いかけてるねー!」

「はい、先輩の事好きですから」



理央君は、あれから毎日時間があれば私の元へやって来た。

新入生だけではなく、先輩からも「その甘いマスクで微笑まれたい!超イケメン男子!」という称号を入学してから数日で獲得したらしい彼は、学校では全員が知っている人物で。


…そんな彼が私にご執着な事も、当然全生徒が知っている事実であって。



『なんであんな地味な女に言い寄ってるわけ?』

『さぁ?地味な顔して意外とやるんじゃない?』


と、陰口を叩かれる毎日。


迷惑だからやめて欲しいんだけど、理央君を直接見た時のあの満面の笑みを見ると、どうしてもそう言い出せない自分が居た。



「…い………先輩、先輩?」

「あ、え?ごめん、何かな?」




考え事をしていて、彼が私に話しかけてることに気が付かなかった。

慌てて聞き返すと、彼はニコリと笑った。



「今週末、俺と出かけませんか?」

「………え?」

「先輩と出掛けたいんです、二人で。駄目ですか?」



友達が、横でキャー!と絶叫している。

そんな友人の絶叫を諸共せず、ただ微笑みを浮かべて私を見つめる彼と無表情で彼を見返す私。


三者三様な異空間を、通り過ぎる学校の生徒達が好奇の目で見てくるのを感じた。




「…………分かった。いいよ」

「本当ですか?」

「うん、本当に」


「…良かった、断られたらどうしようかと思いました。

じゃあ、また詳しくはメールで連絡しますね」



そう言って、あまりにも嬉しそうに笑うものだから。

私も少し微笑み返し、学校への道のりを歩き出した。




「あ、待ってよー!」と友人の声を遠くで聞きながら、彼と出掛けた時に、彼には失礼かも知れないけどあまり近寄って来ないで欲しいと言ってしまおうと思った。

なんて最悪な女なんだと言われても、これが私なのだから仕方が無い。


…だって、私は彼のこと好きではない。

それなのに、ずるずるとこのまま曖昧にすごしているのも彼に失礼なのだから。

だから、彼には納得してもらおう、と心に誓い私は週末を待つ事にした。




----------




そして、時は早いもので明日は土曜日。

予め彼とはアドレスを交換していて、あまり鳴らない私の携帯の初期設定の着信音が鳴った。


メールを開くと【明日10時に学校近くの公園で】と書かれていた。

了解の返事を返した時、丁度もう一通メールが入った。

珍しい事もあるものだ…


メールボックスを見ると、友人から。



【デートなんだから、お洒落していきなさいよ!】


「…デートじゃ、ないんだけど」



そういうとまた面倒な事になるので、とりあえず了承の返事を返す。

携帯を閉じ、私はデートという言葉を脳裏に描いて笑ってしまった。



「…愛とか恋とか、私には関係ないものだよ」


親の愛も覚えていない、ただ祖父だけが私を愛してくれていたようが気もするけど、そんな祖父も先に逝ってしまった。

…愛とか恋という言葉は、私には無縁の言葉。



「…期待なんてしない、希望すら持たない」



それが、私を守る盾なのだ。

信じなければ、傷つかないのだから。


私は私を信じて、生きていく。



「……ごめんね」



とても綺麗に笑う彼を思い描いて、小さく呟く。

…明日のために、早く寝よう。


私はいつもより少しだけ早く、眠りについた。









土曜日は大抵、家でぼんやりしている事が多い。

少なくとも待ち合わせ場所によく使われているこの公園に、休日に足を運んだ事など初めてだ。

シンプルな服装に身を包み、約束の10分前に公園に着くと人だかりでも異彩を放つ人物がいた。

周りの女子が、彼を見て色めき立っている。

ぼんやりと腕時計を見ている姿一つにも、周りの女子が黄色い悲鳴をあげている。


なんとなく近づきにくくて公園の入り口で立ちすくんでいると、彼が不意に此方を向いた。



「先輩」



途端にぱあ…と表情を明るくさせ此方に走ってくる彼に、近くに居た女の子がキャと小さく声を上げた。

駆け寄ってきた彼は、私を見てニコリと笑った。



「おはようございます、先輩」

「おはよう、待たせちゃってごめんなさい」

「いえ、俺もさっき着いたので大丈夫ですよ」



絶対嘘だと思う。

が、私に気を使って言ってくれたのであろうその言葉に甘えて、そっかとだけ返す。




「行きたい所とかありますか?」

「別にないけど…理央君は行きたい所ないの?」

「それが…先輩と出掛けられる事が嬉しくて…。

逆に行きたい所が多すぎて、決めれませんでした」



少し頬を染めて苦笑する彼を見て、彼は本当にコロコロ表情が変わる人だな。と思った。

私とは大違いだ、とても人間味に溢れている。



「あ!じゃあこの近くにショッピングモールがあるんですけど、その中に映画館があるんです。

もし良ければ、映画でも観ませんか?」



「…そうだね、観ようか」




そう言うと、彼はまるで犬が喜び尻尾を振るかのような勢いで頷いた。

行きましょう!と言って歩き出した彼の後ろをゆっくりと歩き出す。


あ、行っちゃうー!なんて後ろから残念がる女子達に心で御詫びをしつつ、彼の話に相槌を打つ。



「先輩、どんな映画が好きですか?」

「さあ…映画なんて全然観ないから分からない…君は?どんな映画が好きなの?」

「俺、ですか?俺は……恥ずかしいんで、あまり言いたくないんですけど…」



困った表情をして、やがて顔を真っ赤にして小さく呟いた。




「恋愛映画が、好きなんです」




「…恋愛、映画」

「あっ、もしかして嫌いですか?」

「いや、見たことがないから」


そう言うと、彼は「絶対観た方がいいですよ、お勧めします!」と豪語するものだから頷いた。



「じゃあ、今日は恋愛映画を観ようか」

「え、いいんですか?」


「君がお勧めしたんでしょう?」



そう言うと、「ありがとうございます」とふんわりと笑った。





そのまま映画館に向かい、上映していた邦画の恋愛映画を観る事になった。

財布を出してお金を払おうとしたけれど、彼が先に払ってしまった。

お金を差し出しても「そこは男を立てるべきですよ」と断られてしまい御礼を言ってチケットを受け取った。




観る事になった恋愛映画は、友人が大好きだと語る「美男子が出る波乱万丈な恋物語」や「病気で死んだ恋人を想う女の子の物語」とかではなく。

ただ、老夫婦のささやかな物語を綴ったストーリーだった。



チラリと横に居る彼を盗み見ると、彼はとても優しい表情で映画を観ていた。

慈愛に満ちた、まるでスクリーンに愛しい者でもいるかのような…


私は映画の内容よりも彼の横顔に見とれてしまい、彼に気づかれるまでただ彼の横顔を眺めていた。








やがて映画が終わり、見ていたお客がシアターから出て行く。

彼も私を観て「何か食べましょうか」と、そう言ったので頷く。


ショッピングモールにあるレストランに入り料理を注文し、待っている間に彼が嬉しそうに話し出した。



「とても良かったですね、あの映画」

「…そうね」

「……なんて」


「え?」


彼はそういうと、クスリと笑って私を見た。



「先輩、退屈そうでしたよ」

「……あ…ごめんなさい」

「いえ、好き嫌いだけはどうしようもないでしょうし」



俺こそ、付き合わせてしまってすいません。

そう言って申し訳なさそうに笑う彼に何か一言言わなければ…と思っていたら料理が運ばれてきたのでそのまま料理関連の話になってしまい何も言えなかった。




「先輩、少しだけショッピングモールを見て回りませんか?」

「え?…いいけど」



やった、と小さく呟くと、彼はそっと私の手を取った。

あ、と思った瞬間に「行きましょう」と彼は楽しそうに歩き始めてしまった。




たまに目に付いた店に入り、何を買うでもなくただぶらぶらと歩く。



ただそれだけなのに、彼はとても楽しそうで。




「…ねぇ、そんなに楽しいの?」

「はい、……なんだか、懐かしくて」

「懐かしい?」


「…昔も、こうやって歩いたなぁ…って」



ふ、と不意に寂しげな表情を見せた理央君だったけど、それは一瞬で直ぐに元の表情に戻った。



「いえ、何でもありません。あ、そろそろ出ますか?」



そういうなり、返事も返さないうちにショッピングモールから出てしまった。

そのままお互い何も話さないまま、待ち合わせで使った大きい公園ではなく、小さなこじんまりとした公園のベンチに足を運び腰掛けた。




「…………」

「…………」




お互い、何も話さない。

私の今日の目的は、彼にキッパリと今度関わらないで欲しいと頼むことだった。


だけど、やっぱり顔を見ると言い出しにくい。

とにかく、話し出すきっかけを作らなくては…と固まりつつある身体を動かし彼を見た。



「……どうして…」

「…え?」

「どうして、あの映画を観ようと思ったの?若者に人気の恋愛映画もやってたのに」




そう、別に恋愛映画はあれだけではなかったのだ。

今若者に大人気の若手イケメン俳優を使った映画も上映されていた。


でも、彼はチケットを選ぶ時


【…これ…これを観ましょう】



そう言って、今回の老夫婦のドキュメンタリーに近い映画を観る事になったのだ。



「ああ……幸せだな、って思えたので」

「……幸せ?」


「ああやって、好きな人と年老いていける幸せ…。

そんなささやかな幸せの方が、見ていて幸せになれるんです」



彼がふんわりと笑う。



「そうなんだ…」

「…先輩は、そう思いませんか?」

「…恋とか愛とか、分からないから…」



私の言葉に、彼は少しばかり意外だといった表情で私を見てくる。




「…変、かな?」

「いや、変ではないですよ。…ただ、少し意外だったので」

「何が意外なの?」



そんなに恋愛に飢えてるように見えたのだろうか?

そう思われていたのなら少しショックだな、と思い彼に問う。




「貴女が、俺に愛を教えてくれたのに」



ふ、と彼の手が伸び私の髪を撫でる。




「俺は貴女から色んなものを学びました。

自分の存在理由、価値、想い…。

そして、誰かを愛し愛される喜びを」



私を、見つめてくるその瞳。



なぜか、逸らせない。




「俺は、ただ貴女に逢いたかった。

産まれてきた時、俺はこの世界の全てに感謝しました。

もう一度、貴女に会えるかも知れないと思ったから。」





貴方の瞳の奥深く。

【私】ではない、【私】が存在していた。





「そして、再び貴女に逢えた。

貴女を見て、俺は思いました。

俺は何度生まれ変わっても、ただ貴女に逢いたかっただけなんだ…って」


貴女と、共に生きていきたかったのだと。






ドクリ、と心臓が大きな音を立てた。




「何を馬鹿な事を言っているのだ」と言ってやればいい。


「おかしい事言わないで、変だ」と言って去ってやればいい。




なのに。


私は、理央君から目を逸らせなかった。





「…僕も……俺も…昔から何も変わらないんです」


彼の瞳に映る私が、徐々に大きくなる。



「いや…一つだけ変わったかも知れません」


徐々に…大きく…




「俺は、貴女と年老いていける。

もう、あの頃みたいに貴女に焦がれ…死を待つだけではないんです」




近く……一つに…




「ねぇ、だから俺を拒まないで…





…マスター」







唇に触れた君の体温は、とても暖かかった。









-----------



「で、結局言わなかったんだ?もう付き纏わないで、って」

「うん」



あれから、結局彼に言いたい事を言えず終わってしまった。

彼のキスに、流されたのか…。



そう自分に問うてみたけど、何か違う理由があるような気がしてならなかった。


…そして、あれからよく夢の続きを見るようになった。


夢の続き。

誰かが大木の下で座っている私に近づいてきた瞬間、私の胸の中でふんわりと湧き上がる暖かな感情。



【マスター!】


【マスター、本当にこの場所が好きなんだね】


【僕も、一緒に居ていいかな?】



嬉しそうにそう言いながら、私を見て笑うその姿。

その姿を、私はよく知っている。



「先輩、」


「あ、また来た」




そう、彼の姿は夢に出てくる【彼】と同じなのだ。

この話は、既に彼に話してある。



【そっか…、別に思いださなくても良いって思ってたけど…

…不思議だ、何だかとっても嬉しいんです】



そう言って、花が綻ぶような笑みを見せてくれたのは記憶に新しい。

それからと言うものの、彼はより一層私に近づいてくるようになった。



「先輩、今日一緒に帰りませんか?」

「…いいよ」

「ありがとうございます。じゃあ、放課後迎えに来ますね」


では、と言って姿勢正しく去る彼の後姿を数人の女子が頬を赤らめて見つめる。




「うふふ…」

「…何、そんな変な声出さないで」

「いやぁ、何だかんだ言ってアンタも嬉しそうだな!って思ってさ」



………そう、私はいまその感情で悩まされているのだ。



夢に見るあの話は、彼曰く前世の記憶なのだと言う。

別にありえない、と根底から否定するつもりもない。

現に、こうやって瓜二つの彼が同じ記憶を共有して持っているのだから、疑うが否定する気は起きない。



問題は、彼に対する感情の変化だ。

何故だか、彼の声を聞くとホッとしてしまう。


今まで、どんなに一人でも平気だった。

だけど、彼の声が聞けないと少し、寂しくなる。


彼が笑顔で「先輩」と言ってくれるだけで、心が温かくなる。



「…恋とか、しないと思ってたのに」


「……そんなもんなんじゃない?」



心の中で思っていたのに、つい口に出してしまったらしい。

友人はそんな私の言葉に、微笑んだ。



「しようと思って、出来るものじゃないし。

そんなものでしょ、恋愛ってさ」




……いつもゲラゲラ笑ってる友人が、微笑んで言ったその言葉はストンと私の中に落ちた。





「そう、なのかな」

「そうそう、だから早く付き合ってあげな!それで初体験のお話を私に…あいたっ」


「今のは貴女が悪い」



下世話な話をしようとした彼女を軽く小突き、急速に軽くなった心に不思議と笑みが零れた。




「あ、笑った」

「え…?」


「アンタは笑ってる方が可愛いよ、もっと笑いな」




…何だかそういわれると笑いにくい。

そう言って、赤くなった頬を友人に見せないようにそっぽ向いた。












「理央」



「…………っ、え?」





その帰り道、不意に彼の名前を呼んでみた。

すると横で楽しそうに話していた彼の表情が一瞬固まり、そしてボッと赤くなった。




「え、いきなり何ですか」

「いや、夢の中では呼び捨てで呼んでたから」



呼んでみたくて。

そう言うと、彼は真っ赤になりながら「そうですか…」とモゴモゴ呟いた。



「…私ね、恋とかって馬鹿らしいって思ってた」



…気が付けば、私は今まで誰にも話した事がない想いを口にしていた。

彼への想いを認めたからか、自分でも分からなかった。



「両親も物心つく前から居なかったし。

ずっと、自分だけを信じて生きてきた。

誰かを好きになるなんて、馬鹿な事だって思った」



自分だけを信じて生きていれば、傷つく事などないのに。

どうして自ら大事なものを作って、そして傷つくんだろう。

分かっているのなら、そんな想いなど最初から抱かなければいいのに。



「そう思って、今まで生きてきた」

「先輩……」

「理央の事だって、始めはそう思ってた」




好きだなんて、なんて馬鹿らしいのかと。

でも、私に嫌な態度とられているのに傷ついた表情なんて見せない彼に、だんだん戸惑って。



「……今でも、恋とか愛とか良く分からない。」

「…………」


「でも、理央のことは好きだって事は分かる」





それは、夢で見る【彼】と同じ姿をしているからではなく。

いつも微笑んで私を見てくれる、彼だから。



…ゆっくり、彼が歩みを止めた。

つられて私も歩みを止めて彼を振り返る。



「あ…」



夕焼けが彼を照らしていて、とても綺麗だった。

彼はその姿をオレンジ色に染めながら、笑みを浮かべた。



「先輩、俺は貴女に愛される喜びを教えてあげます。

…だから、俺にも愛されるという喜びを教えて下さい」


「………あ…」



「昔、同じ事を言われました。」





急に腕を引かれ、気が付けば彼の腕の中に居た。

抱きしめられた、と気付いた時にはもう遅くて。


彼は私を離さないとでも言うように、力強く抱きしめた。



『愛は、とても素晴らしい事だよ』



耳元でそう囁かれる。



「昔、マスターが僕に言った言葉です。

…もし貴女が昔の事を引きずっていて愛を怖がっているのなら。

俺が、愛を貴女に捧げます。

俺の一生分…いや、何度生まれ変わっても貴女だけを愛し続けます。」




そっと腕の力が緩み、至近距離で見詰め合う。



「……愛よ永遠なれ」


「…うん、それは僕の名前の由来だ。」


「そう、ヘリオトロープの花言葉から取った」


「沢山の愛を知って欲しかったから…でしょ?」


「…そう、そうだった」




そっと、重なった唇。





「沢山の愛を、俺に教えてくれますか?」


「…そうだ、ね」




触れ合った唇の熱の愛おしさに、笑った。




「…理央の唇、温かい」


「そう、俺は生きてるから…。

先輩とずっと一緒に、生きていけるんです」



愛してます、ずっと。


そう言って抱きしめてくれる暖かい彼の腕の中、私は始めて嬉しさから零れ落ちる涙を流した。




『愛は、何よりも幸せになれるものなんだ』




…やっと、【自分】に戻れたような

そんな、気がした。
















------------------------

(理央Side)



【ね、マスター。

僕、もうマスターの傍にいってもいい?】



僕は、マスターの一番近くで眠った。

マスターの笑顔を見るために、愛を誓うために。


幸せ、だった。



【理央、貴方は理央よ】



そんな僕に、新たな『人生』が始まった。











「理央君って優しくて格好良いよね!」

「ほんと!他のクラスメイトとは全然違う!」



生まれた時から、前世の記憶が俺の中にあった。

「マスター」と呼ぶ女性を、俺は心底愛していた。


最初は、そんな記憶を持つ自分が嫌いで仕方なかった。

誰かに話すと気味悪がられるだろうし、誰にも打ち明ける事が出来なかった。


眠れず、眠るのが怖い時期すらもあった。


だけど。


【リオ、ありがとう】



彼女の事を思い出すと、狂おしい程の愛に包まれるのが分かった。

やがて、俺の中で一つの使命が出来た。


「俺は、彼女に逢うために生まれてきたのだ」


…どうしても、彼女に会いたかった。

だけど、幼稚園にも小学校にも、そして中学になっても彼女は居なかった。



やがて、高校受験シーズンに差し掛かり。

成績は学年で上位に入っていた俺は、パンフレットを見ては何処にしようかと思案していた。

そして、あるパンフレットを見たとき。



俺は、初めて神様に感謝した。




「これ……」

「お、そこ進学校じゃん。でも県外だぜ?やめとけよー」


横で同じくパンフレットを見た友人がそう茶化してくる中、俺はパンフレットから目を離せなかった。

在校生のコメント欄に、彼女の写真が小さいが写っていたのだ。

生まれた時から彼女に恋焦がれていたのだ、見間違うはずがない。


「…決めた」

「え…?ってそこ!?おい、お前県外受験すんのかよ!?」

「もう決めたんだ」



彼女が、いる学校へ。




俺は急いで家に帰り、両親に県外の学校に行きたい事を話した。

もともと優しい両親は、俺が行きたい所へ行きなさいと笑顔で頷いてくれた。



…早く、彼女に会いたい。



入学するまでの間が、酷く長く感じた。




そして、入学式当日。

入学式のどこか上の空で過ごし、体育館を出たとき。




「だからさ!今年こそは彼氏ゲットするんだ!!」

「そう」

「イケメンで!優しくて!年上で!むふふ、楽しみだなー!」

「そう」




…全身が震える喜びを、この時初めて知った。


彼女が、俺の前を横切った。




いきなり、おかしな奴だと思われたかも知れない。

だけど、言いたかった。

俺の、想いを。




『好きです』

『……え?』

『好きです、貴女の事が。

…ずっと、貴女の事を愛してました』





俺の中の時計が、生まれてからようやく初めて動いた音がした。





*









「先輩、おはようございます」

「おはよう、理央」



先輩と【理央】になって再会してもう1年が過ぎた。

先輩はあれから近くの大学に進学し、俺は高校2年になった。


先輩とは、ほぼ毎日会っている。

俺がいつも先輩に会いに行くんだけど、先輩は嫌な顔一つ見せず俺に接してくれる。


再会した頃よりも、ずっとずっと先輩の事が好きになっていく。

あれから笑ってくれる事が多くなった先輩のその表情一つ一つが、俺の生きる喜びになっていく。



「今日はちゃんとお弁当作ってきたよ」

「本当ですか?楽しみだな」



今日は休日だから、近くの山に行く約束をしていた。

登山するわけじゃなくて、その山には絶景スポットがあって。

前に先輩と見ていたパンフレットに載っていたその写真の中に、とても気になるものがあったのだ。

そして、今日行ってみようということになり。



「先輩、疲れてませんか?」

「大丈夫、理央こそ荷物重くない?やっぱり私持とうか?」

「いや、全然重くないので大丈夫です」



先輩の手を握り、先輩の作ってくれたお弁当を片手に山を進んでいく。

時々休憩して、先輩の美味しいご飯も食べながら、お昼過ぎにそのスポットに到着した。




「……凄い…」

「本当に、凄いですね…」




まさに、絶景だった。

見ごろは秋で、まだ季節じゃないので人は少なかったが、それでも十分綺麗な場所だった。


先輩と二人で呆けていると、やがて先輩が小さく声を上げ駆けていく。

その行き着く場所を目で辿った瞬間、俺の足はピタリと動きを止めた。










「…理央」










…あの大木にとてもよく似た木の下で、俺のほうを向いて彼女が笑っていた。







まるで昔に戻ったかのようなそのシーンに、俺の視界がぼんやりと滲み始めた。


「やっぱり、この木はあの大木に似てるね。

来て良かった…、不思議と落ち着くんだ」


彼女はそう言って、大木に腰掛ける。

幹に手を当て、嬉しそうに微笑んでいる。

やがて、棒立ちで動かない俺を見た彼女がにっこり笑った。




「おいで、リオ」




止まらなかった。

流れる涙をそのままに、彼女に駆けて抱きついた。


飛びついたといっても過言ではない俺を、彼女はそっと抱きしめ返してくれた。




「……っ、幸せ…です…!」

「…私も、幸せだよ」

「好きです、愛してます…!」

「…ありがとう」




理央、とそっと彼女が身体を離す。

額が触れるか触れないかの距離で、見詰め合う。



「………私の、名前を呼んで」



そっと、零れ落ちる涙を拭ってくれる。



「マスターでもない、先輩でもない。

…私の、名前を呼んで。」




貴方に、呼んで欲しい。


そう言ってそっと瞼にキスしてくれる彼女に、ありったけの愛を込めて口付けた。




「……愛」




すると、その瞳から綺麗な涙を一筋流し愛は微笑んだ。





「ありがとう、理央…。

…私も、貴方を愛してる。」





永遠の愛を、誓おう。




この大木の木の下で、もう一度。







今度は、永遠に。






永遠に、愛よ。












愛よ、永遠なれ。











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